砂塵・熱・動乱
第13話
砂塵の嵐の中で俺達が荒涼としたこの景色が目に焼き付いて仕方ない。
ドラゴの中は蒸し暑く汗が止と無く流れ、拠点防衛と言う任務に割り当てられた俺と柊は周囲へと警戒し、周辺に設置したセンサー類のデータ解析で日が暮れそうだった。
『南、第五センサーに反応あり。何だと思う倉敷っち』
「ヤマネコ……そろそろ交代の時間じゃないか? 暑くて死にそうだ……」
この任務に割り当てられてこのかた暇で暇で仕方なかった。それもその筈で旧アフガニスタンエリアの原油田採掘エリアの警備任務を割り当てられていた。ヨルムンガンドは一度本社のアメリカに戻ると言う事で整備装備車である大型工場加工トレーラーと僅かな兵員を残してアメリカに帰ってしまった。
俺達はそれに文句も言えず、油田設備の宿営地、パキスタン臨時政府のドラゴ部隊『アジ・ダハーカ旅団』と共に警備に当たっていた。
「ここまでレイダーが出てこないと。……暇で死んじまう」
俺はそういうが頑としてドラゴからは身を出さず、宿営地に戻るまでこれを脱ぐ気にはならなかった。それもその筈、当然でありここは戦闘エリア、レイダーだけでなく旧アフガン勢力のアフガニスタン解放戦線の連中ものさばっていて、つい先日馬鹿なアジ・ダハーカ旅団の一人が狙撃に合い、上半身が消し飛んで下半身だけの死体が担ぎ込まれたばかりだったためにビビッて閉じこもっていたのだ。
『ああ暇もっと派手に乗り回したいよ! せっかくのドラゴが腐っちゃうよ』
「それは同意見だけど……いいじゃん、センサー監視するだけで給料が発生するなら、問題起きなきゃモーマンタイ」
確かに俺も軍事侵攻とばかり考えていたが、本格的ドラゴ戦闘はおろかゲリラ戦すら発生していないのが現状だった。
と言うのも、油田を襲うよりも油田で採掘された原油の輸送団や、その道の破壊、精製施設の破壊等々がレイダー及びアフガン解放戦線の対外的な手段なのだ。
アフガニスタンは何かと資源が豊富だ。原油然り、レアメタル、希少金属、貴金属、宝石を含有する豊富な鉱脈が数多く、尚且つ天然ガス迄噴き出す始末。
その為に中国に引かれているパイプラインの利権やら鉱脈の採掘権やらで、バチバチにパキスタン臨時政府とやり合っている。
パキスタン側は天然資源が喉から手が出るほど欲しい。何が何でも欲しい。
そしてその逆も──アフガン側もパキスタンの保持するモノを欲しがっている。
それは何か──偏に技術施設。ドラゴの製造ラインが欲しいのだ。
パキスタンはオール・フォーマット以前から自動車産業が盛んな国柄で、その製造ラインで数多くのロボットが導入されオートメーション化されて作られていた。しかしオール・フォーマットが起こりそれも無用の長物かと思われたが、ドラゴの基本製造技術が旧ネットにリーク、全世界技術革命が起こり、今迄自動車ラインで使用されていたロボット群がそのままドラゴ製造に流用できる事が分かり今やパキスタンはドラゴ製造シェアが世界第四位だ。一位はアメリカ、二位はドイツ、三位は中国だ。
だが、製造シェアが高いだけで操縦士の潤沢な確保は別の話で、操縦士育成が行き届いてないと言うのが現パキスタンでアジ・ダハーカ旅団で俺達新人さんである目から見ても、毛が生えた程度と言わざる得ない技量だった。
政府官僚たちはそれを分かってか、ホーク・ディードとその親会社と契約を交わし武器提供及び戦術訓練指導の仕事を卸してきたのだ。
金銭に類する物資及びlikeの発生している時点で俺達社員に拒否権は無し、何よりそれでおまんま食っていけてるんだから文句も言えない。
兵隊にトリック・ギアを仕込むのも俺達の仕事だが、当面はそれも他の班の役割だ。俺達は警備で手一杯。
『お疲れ様です。警備の引継ぎを行います』
俺達とは違ったドラゴ機体。全体的になんと言うかひらひらした物がたくさん着いた機体だ。今俺達が乗っているドラゴは第二世代型アメリカ開発の機体で型番名は『G-12グレイ』だったか、宇宙人のグレイから名前が取られているそうで頭部センサ類の豊富な装備で特徴的なでっぱりの頭蓋骨型をしていて、これで戦術メッシュデータリンクと常時接続している。
対するアジ・ダハーカ旅団のドラゴは第一世代の旧型だが、戦場でその姿があるだけ敵に対する牽制には十分に役立つ。
「ハイ、お疲れ。オープンチャンネルの七番ね。センサ引継ぎよろしく」
俺はそう言い柊にジェスチャーし油田の宿営地に引き上げる。ロードホイールを使った高速移動で抜けていくこの荒野ともいえる荒れ果てた中で見えてくる油井が立ち並んだ古き良き白黒のフイルム映画の西部劇とかで出てきそうな景色で、その奥には半製油施設のプラットフォームがあり、そこが当面の俺達の基地となる。
「オーライ! オーライ! 二十番格納エリアに付けろ。バタフライ」
誘導に従って俺達は格納エリアに付けて着座姿勢を取って背部ハッチを開いた。
「あっつぅ……。誰か水くれ、喉が渇いて仕方がない」
汗が全身からドッと噴き出して全身が汗でベタベタだった。
整備員たちがグレイの整備に即座に入り、軟殻の内部の点検を始めてる。俺は整備員の一人から水筒を受け取って二リットルはある水筒の半分を一気に飲み干した。
軟殻は如何せん空調設備がないし何よりシリコンの塊であり人が入るだけのスペースしかない。そのくせ気密性ばかりで、汗でどろどろになるし、小便だってしたくなって据え付け型の携帯トイレとハイドレーションを無理くり体に引っ付けて入るものだから狭い狭い。その上臭い。
パイロットスーツと言うものはドラゴに限ってはない筈なのだが、長時間活動に際してはそう言った生理現象の対処の為の戦闘服があり、股座に携帯トイレと、背中にハイドレーションが縫い付けられた服が支給されている。
しかしこの服、擦れるのだ。
「ああいってぇ。おい見ろよ柊。俺の肘真っ赤か」
「アタシ股擦れ起こしたよ。早くベビーパウダー届かないかな?」
ツナギみたいに着る戦闘服を半分脱いで互いに服が擦れた場所を見せ合って、ちょっと血が滲んだそれに互いに嫌な顔をする。
お互い臭いし、小便の匂いも微かにする。さっさと携帯トイレの中身を濾過槽にぶち込まないと臭くて堪らない。
濾過槽テントに駆け込んで携帯トイレのモノを装着したそれを外し、濾過槽の口に装着し中身を捨てた。柊も似た様子でその姿は素っ裸だが、もう恥もな何もない。兎に角気持ち悪いが先に立って臭いのなんのを捨てる事に必死だった。
中身を捨て終わってようやく一息ついたようにタオルで股座を隠して着替えを探しに外に出る。
「クシャトリヤ! 着替え持ってきました!」
俺に駆け寄ってくるまだ下の毛も生えてないぐらいの子供がいた。
その子はこの油田で出稼ぎに来ている所謂みなしご。孤児であり何かと不足しているここで俺が可愛がっているラシードと言う名前の子だった。
「ああ悪い。ラシード。お偉いぞ、ちゃんと濡れタオルも一緒に持ってきてくれたのか」
「クシャトリヤはいつもドラゴの後にチンチン拭いてるから覚えたよ」
「うむ。他人の習性を見るのはいい事だ他人を慮れない阿呆には成るな。一緒に来い。俺んとこのテントで褒美を遣わす」
「ラシード。アタシにも濡れタオルちょうだい。アソコが痒くて痒くて」
「ああもう、少しは隠せよ馬鹿」
ラシードが持ってきた濡れタオルでモノと体を拭いて新しいパンツを穿いて、半長靴を脱いでサンダルに履き替えた。
完成。これぞ中東の宿営地での俺の装備。パンイチサンダルだ。そのせいで肌はこんがり焼けてきている。
バタフライ・ドリームのテントに入りると相変わらずの甘ったるい匂いで、紙白が寝っ転がってマリファナを吸っていた。
「おかえり」
「くっせえな。換気しろよ」
「やだ、砂塵が入る」
そう言ってゴロンと寝返りを打つ紙白は今日は非番で、やることが無くて腐っているようだった。
俺は耳に付けたイヤホン。翻訳機を外し充電器に差し別のを耳に付けた。
「クシャトリヤ。まだパシュトー語分からない?」
「悪いね。俺は根っからの日本人なの? 武家でもねえし、ほらラシードそこ座れ」
俺は簡易冷蔵庫からアイスキャンディー三つとキンキンに冷えたビールを引っ張り出してきた。柊も欲しがるだろうからビールは二つずつ持って行った。
「ほらアイスだ。柊、ビール」
「ありがとー。んぐんぐ……かー、生き返るー」
アシードにアイスを渡し俺はビールの王冠を開けてようやくとばかりにそれを呑んで、体に染みわたる心地よい苦味に胃の腑が歓喜の声を上げているのを感じ安堵の吐息を漏らした。
「ハー……最高。どうした食えよアシード」
「いつも悪いよクシャトリヤ。僕ばっかりご褒美貰って」
「いいじゃん。お前はよくやってるし、働きもいい、気も効くと来たらご褒美の一つや二つやらんでどうすんだ?」
冴えない面のラシードに俺は柊の顔を見るが、柊も何の事かと疑問の顔で応じる中で、紙白が答えた。
「日本じゃ経験が少ないだろうけど。カーストの最下層なんだから私たちクシャトリヤに眼を掛けられてるって知ったら周りはいい顔をしない」
何だそれ? 。カースト? 。
如何せん俺は学生時代でもカーストの中では最下層の蛆虫であって、目上の人間に眼を付けられないように生きてきたから知ったこっちゃねぇと思ったが、ラシードはそのようでは無いようだった。
「なんかされた?」
「……殴られた。ダリットの癖してってスードラの人たちから」
何といえばいいのか。アフガニスタンの国教はイスラム教と聞いていたが、ヒンドゥーの教えは国も跨いで人も関係ないようだった。
俺はラシードの服をひん剥いて殴られた箇所を調べてみた。
背中を中心に微かに内出血している。こんなガキによくもまあ暴力を振るえるものだ。鬼畜外道のそれじゃあないか。
俺は応急箱を引っ張り出してきて湿布を探す。
「内出血って冷やすべきだっけ? 温めるべきだっけ?」
「アタシは温めてたかな? 紙白っちは?」
「打撲直後は冷やすべきだけど四日程度経っているなら温めるべきよ」
「じゃあ冷いのだ。ここか殴られたの?」
俺はラシードの腫れている部分に湿布を張り付けて軽くトントンと叩いてやった。
「自信持てよ。カーストが何だ。おめえはしっかり生きているし自分の食い扶持は自分で稼いでるんだ胸張って生きればいい。俺みたいに卑屈になるなよ」
「ありがとうクシャトリヤ」
「ほらさっさとアイス食って行け、どやされっぞ」
俺はラシードにアイスを食うように急かして食べさせた。
やっぱりこの子は目上の人間の目の前では食べる事を躊躇う様な雰囲気を漂わせる。警戒してると言われてしまえばそこまでだが、何と言うか俺はそこまでとやかく言う気はないし、そんな気を起こさないで欲しい。
ラシードの様子に柊もそれを分かってか一緒にアイスを食べて見せる。
根深い問題だ。文化的なモノに俺達がどうこう言っても変わらない。シーシェパードが鯨を食うなって言っても俺達日本人は鯨を食うし、煙草が害悪っていう連中の言う事を他所に俺は煙草を吸う。
カースト制度だったそれと同じで当人たちが変えようとする意識がないと変わらない。俺が目を掛けてやってるのもあるが何とも歯痒い。
「ありがとうクシャトリヤ。仕事に戻るよ」
「ん……気を付けろよ」
俺はアイスキャンディーを咥えて、自分の簡易ベットに寝転がって一息つく、スイカ味のアイスに中東の風味を感じるが、どうするかなラシードの扱い。
隣の紙白が火の付いたマリファナタバコを寄越してきて俺はもう、断ることも忘れてそれを摘まんで一吸いする。
「スー……どうすっかねえ」
「普通に距離置いたら」
「今まで可愛がって建前いきなりって可笑しな話だろ? 今まで通り可愛がってやるのが筋だろ?」
「仁義ってやつ? 古風」
「古風で結構。俺のやり方はキチンと筋が通ってるかどうかだ」
まあ筋の通ってない事は今迄散々して矛盾しまくりの俺の人生だが、通せる筋は通すべきだ。古風仁義前時代的と呼ばれようと俺がそうすると決めたならそうする。
マリファナを紙白に返し俺はアイスを噛み砕いて呑み込んだ。
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