第11話

 戦場にドラゴが普及して一体どれだけの時間が経ったのだろうか。

 決して長い時間ではない筈だ。オリンピックだって二回周ってきていないだろう。しかし、それを超越するほど濃密なインパクトを与えたドラゴに、世界は、戦場は変化を求められた。

 変化に付いて行けないモノは悉く絶滅する。

 それが自然の流れであり、産業革命や自然現象の流れで、第二次ルネサンス期とでも言うべき転換点を経て、オール・フォーマットと言う大変革が人類にもたらされた。

 オール・フォーマットの影響は計りしえない。人々の生活スタイルを大きく変えて、世界の流れを大きく逆行させる衝撃だった。

 戦火は瞬く間に広がり、それらは『大戦渦』と呼称された。

 そのオール・フォーマットが起こってもなお、超高度演算人工知能AI『アイオーン』から零れでた、人間が再現しうる技術の一つ一つが労力も、費用も、時間さえも置き去りにして生み出さたのが、ドラゴ。

 殻と鱗の名前を持った『ドラゴ・シェル・スケール』で、その根幹となるシステム、超伝達動力性可塑液ゲルシリンダー体系は高名な学者ですら匙を投げている。

 所謂オーバー・テクノロジーと呼ばれる代物であり、何故人型でありながら、ここまで滑らかに動くのか、ゲルシリンダーの動力源解明すら明確に出来ず、人間が制御できるようにと、何とか『軟殻』と筋肉アクチュエータ群を取り付けて今の体を成しているがドラゴであり、その費用対効果、コストパフォーマンスは見合ってない。

 不利益と言う意味ではなく、雨粒のように、海のさざ波のようにドラゴはアイオーンがロボット生産工場から全自動で生み出して、それに使われる素材も安価と来ている。

 それ故にアイオーンの理解は既に人間の知能の範疇外に出たというのが技術者連中の共通見解であり、有り体に言う『シンギュラリティ』が訪れているのだ。


「では、始めさせてもらうよ。──1・2・3。スタート」


 私はスタートのラインを切り、模擬演習区画へと奔り出した。

 彼らは一人で立ち上がるには時間が圧倒的に足りていない。兵士としての練度なんてまるでない。一人一人のパーツの噛み合っていない歯車ギアたち。

 もっと時間があったのなら形の取れた卵から芋虫へと加工が出来たが、如何せんお偉方の圧が強い。進化への淘汰圧、芋虫から蛹へとなるの時が差し迫っているんだ。

 故にストレスを──私と言う、フランシス・コンソールティと言う名の淘汰圧ストレスに競り勝ってもらわないと。

 私は戦わない。私は戦いはしない。私がするのは戦闘ではなく一方的な『殺し』を行う。

 それを体現する為に私は常に布石を打っているし、これからもそうするつもりだ。

 私の育てた『バタフライ・ドリーム』は個性が強い。比嘉くんは走ることに熱心だ。葛藤くんは守りに走りがちだ、紙白くんは傍観主義だ。そして何より何も持ちえていない倉敷くん。

 皆ドラゴに対する適正は高い、しかし戦場に措いての適性は現状の所は、皆無。

 本格的な対ドラゴ戦闘ではなす術がない。故に今打つべき布石は確実に──スナイパーの攻略。紙白くんの制圧だ。

 そうすることで彼らはより柔軟に思考するだろう、軟殻を利用した戦術メッシュデータに接続している。

 射撃管制アシストを使用している為に、一人でも私に銃口が向いていれば私がどこにいようが、彼らには筒抜けになるだろう。この模擬戦で私の信条としている一方的な殺しを最もジャマとなるのが紙白くん、戦況を傍観しうる者こそ排除すべき存在だ。

 アイ・ドールを射出しレーザー索敵を行う。スキャン内に入っているのは四人、一人は非常に速い速度で移動し、もう三人は散開している。

 ふむ……連中、考えたな。

 兵士のように動けないなら、兵士が取りえない動きをすることにした様だ。集団行動は軍隊の鉄則だが、それを崩しえるのが、ドラゴの性能であり機能だ。

 機動力を生かし、ハンターである私を撹乱する気だろう。

 演習区画も狭いと来ている、相手はまだアイ・ドールを射出していないし、このマッピングで配置を考えれば──。


(紙白は私からは距離のある位置。区画の一番端か……)


 ロードホイールを回転させ壁を駆けのぼり、目標とする獲物に向かって奔る。

 目に見える障害物たち、室外機、パイプ、貯水槽。それらの模擬演習場にしては作り込まれたそれらは、偏に実戦を見据えて作られ、私はそれを存分に利用し進んでいく。

 体を捻り、室外機を乗り越え、パイプを滑り、貯水槽を足場に空へと飛び上がる。その最中にブローニングの動作を確認し、周囲へのレーザー索敵も怠らずに銃を構えた。

 居た。やはりと言うか、何と言うか想像通り。


『バタフライ4。こちらも設置終わ──敵接触! 。来たわ』


 鋭い声を上げる紙白くん。いつもの冷静さを欠くその声に頬が吊り上がった。

 ハハッ……ハハハッ。まったく、これだからハンティングは止められない。

 人が人を狩る楽しさ、敵は狡猾であればあるほど狩る時の快感は凄まじい。

 狡猾であればあるほど逃げるのも必死に、抵抗もより苛烈に、無様に意地汚くなる。その姿を見て愉悦に浸るのも人狩りの楽しみであり、どれだけ手塩ように掛けた若人たちであろうと、獲物である事には変わらない。

 移動機動射撃でハチの巣にしてくれようと、ブローニングの引き金を引き狙い撃ちにする。しかしそれは相手も承知の上で退避行動をとった。

 トリック・ギアの技術を上げたか。迅速な判断で素早い。

 今迄後ろで控えて狙撃ばかりで前に出ると言う事を知らない紙白くんに、矢面に立たされると言う事は馴れていない。故にトリック・ギアの技術面で拙い面があったが、ここ一週間で埋めるに余りある技術向上を見せてくれた。

 十分、その姿を見るだけでも十分だ。さあ、死んでくれ。

 ダダダダッ、小気味いいキック、軟殻で十分反動を軽減されマッサージ器でも肩に当てられているのかと思う程だ。

 だが少し疑問だ。何故ここにいる? 。紙白くんが陣取っていたのは遮蔽物が多くかつ、狙撃に向かない立地の目抜き通り。堂々と私がカウボーイガンマンを気取ってまっすぐ来るかと思っているのか? 。まさか、何かの作戦ではないか? 。

 ダッダッダッダッ、と聞こえる足音。

 ロードホイールを回転させ130度姿勢クイックターン、背後に向かい銃口を向けると。


「おおっ! 。そこまで進んだか!」


 私は嬉しさのあまり声を上げてしまった。

 比嘉くんだ。走っている。しかもロードホイールを使った高速移動ではない。

 人間の持ちうる二本の脚で疾走している。

 ただの疾走ではない。途轍もなく速い。足が途轍もなく速い。

 その速力、オリンピックのウサイン・ボルトなんぞ鼻で笑えるほどの速さ──ピューパ素子の影響だろう。ようやく願望が体に反映されたのだ。

 端的に言えば肉体が変化した証拠であり、彼女が望んだ進化の道──脚力の異常上昇だった。

 シールドを構え銃撃を防ぐ。いいぞ、一人はこれでクリアだ。

 だが演習は捨てない。布石であるスナイパーの排除は未だに遂行中。視界にチラリと映る妙な機器。あれはボックススピーカーか? 。

 何だっていいが、とにかくまず紙白くんを撃破しなければ。

 アイ・ドールのレーザー索敵を応用し三角測量を行い銃口の適正角度を導き出し、引き金を引こうとした瞬間だった。

 突如として壁を突き破って出てくる二枚のシールド。


「なッ……なにッ!」


 それは間違いない。葛藤くんだ。

 ロードホイールの出力だけではこれだけのパワーは出せない。一歩一歩がまるで象の力強い足取りのように、前へ驀進し私を轢き飛ばした。

 頭が僅かに揺れる。脳震盪まではいかないまでも混乱する。

 筋肉アクチュエータ群の筋肉出力を上手く引き出している。その上ブレる事のない体幹、腕。間違いない。彼もだ。

 進化している。物理的に──腕力の向上が見られる。

 筋肉組織の再構築、及び改良。――願望が成しえる進化の先だ。

 私を撥ねても葛藤くんは止まらい。何の攻撃を仕掛けてくるわけでもない。ただ押さえつけ、とにかく押してまくって壁にぶち当ててくる。

 攻撃は──驚愕する。


(この子──攻撃する気が、ない!)


 武装と言う武装をすべて取り払ってシールドだけ・・装備している。彼ははなから攻撃を捨て防御に全てを集約させている。

 盾の使い方をよく心得ている。流石元日防軍の精鋭なだけある、このままだと圧殺されてしまう。

 左足を踏み出しロードホイールを使ったクイックターンのトリック・ギアの応用で身を翻して盾の破城槌を避ける。

 完璧とは程遠い連携だが、形にはなっている。

 対ドラゴ戦闘を念頭に入れた戦闘の形だ。

 今後、彼らに必要とされるのは対ドラゴではなく対レイダーの戦闘だが、それだけで彼らが『進化』する必要性があると上層は考えいるのだ。

 だから私を急かしたのだ。

 急速な進化で自滅した種は存在する。サーベルタイガーのように自滅する危険を孕んだ淘汰圧だ。

 しかし彼らはそれらを物ともせずキチンと継続の可能な、確かな進化を発揮している。見事だ。

 ご老公方にはコレで満足していただかないといけないな。

 たしかに彼らは進化した。今迄にない程に確かな進化のしかただった。

 ピューパ素子との確かな神経結合で身体自然改造の結果を示し、人類種をある種の進化の姿へと変わった。だが──私を仕留めるには技量が足りない。

 盾の破城槌を避けて、ブローニングを構えて引き金にその指を掛けた瞬間だった。


「──ッ!」


 演習区画内に響く爆音のハウリング。耳を裂くように轟音でヨルムンガンド全体を包むように響くそれに私は身が硬直する。

 何の小細工か──紙白くんの設置していたボックススピーカーが音を鳴らしている。あまりの五月蠅さに銃口を向けた瞬間だった。視界が──暗転する。


「────」


 言葉が出ない。出したくても、喉が震えない。声が出ない。

 指先から重怠さが一気に全身に広がり、視界に映るそれらが明滅し黒に染まる。

 足元から甲板が崩れ落ち、奈落へと誘われるように落下する感覚が全身を包み込み、藻掻こうにも空を掴むばかり。

 これは──強奪ハイジャック! 。


「ッ──」


 対処法は分かっている。冷静に今繋がっているノードたちとの繋がりを切ればいいのだ。いや待て、私は、まずノードに接続していない。

 電脳戦の基本だ。枝を付けられるよりも先にノードを不活動化させ、個をスタンドアローン化するのは基礎中の基礎。

 いや、まて、おかしい。この発想が産まれ出でること自体がおかしい。

 考えのとりとめが──思考が──溢れる。

 脳に押し寄せる感情の高波に自我が押し流されそうになりながら、私は正気のそれを手放さぬように目を閉じた。だが──その暗黒の視界にそれは映る。

 明滅しながら、巨大化しながら、矮小化しながら、小さな小人が目の瞳孔が暗黒に染まって、肌も真っ白なそんな小人が私の眼前に迫ってくる。

 暗黒の中でどこを見ようとそれが見え、柔らな滑らかな質感の中に、フジツボに覆われた岩のような感触が交じりった質感が私の心の中を掻き乱し、ただでさえ小さくなり始めた私の正気を根こそぎ奪い去り、叫び出したいほどの恐怖が私の心を襲う。

 訳が分からい。私は何をしているんだ。それすらも分からない。

 ついさっきまでしていた前後の記憶がごっそりと消え、その幻覚、質感、感情のそれに押し流される。

 そしてその高波の中で纏わりつくような不快感から逃げようと必死に考える──そして到達する。

 到達してしまう。

 藻掻き藻掻き続け、それを握って私にぶつける。

 その瞬間、視界が急に開けた。

 全身からからドッと冷や汗が溢れ出て息が荒い。何だったんだあの体験は──。

 私の目の前に立っていたのは倉敷くんだった。


『これで勝ちっすね。班長』


 私は、自分の身に纏うドラゴが握るそれを見た。

 テミットトーチを握り締め、自分の装甲殻、搭乗席へと向かって押し付けているその姿を。


「は、ハハハッ……これは、一杯食わされたな」


 正に狐につままれたとはこの事だろう。

 倉敷くんは今迄それほど脅威とも思っていなかった。ここ最近の艦内で乱闘騒ぎが多く起きていて、その近くに彼が決まっている事から恐らくH・Hを習得したのではないかと思い、ずっと自閉モードにして対策は取っていたが。

 演習中の戦闘ノードモードの盲点をついて来た。

 何を隠そうレーザー索敵のアイ・ドールのノードと私のスマートが繋がり、そしてアイ・ドールのノードはヨルムンガンドの整備員のノードに繋がっているではないか。

 整備員、アイ・ドール、私の順にノードを繋げ、私の精神に高速・強奪ハイウェイ・ハイジャックを仕掛けてきたのだ。

 私はそん所其処らの凡俗とは違いしっかりとした知識を付け、古参の中では前線に立てるだけの練度があると自負していてニューロン暗号はしっかりとしているという自負があった。

 しかしニューロン暗号は常に決まったパスワードと言う訳ではない。

 ある種の精神状況では共通項が開く事がある。人は喜ぶ、人は怒る、人は悲しむ、人は楽しむ──その根本にある感情に訴えかけたのだ。

 そう、煩わしさと言う些細な感情パターンに付け込まれた。

 あのボックススピーカーの大音量は、その煩わしさと言う感情を想起させるには十分すぎる効果がある。その感情を浮かべた僅かな瞬間を見逃さなかったのだろう。

 瞬間に私に高速・強奪ハイウェイ・ハイジャックを仕掛け、見事に成功して見せたのだ。してやられた。──彼は、──逸材だった。

 背部ハッチを開け私は外に出て笑った。自らへの嘲笑と、彼らの成長の祝福への笑顔で。


「参ったよ。君たちの勝ちだ。進化したね蛹くんたち」

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