第10話
『バタフライ3、4。動きが遅れているぞ!』
『了解』「ハイよ!」
俺達は必死に集団訓練を死ぬ気になって精を出しているのは何を隠そうとも、フランシス班長との模擬演習の相手になった為である。
たかが一人相手に何を気張っている、と嗤うかもしれないが、気張らずには、班長には勝てないのは判っていて。度を越した
685班との模擬演習。一方的と言わざる得ないワンサイドゲーム。
ドラゴの世代は685班の方が上だった。それは間違いない第二種機ドラゴに搭乗し俺達とも集団練度の違う高度な連隊。完璧に近い動き事を進めていた、その上で──第一種機ドラゴを着た班長の、たった一人の兵士に負けたのだ。
ドラゴの筋肉出力比も上で機動力も勝り、人数に措いてのハンディも勝ち得ていながら、手も足も出ずに、戦力も劣り、ドラゴの出力も685班よりも劣る班長の操るドラゴに大敗するそれを見たなら──本気になるしかないのだ。
『倉敷っち。足がおぼついてないよ。もっと姿勢を高くして!』
「おうっ!」
現状では間違いなく勝てない。それが俺達四人の共通の見解であった。
故に班長と距離を置く必要があった。俺達の手の内を知られるわけにはいかなかった。
誰かの手を借りる訳にも行けない。俺達の演習、戦争は既に始まっているというのが意見としてあり、俺達四人だけの訓練が自主的に、相互の練度の啓発行為として現れていた。
互いに足りない部分を教え合え、そして補完し合う関係性の構築するべく。
それがまず第一の課題であり、四人全員のフォーメーションの流動性と、作戦行動の多様性と汎用性が求められる。
第ーの課題──全員のトリック・ギアの上達。
これに関しては柊に白羽の矢が立った。柊のトリック・ギアの上達具合は俺達『バタフライ・ドリーム』班の中で飛びぬけて高い。
故にその試演を務めるのは当然だった。指定されている演習区画は市街地想定であり、障害物が多く、ただでさえ人の通常サイズより一回り程デカいドラゴは、機体筐体の身動きがとり辛い。それの解決策がトリック・ギアでの補完でしかないのだ。
「っ──」
柊の教え方は感覚的な表現が多いい。態勢を高くすると言ってもどう動くかは詳細に説明が出来ていない。となれば自己完結、自己表現の域に達してくる。
トリック・ギアの基本は高重心でアンバランス性を保ち、その姿勢で高機動性を発揮する技だ。
パルクール・フリーランニングに感じの、あのかちょ良い動きではない。
兎に角、実戦に措いて必要な動きしか求められない。故にまず必要なのは、視界の多数確保だった。
班員全員の視界データの共有プラス、小型球状ドローンの複数飛翔、レーザーのマッピングによる地形データの獲得。それらの同時処理で地形の瞬時の理解。
数多くの微細なデータ群の中から適切な姿勢を選択、脳の理解力で銃口の向き、身体機動の運動の発揮する。想像よりも多くの雑多なデータの処理が必要な技術だ。
『盾を意識するんだ。近距離戦に持ち込まれたら命綱になるのは盾だ。絶対に手放すな!』
第二の課題──近接戦の拙さの補完。
これは葛藤さんの出身の日防軍での経験が活かれる時だった。
日本防衛自衛軍は日本の持ちえる最大の武力であり、傭兵とは違い意識の高い、likeのそれに左右されない職業軍人だ。
体術も徒手格闘、銃剣格闘、短剣格闘と多岐に渡る歴史があり、やはり自衛隊時代の名残か、逮捕術がベースにあるようで、盾の使い方を熱心に教えてくれた。
『盾は何も攻撃を防ぐだけが十八番じゃない。圧し潰したり、殴る事だって出来る。大人数との近接戦になれば刃物よりも盾の方が面制圧性は高い!』
制圧性、盾の使い方は至ってシンプル。
敵にぶつかって。兎に角押しまくる事で壁に追いやって、盾越しに殴りまくっったり、足を引っかけ地面に倒し盾で圧し潰して圧殺する。
とにもかくにも班長の動きは俺達の数段階上だ。その上に行くには二週間では無理と全員が思い、それを見据えれたのなら他の方法を、防御術を覚えなければ機動力に劣る俺達には生き残る術はない。
『高機動射撃は絶えずデータリンクを繋げて、一人でも班長に標準が合ってればレーザー照準が私たちと共有される』
第三の課題──機動射撃及びドラゴ制御の補完。
射撃で俺達の中で誰よりも技能が高いのは紙白であり、その射撃能力はロードホイールでトリック・ギアをしている最中でも衰えを知らず、高速移動中に約五百メートル先の標的を撃ち抜くだけの技量があった。
中遠距離の支援があるとないとでは歴然な差が生ずる。前衛ポジションの柊に全ての負担をかけるのは憚られるし、何よりそこは班員全員でカバーしないといけない。
「ああっと。俺は電脳戦担当ってことでよろしく?」
俺の役割は言う話になり、俺が全体に貢献できる要素と言えば僅かながら、トリック・ギアも拙く、近接戦もペーペー、射撃なんて以ての外。
ならば何が俺の取りえになりえる? 。俺だけの『得意』。
それは唯一だろう。──
柊は頭が空っぽだ、カニ味噌程度の脳味噌があれば良い方だ。葛藤さんは単純に歳でハイテク機器というモノに疎い。紙白はただ単にそう言った役回りを嫌がった。
なら電脳戦、デジタルな戦い方をするのは俺しか残されていなかった。
そうなると、より深く班長を知る必要性がある。
ニューロン暗号を手に入れる必要がある。故に考える深く、気が狂いそうなほど班長の身になって班長になりきり、班長に愛情以上の何かを抱けるくらいの感覚で班長の思考を、意識を、個性を読み解かないと暗号は手に入らない。
こればっかりは皆と共有してもどうしようもない。個々人の適性の問題だ。
共感能力の低い高いの感覚は説明やジェスチャーで教えることは出来ないし、そんな簡単な事で改良や改善が出来たのなら苦労はなかった。
だから皆が俺に頼った。班長に
かなりの難題だ。班長は頭の空っぽな脳筋野郎とも違う。
班長は思慮深い、そして腹に何かかを抱えている気がするし、確立した考えもある。
休憩時間の合間にいったいどれだけの数の
その能力、共感性と言う名の自己同一性、シンパシー、フランシス・コンソールティと言う人物に俺は成り着るしか術はなかった。
これがマジの実戦ならトンだサド趣味だ。どっかのスナッフフィルムそんな内容のモノがあった気がする、『死の王』だったか。
いやなんだっていいが、最低な趣向だろう。
まずはこの電脳戦に措いて根本の問題が解決していない。班長は実戦形式で今回の模擬演習をするというのだから、
メッシュネット接続端末の
ノードが機能していなければメッシュネットの完全接続型のネットワークからの切り離されたと同じ状態であり、それ即ちスタンドアローン化を意味している。
そうなれば
「……いや。もしかしたらな──」
これは……難解な問題だ。しかし糸口は見えたかもしれない。
班長のドラゴの装備を検索しないといけない。俺は訓練も早々に切り上げ、格納庫へと走った。
装備備品オプションバーツ群の項目を開き、調べに調べ続けそして──見つける。
これは──来たかもしれない。
「よし……。これで行ってみるか」
……
…………
……
『観客が多くなったねぇ。君たちが喧伝したのかい?』
『まさか、班長じゃないんですか?』
何処かから俺達と班長が模擬演習をするというのが漏れたみたいで、演習区画外の艦橋や演習区画甲板に人だかりが出来ているではないか。
まるで見世物。685班の演習も相当な話題になったが、これはちょっとしたイベントだ。
『賭けやってるみたいよー。アタシ賭けてきた!』
『どっちに勝つって?』
『もちろん。アタシたちに決まってるじゃん。大穴一転狙いよ!』
女子グループはお気楽でいいな。
俺の身にもなってくれ、もう精神がすり減って仕方がないし、俺に圧し掛かる責任の重圧で胃が痛い。
この演習で他の班連中からうるさいぐらいに発破をかけられ、その様子はまるでカツアゲを喰らう弱虫学生のようだったと葛藤さんがいうので気恥ずかしい。
それでも、この演習に足を向けて班長と対峙しているのは、ほんの僅かでも勝機か見えたことに他ならず、俺の脳味噌が頑張って頑張って、頭がおかしくなりそうなほど頑張ってきて、微かな勝機が見えたからだ。
『さあ、始めようじゃないか。観客を待たせたら悪いしね♪』
班長は余裕と言った様子だ。あの面に泡を喰らわせる準備は万端か? 。
さあ、やってやろうじゃないか。
演習区画の一番端に向かいスタートの電源を切られるのを待って、心臓を高鳴らせる。
どう勝つ? 。やってみないと分からない。
この演習の下準備の段階で班長のニューロン暗号は手に入れることは出来なかった、端末の接続もままならない。
班長の洞察力は群を抜いている。たぶん俺が
だからこの二週間近くの間、ずっと自閉モードにして己の殻の中に引っ込んだ亀の頭の如く頑なだったんだ。たぶん勝負は一度限り──それをモノにしなければ、勝ちはあり得ない。
『では、始めさせてもらうよ。──1・2・3。スタート』
俺達は走り出し、市街地演習区画へと駆け抜ける。
障害物を乗り越え、今迄散々練習したトリック・ギアで散開していく。
この勝負はレイダーとの戦闘と同様のものと考えてはいけない。対ドラゴ戦略の一環で、基礎訓練ではなく、応用訓練だ。
作戦通りに行動を起こさなければ──こいつは成功しない。
全員が装備している通常装備の他にもう一つの装備、なんてことはない──それはスピーカーだった。
『バタフライ1。敵アイ・ドールの射出確認! 。こっちは設置終わったよ』
柊から通信が来て、エリア範囲をマッピングを行い外部での演算を任せた演算機を起動させる。俺は走りながらシミュレーターの通りにスピーカーを設置していく。
ドラゴヘルムのセンサカメラの共有では、まだ班長の姿は見えない。
だが、班長が射出したであろう『アイ・ドール』、外部接続多視覚カメラの二機はしっかりと捉えていた。
経路を探せ、あれの経路を。
市街地障害を掛けながら俺は周辺のメッシュネットのノードマップを開いて、経路を探す。
俺達四人のノード。演習区画外に大量のノードは観客のだろう。
『バタフライ2。設置終わった』
『バタフライ4。こちらも設置終わ──敵接触! 。来たわ』
紙白の通信に俺達は戦況マップで紙白の位置を確認した。
「わかった。今すぐ行く。耐えろ!」
ロードホイールが煙を上げる。
肩部に装備された俺のアイ・ドールを射出し視界を増やし、頭上からの映像を頼りに雑多なデータの中から最適なルートを選び抜き走り抜ける。
無駄な動きは一切ない。そう頭に刷り込んだんだ。
『バタフライ1、援護に入る!』
速い。紙白からかなりの距離離れている筈の柊が紙白の支援にもう到着していた。
市街地区画の目抜き通りそれを見えた時、驚く。
早いわけだ、だがその速さの説明をするには少々、と言うよりも過分に要素が不足していた。
柊は走っていた。ロードホイールを使っていない、ドラゴの両足で奔っている。
ただ疾走しているだけなのだが、第二種機であんな速度が出せたのか? 。いや、出来ない筈だ。スペック以上の脚力でそれが一目で分かるほど足が速い。
市街地演習区に銃声が響く、ペイント弾の雨嵐に近寄るすべてを捩じり潰す迫力はある筈だが、班長も肝が据わっている。突撃だ。
火薬を抜いたリアクティブシールドを構えて、ペイント弾を防いで、先に狙っていたのは──紙白だった。
徹底して、まずはスナイパーを狙っている。ここまでは俺の予想通りだが──間に合ってくれ。
『バタフライ2。現着、援護に入る!』
その声は頼りになる俺達の兄貴分だ。
壁をぶち抜き貫いて現れたのは両腕にシールドを構えた葛藤さんだった。
まるでブルドーザー、一切合切を有無を言わさず刮ぎ取るシャベルのそれに似た驀進で、班長に向かって突撃する。
想定していないだろう。当たり前だ──攻撃手段を捨てて防御に全振りするなんて。
ここ最近に気づいたことがあった。
皆の身体に多少なりとも変化があるのだ。筋肉量が増えたとかそんな話じゃない。
髪の毛の白髪化。それに加え反射神経速度の向上、そして個々人の身体変化。目に見えて分かったのは葛藤さんと柊だった。
葛藤さんは腕力が異様に上がり、ゴリラ並みの腕力になり始めていた。
柊は脚力が異常に上がっている、世界新記録など余裕で塗り替える脚力だった。
双方とも常人のそれを越えた値を叩き出しているし、何よりその変化は俺達の目でも分かるほど異常なのだ。
その変化を与えたのは神の
ドクの、ドクター・ホーンワームの言曰く、ピューパ素子の影響が少なからず出ているそうで、嘘か誠か彼の言を借りるならばピューパ素子は人の願望を反映する機械群素子なのだそうだ。
嘘だろうが真実だろうが、悪魔の機械だろうが神様の祝福だろうが、どっちにしろ俺達の役にたつならそれを使い潰していくだけだ。
『うおおおおおおおおおおっ!』
雄叫びを上げ両手にシールドを構えた葛藤さんが班長を轢き飛ばし、圧し潰す。
壁に力強く叩きつけられる──いや、それよりも早い。
班長は葛藤さん驀進をはらりとよけ、ブローニングを構えた。
そんな中で俺が探し続けていた、糸が、ルートが開通した。
「──来た! 。来た来た!」
繋がった。通路が、経路が。
チェックメイトだ。
「ダーイブっ! 。なんつって……」
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