第6話

 ガシャーンっと音を立てて俺はすっころぶ。

 丸々1日経過してその翌日。俺の初乗りのドラゴのへの感想は、偏に言うならば──奇妙だ。

 二重の纏った体で、それを操縦するというのは何と言うか奇妙だった。

 ヨルムンガンドの2階、歩行疾走訓練室で俺は立とうと必死だった。


『はははっ! 。誰しも最初はそんなもんさ!』


 綺麗な歩行で俺に近づいてきたコンソールティさんが手を差し伸べてきたが、俺は拙い手の動きでその手を何度も握り損ね何とか手を掴んだが、引き起こされると反対側へ転んで、横ばいに転ぶだけだった。


「コンソールティさん……コツッとかってないんすか……」


 外界網膜投影式頸部軟殻通信ヘルメット『ドラゴ・ヘルム』の頑丈な支えで脳震盪は避けられているが、こうも立て続けに転倒を続けていると、幾ら『軟殻』が衝撃を吸収すると言っても転倒でフラれる脳味噌と三半規管は無茶苦茶だった。

 ただ立つだけ。

 それが俺にはドラゴで出来なかった。車やバイクのように低重心の安定性はドラゴには無く、高重心で不安定性がドラゴの高機動で俊敏な動きを実現させ、高い汎用性を発揮するには致し方ないが、何せ機械制御で機体を安定させるわけでもなし、エバンゲリオンみたいに感覚をフィードバックする訳でもない。

 無感覚の転倒なのだ。立てるかどうかも怪しい。


班長サーと呼ぶんだ。私はもう君たちの心身を受け持つことになっているんだからね♪』


班長サー。立ち方を教えてください」


『ふふふっ。──慣れてくれ』


 冷酷に、冷徹に言い放たれこの世に救いはないのかと思ってしまうが、ドラゴはこういうものだと、こればっかりは割り切るしかなかった。

 マニュアル車のギアチェンジでなんでクラッチなんてクソみたいな装置が付いているのかとケチ付けても、そういうものと言われてしまったら終わりなのと同じだ。

 もっとコツのような……

 四つん這いから何とか立とうと、生まれたての子羊のようなへっぴり腰でプルプルと立ち上がって見るが。

 ガシャーン。5度目だ。


『あはははっ! 。賢吾ちん。へたっぴだね!』


「うるせえぇ……借金女……」


 柊とは説明の後しっかりと話した。親の残した借金で齷齪していて、借金返済の為に自ら博打に手を出して結果として自らがギャンブル中毒に陥り更なる借金を重ねて、多重債務者になり果ててにっちもさっちもいかなくなって、この傭兵稼業に手を出したという。

 木乃伊取りが木乃伊になるという諺の通りのお間抜け女だが、どうやら適正がこれに関してはあるようで、ドラゴを自在に乗りこなしているではないか。

 俺が直立するだけでも四苦八苦しているのに、直立、歩行、疾走まで熟している。まだまだ動き足りないと言った様子でその場でぴょんぴょん跳ねている柊に、ちょっとジェラシーだ。


『硬くなり過ぎだよー。ローラーブレードやったことないの? 。あれと同じだよー』


「……エア・ギアは、俺の世代じゃ──ねえ!」


 腕をグッと持ち上げると、筋肉アクチュエータ群が動きを増幅し、途轍もない動きをして俺の体の装着するドラゴ諸共、飛び上がって天上に激突してしまった。


「ガッはっ!」


『おいおい、ヨルムンガンドを壊さないでくれよ。ドラゴは幾らでも変えは効くが、空母ばっかりはそうはいかないよ』


「……サー・イエス・サー」


 チクショウ……搭乗員よりも、空母の心配かよ……。

 ──like額の事を考えれば当たり前か。

 にしてもこの為体ていたらくは俺も想定していなかった。ここまでドラゴが操縦し難い機体と言うのは予想外だった。

 最も俺が困惑しているのは、機体を動かしtてその挙動で返ってくる感覚とでもいうモノが、まるで少ないと言う事なのだ。

 車の運転でも、ただまっすぐ走らせるにも道路の凹凸の有無で僅かに右や左に逸れる感覚は分かる、だから小まめにハンドルで左右を調整する事が出来る。

 しかしドラゴはそうではなかった。地面との設置点が二点だけであり、瞬間的には一点で姿勢を支えなければならい。

 その挙動に対する機体から操縦士へのフィードバック、反応が微細過ぎて、俺の脳味噌にそれが到達する頃には既に転倒コースまっしぐらなのだ。

 決して動けないわけではない。動かしているという面で見れば確かに動いている。だがしかし、まともに二足歩行しているのかと言うと、出来てはいない。


「反応が、鈍すぎ……」


 俺は愚痴りながら膝立ちに体を起こす。

 ギギギっと筐体が軋んだ音が聞えた。装甲殻に眼をやると転倒し過ぎであちこちがへこんでしまっている。

 機体パロメーターを表示すると装甲殻の想定耐久値が大幅に減っている。ゲルシリンダ、筋肉アクチュエータ群の運動機能値は正常だが、如何せん装甲殻が関節に干渉して動きがぎこちない。


『そろそろそれも仕立て屋整備部に出さないとね。倉敷君。別の機体を使いなさい』


「……サー」


 俺はドラゴから降りる為背部装甲ハッチを開いた。人型に詰め込みに詰め込んで緊急脱出ベイルアウトシステムもまるで設備されていない。

 当然だろう? 。誰がトヨタの軽バンにで緊急脱出ベイルアウト装置を付けたがる。

 それだけプレーンのドラゴは安価に製造でき、尚且つ取り換えが容易に効く為だった。これを開発した人間は相当頭がいいのだろう。

 もっと民間に普及したら、それこそ被災地での復興作業や土木、農作業も簡単になる事だろう。

 別の機体の背部ハッチを開き、身を潜らせその中にゴソゴソと体を無理くり押し込んだ。

 柔らかでブニブニとした軟殻はオナホを思い起こさせる。これにローションを入れ込んだら巨人用の人型オナホの完成だ、なんて馬鹿げた想像をしながら俺はドラゴヘルムに頭を預け、頸椎部の衝撃緩和アームが首を抑えられる。

 外部カメラが俺の網膜に投影され申し訳程度のモニターと網膜投影で外界を照らし合わせて外との繋がりを感じる。さあ練習だ。


「よっと……っとっと──」


 ガシャーン、っと本日6度目の転倒だった。


 ……

 …………

 ……



 フワフワと足取りがおぼつかない。休憩時間に入ってそろそろ一時間になるがドラゴ酔いは収まらず、ろくろく昼飯も腹に入らなかった。

 豪勢なビュッフェスタイルのバイキング昼食を堪能できるとウキウキだったのだが、この乗り物酔いも慣れるしかないようだ。

 甲板に出てポケットの中から煙草を取り出し火を付けた。ゆっくりと煙を吸って肺の隅々まで煙で満たし、息を止めた。

 舌先についた油分がニコチンを絡めて肺胞がお釈迦になっていくのがありありと分かるが、それでもこればっかりは止められなかった。ニコチンは甘美だ。

 脳の芯からじんわりと痺れるような感覚が広がって体が弛緩していく。


「──……スー」


 紫煙を吐いて俺は未だ甲板で訓練を行っているドラゴたちに眼を向けて、ゆっくりと考える。艦橋近くの壁に凭れ掛かり腰を下ろして、それらの動きを見逃さないように見る。

 どれもかなり高度な動きをしている。

 脚部スタビライザに装着されたタイヤの四輪駆動高速機動装置『ロードホイール』を駆動させ、高速走行移動を行いながら射撃訓練。

 別の所を見れば屋内戦闘を視野に入れた訓練も行っている、別の所では超長距離遠距離射撃の訓練もしている。

 どれも俺が行えないような非常に高度で、基礎の出来ていない俺にとっては応用の域の訓練、それらをさも当然とやってのける彼らに憧れる、というのはちょっと違うが羨ましいくはある。


「こうで……こう……いや、たぶん倒れるな」


 俺はドラゴを着ている想定で体を動かし、こうでもないああでもないと頭を捻りながら脳内シミュレートをしてみる。たぶん体の倒しすぎでバランスが崩れ倒れているんだ、だからその絶妙タイミングで適切な位置で足を出す──いや、タイミングが違う。


『何やっているんだ』


「うおっ、だ、誰」


 ドラゴを着た誰かが俺に話しかけてきて、俺はびっくりしてしまう。

 俺の使っている練習用のドラゴは世代が違うのか、外見が変わっているそれらは大体が統一されたオプションバーツがドラゴが配備されており、グリーンを基調にしたH・D社エンブレムをプリントされた装甲殻で中に誰が入っているのかは分からなかった。

 スマートグラスを立ち上げ個人ノード情報を照らし合わせる。が、その前に背部ハッチが開きその者が現れた。

 精鍛な顔つきで筋骨隆々。面接の時にいた日防軍退役者下士官の──。


「ああっと、葛藤かっとうさん?」


葛藤つづらふじって読むんだ。珍しい苗字だろ。珍しいから忘れられにくい」


 拡張現実オーグで表示される名前の欄の葛藤棗つづらふじなつめの文字に少々こんがらがるが、それを丁寧に訂正する葛藤の笑顔は爽やかだった。


「何してるんだ。パントマイムの練習か?」


「いやぁ……ドラゴの歩行シミュレート。ちょっと躓いてて」


「ふぅん……ああ、二十五歳。若いね、その年で傭兵を希望するなんて立派だね」


「立派……立派かなぁ?」


 普通ならこんな業種選ぶ時点で終わってるが、まあ葛藤は日防軍の出身であるからに一般公募から採用された俺は少々特殊に見えて仕方ないだろう。

 年齢欄は41歳。俺の兄貴より少し年下ぐらいだろうか。お国の為によく働いてくれましたと言わざる得ない。


「そこでパントマイムするんだったら。一緒に訓練しないか?」


「いや、ドラゴがないし」


「教練自体にドラゴの貸し出し許可は必要ないんだぞ。就業規則にも書いてるぞ」


 俺の悪い癖だ。就業規則とか小難しい事を書いてるモノは見るのが面倒で、見ていないし、だいたいがタイムテーブルに沿った動きをしていればいいとばかり考えていた。

 ドラゴの練習自体が主業務に入っているのだから、時間を決めて乗りましょうなんて可笑しな話なのだ。兎に角乗って操縦に慣れろと会社はそう言っているのだ。

 俺は葛藤に促されるがまま格納庫から第二種機ドラゴを借りて、甲板に上げる。


『射撃訓練。やってみるか?』


「いや、俺歩行もまだまだで、まだ立てないんすよ」


『なら尚のことだ。時には歩くより、走れだ』


 俺の前にドラゴ規格改良ブローニングM2重機関銃を置いた。

 渋々と俺は煙草を海に投げ捨て、軟殻に体を押し込んでドラゴヘルムに頭を預け、背部ハッチを閉める。

 時には歩くより、走れ、っか。どうすればいいだ。

 兎に角、俺は眼の前に置かれたM2重機関銃を膝立ちで持って、コッキングレバー引いて薬室の弾丸を確認した。中身はペイント弾で暴発の恐れはないだろう。それを見越してこれを渡してきたんだろう。

 これで安心、いや銃を持ってる時点で安心ではないが、それでも多少は安心できる。

 さあ、立つぞ。立って歩く──。


「っ──!」


 ぐんっと筋肉アクチュエータ群が動きを増幅し勢いよく立ち上がった俺は、バランスを崩し──倒れる。


「くっそ──!」


 足を前に出した。

 そこからはもう言葉にはしようがなかった。

 走っていた。甲板の上を──颯爽と──豪快に。

 姿勢は無茶苦茶、歩幅も曖昧。しかし、俺はドラゴを着て走っている。


「ははっ。マジかっ! 。俺走ってる!」


 地面を蹴る小気味良い衝撃が足から伝わってくる。これがドラゴで走るという感覚なのか。──早い。途轍もなく速い。


「って。待て。どうやって止まるんだよこれ!」


 止まり方が分からない。このまま走り続けると海にボチャンだ。どうにかして止まらないと。


『倉敷。止まれ!』


 インカムで葛藤が喚いているが、喚きたいのはこっちだ。

 どうすれば止まれるんだ! 。

 思いっきり俺は片足を踏み出すと──。


「──え……」


 空中数メートルに飛翔してる。

 あまりにも強く足を踏み出してしまったせいで、軟殻がジャンプと認識して筋肉アクチュエータ群にその動きをさせていた。


「嘘だろまじかよ!」


 腸の中身が浮遊する感覚、あのジェットコースターか、飛行機で起こる不快感が俺を襲い、目の前に迫る甲板に俺は両足を突き出して──着地した。

 だが、止まれない。疾走は止まらな。


「葛藤さああああああん!」


 必死にそう叫んで俺は半分涙目で助けを呼んでみるが、外部センサカメラで葛藤さんを確認するがかなり離れた距離から追ってきている。

 ああダメだ。落ちる。

 そう思った瞬間──俺の片足が吹き飛んだ。正確にはドラゴの脚部が吹き飛んだ。

 転倒しゴロゴロと甲板を転がって海に落ちるか落ちないかのギリギリで止まった。

 心臓がバクバクと脈動し、息荒く視界が明滅している。発汗がヤバい。

 これマジで死ぬこれ。


『おい大丈夫か。倉敷』


 葛藤さんが俺のドラゴをうつ伏せにして背部ハッチを開けた。

 冷たい空気を吸い俺はようやく生きている実感が湧いた。と同時に恐怖心がどっと肩に圧し掛かった。これ、本気で乗り熟さないと命が幾つあっても足りない。

 吹き飛んだドラゴ脚部から流れ出るゲルシリンダの白い液と、筋肉アクチュエータ群の疑似筋肉素子の液が炸裂して何とも言えないマーブル模様が甲板に広がっていた。


『良かったな、腕利きスナイパーがいてくれて』


「……へ?」


『ほら、あそこ。──紙白白雪かみしろしらゆきさんだ。日本政府の肝いりでホーク・ディード社に入社した次世代のホープだ。俺なんかよりよっぽどドラゴの操縦に長けてる』


 砕け散ったドラゴ脚部を見れば俺でもそれは分かった。俺の生身の足を避けるように、綺麗にドラゴの脚だけ撃ち抜いて転倒させている。

 結構な速度で走っていた気がするが、それを捉えていたのならスーパー・スナイパーだ。

 俺はジェスチャーで、紙白白雪にありがとうのサインを送って胸ポケットから煙草を取り出して火を付けた。


「マジで、練習しないとな……」

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