第7話
そうだ。そうだったのだ。簡単な話だった。
俺がなぜドラゴを着て直立歩行が出来なかったのかが、ここ一週間みっちり練習して分かった。肩に力が入り過ぎだ。小難しく考えすぎていた。
歩くのに、右足出してー、左足出してー、っていちいち考えて脳味噌にたいして足を命令を出せっていっているか? 。ノーだ。
無意識できる。そう言った物で、肩の力を抜いて頭を空っぽにしてただ歩くだけだった。
『態勢を低く、ロードホイールを駆使して疾走するときは重心を低くして奔るんだ。頭で地面を舐めたくはないだろう?』
二番目の段階に訓練課程に移った。それはロードホイールを使った移動だ。
低重心に態勢を保ちロードホイールで駆ける、そういった高速移動でちょっとしたドラッグレース様相を呈しているが、それもその筈でドラゴの特性を考えれば当たり前。
歩兵と戦車のハイブリット。それがドラゴのコンセプトでありそうデザインされた兵器だ。戦車のように高速で移動し、散兵戦も視野に入れゲリラ戦術、強襲、奇襲を熟し、尚且つ拠点防衛、迎撃の耐久性と強固な兵器兵団。
それに適応する為に考案されたのがこの移動手段、ロードホイールを駆使した
『君たちはカタツムリかい? 。私のようなドラゴに乗り慣れた操縦士ならば、君たちは今頃ハチの巣だろう』
障害物をすいすいと乗り越え飛び越える班長。合金で出来た装甲殻を纏う機械の塊が行っているとは思えない程の高機動、俊敏性で、俺達の目の前で披露して見せる班長の姿はなんというか、格好良かった。
普通の軍事訓練でこんな飛んだり跳ねたりすることなど必要とされない。軍隊の中で突出した機動力を発揮する兵は邪魔にしかならないからだった。和を以て貴しとなすと言われるように、軍隊では均一な練度がモノを言う、だがドラゴ乗りは違う。
班長の話曰く、朝鮮半島事変の終戦間近の戦場ではドラゴ乗りは死神のそれであり、その姿を見た兵士は悉く死んで逝ったと言われるぐらいに、高機動、高火力、殲滅性、制圧性を持った兵器群として全世界を畏れさせたそうだ。
その伝説を最初に作り上げたのはインド軍特殊装甲旅団『ナーガラージャ』たちであり、それ起源にアメリカのドラグーン連隊『ウロボロス』、日防軍の特戦竜騎兵群『逆鱗』、中国装兵部隊『応竜』と様々にある。
オール・フォーマットを皮切りに韓国は経済と国体が崩壊した。それを引き金に米中戦争が本格的に開戦し、ドラゴ・シェル・スケールの実戦投入から今までに培われた技術体系の集大成、対ドラゴ戦術で産まれ出でるのは鬼が出るか蛇が出るか、いいや、龍が産まれた。
戦場をのたくう素早い龍。戦場を素早く駆け、弾丸を掻い潜り、市街地戦で最も強い兵器に成り上がり、敵殲滅で戦果を挙げているそうな。
『本格的な対ドラゴ戦闘は数少ない。故にそれに直面した時に操縦士の力量が問われる。ホーク・ディード社、とりわけ私の班は対ドラゴ戦闘を見据えた班としてCEOの命令下に編成されている。戦車も、戦闘機も、恐れるに足りない。真に恐れるのは同族、即ち私のような『ドラゴ・ライダー』たちだ。だが差し当たって君たちがドラゴ戦闘で視野に入れるのはレイダーたちとの戦闘だろうね』
バテバテで肩で息をしている俺達に、蝶や蜂の如く変わらずあちこち飛び回る班長が提示する明確な敵たち。
『レイダー』と呼ばれるオール・フォーマット以降に発生したテロリストたちの総称。
オール・フォーマットですべてが変わった。原因不明の全世界通信ネットワーク・クラッシュ。それに伴って発生した大混乱。
ネットワークに接続しているライフライン、金融、自動車、コンシューマ、産業用途、軍事、全てのネットワークデータが破綻し、全ての意味が白紙に戻された大恐慌に世界は変化を求められた。
国連の通貨金融国際基金が代替通貨である個人生産価値『like』を発表し、その信用情報は過去最高知能を誇ったAIをベースに設計された『デミウルゴス』が管理をする事となり通貨の概念に変化が起こった。
そしてテロリズムも変化を起こした。
固定資産を持たない者たちの暴動、蜂起。宗教民族思想とも関わりなく、社会全体に奉仕する資質のない持たざる者たちの暴力的声明行動、政治的目的などなくただ生き延びるために暴力という選択肢を選択した者たちを、ここ最近はテロリストと呼ぶのではなく『レイダー』と呼んでいる。
生きる為だ、誰だって必死になる。今迄『金』という名の『信用』に縋りついていた万人が、オール・フォーマットによって一斉に個人生産価値を問われ、手に職を持っている者や固定資産を持っている者たちは救われ、持たざる者たちは篩に掛けられて死に瀕している。
俺だって母方の実家が土地を持っていたからこそ、そこそこの生活を出来ているが、持っていなかったらと思うとゾッとする。
「レイダーたちなら、治安保全隊との共同戦線ってことですよね。トリック・ギアよりも先に、一般兵隊との連携が先じゃないんすっか?」
『レイダーたちも馬鹿じゃない。生きるために必死だ。銃だって持ってるし、捨て鉢になれば自爆も考える。思考できるなら、ドラゴだって乗るだろう?』
『それクッソッ面倒!』
比嘉は筋がいい。ドラゴとの相性がいいようで、トリック・ギアの動きもあと数週間もすれば習得してしまいそうだ。
俺と来たら、和式便所でうんこ垂れるみたいにロードホイールで走り回るのが精一杯だ。そんな俺にトリック・ギアを仕込むのは早すぎると思うし、何よりロードホイールを使用した移動射撃も習得しないといけない。
『確かにそうだが、応用は応用だからこそなんにでも通用する。ホーク・ディードのドラゴ部隊でも、私の受け持つ『バタフライ・ドリーム』は対ドラゴ戦闘を視野に入れた班だ。故に私と同様か、もしくはそれ以上に君たちの技量が向上しないといけない。本当なら基礎からゆっくり教えていきたいが、一般公募の君たちは詰め込み教育コースだ』
何故だろう装甲殻で顔色は見えないのに、班長の機体の顔に相当する部分が凶悪な笑顔を浮かべている気がする。いや浮かべているんだろう。雰囲気が恐ろしい。
『倉敷君はつい先日凄まじ疾走をしたそうじゃないか。あれだけの機動力があればトリック・ギアの習得も早いだろう』
「……ノー・イエス・サー」
『お・ぼ・え・ろ♪』
死ぬ気で覚えろと言う事だろう。
……
…………
……
就寝時間に突入し自由時間となるが、俺は寝付けなかった。
それはなぜか、未だに睡眠導入剤を呑んでいないし、何より晩酌が進んでいたのだ。
ヨルムンガンドが瀬戸内から出向してはや一週間とちょっとになる。今航行しているのはインド洋付近を征くこの巨大母艦は何とも言えない風体に思えた。
軍隊と言う軍隊がその態勢を変容させ、GPSもろくろく機能を失った船舶の遠洋行為はかなりの自殺行為であり、それをものともしないのは個々人の技能によるものが多いい。
アナログな総合無線などはオール・フォーマットの範疇から逃れた。ローテクな機器の取り扱いを行える者は、それこそ過去のITエンジニア並みの雇用があり、引く手あまただった。
無論、ヨルムンガンドにもそれに類する総合無線通信士やそれに類する、海に出て自らが一体どこにいるのか分かる連中が乗船している。
俺はそれが分からず、寄港した先々で降りては市場に繰り出し、酒を買い込んでひっそりと晩酌を楽しんでいた。
グラスにラベルの張られていないボトルの中身を注ぎ、月夜に翳して俺はグッと飲んだ。
「カーッ……うまっ」
トゥバと言ったか、フィリピンの地酒でココナッツを使った珍しい地ワインで、なんともいえぬエスニックな風味に、脳が麻痺していく感覚に酔いしれる。
眼と眼の間の奥、眉間の間の脳味噌の部分がじわじわと機能が停止していく感覚が分かる。
手持ちの抗うつ剤や眠剤、母艦に積載されている医薬品の中身を調べると日々飲んでいる薬たちが取り扱っていることが分かり一安心だが、如何せんここは軍艦。
娯楽と言う娯楽が少ない。
スマートグラスを開いて映像ストリーミングサービスページを開いて見るが、やはり遠洋の事もあり一般通信程度ではクソほども速度が遅い。
となればやる事と言えば一つだろう。飲んだくれるしかない。
ひっそりと甲板に上がり、誰も居なくなったそこで俺はおひとり様を決め込んで呑むのは、偏に人との一緒に飲むのが嫌いだからだ。
誰かに合わして飲んで、何が楽しい。一人で好き勝手酔っぱらってしまった方が幾分かいい。
現実と言う虚無を見据えてしまうが、それでも人に付き合って精神をすり減らすぐらいなら一人で寂しく飲んでいた方がいい。
「はァ……遠くに来たなぁ……」
思えば一週間でいったい日本から何万キロ離れた。たかだか県を跨ぐなんてレベルじゃない。国をまたにかけている。
それに俺はもう一般人じゃない。傭兵だ。
銃を持って、戦場を駆けまわって、敵をぶっ殺す戦場のハイエナ。
と言っても戦場にはまだ出ていないし、銃もろくすっぽ握ってない
ドラゴ乗りは稀少価値が高い。何せドラゴが開発されてまだまだ月日はそれほど経っていない。それ故に強い、対策もまだまだされていない。故に無双の強さが保証されているのだ。なんてことはない筈だ……きっと──。
「っ……っふ……──」
震えが足の下から背筋にまで這い上ってくる。怖い。怖いのだ。
頭の中でどれだけ否定しても、この恐怖だけは拭えなかった。
戦場に立つのが怖いのか? 。イエス──死んでしまうから。
ドラゴが怖いのか? 。イエス──凶器だから下手すれば自滅してしまう。
人が怖いのか? 。イエス──何を考えているのか分からないから怖いんだ。
怖くて怖くて仕方ない。何もかもがもう怖くて、壊れてしまえばいいんだ。壊れて俺の目の前から消えてなくなってしまえば、きっとこの恐怖は収まる。
いや、それよりも先に俺が消え行ってしまえばきっと──。
俺の手許に拳銃や刃物が無くて一安心だ。頭に過ぎったのは『死にたい』という願望だった。希死念慮が頭にこびりついて仕方なかった。
逃げてしまえ、消えてしまえ、甲板から身を投げろ。俺は金槌だから容易に溺れれるぞ。きっと楽になれる。楽になってしまえ。
そんな悪魔とも天使ともつかない声が聞こえてくるようで、どうにかしてしまいそうだった。
何もないのに、何かが起こったわけでもないのに俺の目尻から涙が溢れた。声無く泣き、己が人生を呪い、己が命を呪い、俺自身を呪った。
ゴミめが、クズめが、何の役にも立たないロクデナシめが。
「クソッ……クッソっ……」
必死に酒を煽って、頭の中に堂々巡りをする馬鹿げた考えを拭おうと、必死で酒を呑んだ。
現実を直視するのが嫌で嫌で、もう自分自身どうなりたいのか分からない。
俺は俺と言うのは当然の答えを導き出すのは簡単なのに、どうしても何者かになれと言う強迫概念が俺を襲って、立つこともままならなかった。
全身の筋肉が痙攣しだして立てない。力が……入らない……。
「スーッ……──」
唐突に独特な煙の香りが鼻先を掠め、俺は匂いの方へ顔を上げた。
「酷い顔」
そこに立っていたのは天使とも見紛う少女だった。
真っ白な髪が波風に靡き、月明かりが照らす姿は神々しさすら感じる。
青紫の目が俺を見下ろし、服も真白ときた。
天使にしてはちょっとカジュアルか、口に咥えた煙草は野性味を感じさせる。
「何で泣いてるの?」
「ぐっす……なんでもない。たぶん持病のせいだ」
「持病? 。なに?」
「……言いにくい」
「………………」
ジーッとこっちを見ているその子は眼で早く持病を言えと言わんばかりで冷ややか、そんな目が俺をまっすぐ見据えて力強く訴えかけてくる、そんな目線に俺は抗えない。
俺は観念して言った。
「……鬱病。たぶん躁鬱で、感情の起伏がぶっ壊れてる」
引かれただろうか。こんなこと人に話すべきじゃない。
入院してた時は人に話すのも大事だとお医者様は言っていたが、気が引けて成らなかった。
だが、少女は俺の隣に座って何を言う訳でもなくその煙草を吸った。
「吸う?」
妙な臭いをさせるそれを摘まんで渡してくる。
それを俺は抗えず手に取って吸った。
妙な味と匂い、なんだろう。普通の煙草じゃない。何と言うか煙が優しい? 。
少し体が楽になった気がした。肩の重く圧し掛かった重荷が降りたような体が軽くなったような、リラックスする。
波風の音が心地よく、潮風の匂いもよく感じ出した。
「マリファナ。どう?」
「ブハッ──っ!」
俺は仰天して手に持ったそれを投げ捨てた。
「なんてもの吸わせるんだよ! 。クッソっ! 。おえっ、ぐえっ!」
嘔吐て必死で体に取り込んだその忌々しく邪悪なそれを体外に出そうとする。その姿にクスクスと笑うその子に怒りが湧いてきた。このクソ、イケないモノだと知らないのかこのボケ女! 。
「ようやく人の顔した」
優しく笑うその顔に毒気を抜かれそうになるが、惑わされてはいけない。
大麻を吸ってるような馬鹿はろくでなしだ。こいつ、さらし者にして班長にでもチクっやろうとスマートグラスでコイツの情報を引っ張り出すと。
「紙白白雪」
「うん。何?」
優しく微笑む顔に、何とも言えない。コイツが葛藤さんが言っていた日本の肝いりドラゴ乗り、俺を助けたあのスナイパーなのだ。
にわかに信じがたい。こんな少女が、俺よりもずっと年下に見える、と言うのも当たり前な話で、年齢欄には18歳、俺よりも7つ下なのだ。
こんな子がどうしてドラゴに、傭兵になんかに。
「またね。一緒にマリファナ吸いましょう」
静かな声音で紙白はいいゆっくりとその姿を後にした。
ゆらゆらと煙を上げるマリファナタバコのジョイント姿に、何とも言えない気分にさせる。
「ッチ……くっそ……これだから人間は嫌いなんだ」
俺は胸ポケットから『普通の』煙草を取り出して火を付けた。
夜闇に消える紫煙に酒を煽って、乾杯。
明日はどうなる? 。明日になってみないと分からない。人生に疲れ果てても明日はやってくる。そんな人生に言ってやる。
ファックユー、と。
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