第5話

「はーい。楽にしてくださいねー」


 女医の補助で俺は検診台の上に乗せられ、横向きに寝転がって体操座りのような体勢で注射針のそれを受け構えていた。

 主治医のホーンワームさんが俺の腰部の背骨、腰椎にブスリと注射針を刺し突き立てゆっくりと注射針が上へ上へと、それが脊髄の中を進んでいく不快感に酷く顔が歪んでしまった。

 ぬるりと注射針の先端から体中へと入ってくる薬液。

 処置前の事前説明でピューパ素子、『高位伝達神経信号機械群素子』というフェムトサイズの機械群素子であると説明を受けていた。それが入ってくる。


「はい。これで処置は終わりです」


 ホーンワームさんが俺の背骨からぶっとい注射針を引き抜いて、処置が終わった事を教えてくれた。カランと注射針をアルミのゴミ箱に投げ捨てられる注射針が、伽藍とその残響だけを響かせた。

 これで本当の意味で俺はホーク・ディード社の所有物となる。


「ああ、イッてぇ……」


 背中をさすりながら俺は診療所を出た。

 タラップを登り、鉄扉に手を掛けて開いた先はピーカンに日が照っているが、空気寒く、吸い込んだ外気は透き通って潮の香がする。潮風が香る瀬戸内海の風、その風景に本当に夢でも見ているかのようで、鼻笑いが漏れた。

 想像できるだろうか。ここは、今俺が立っているのは、空母の甲板の上だった。

 艦名を『ヨルムンガンド』と命名されるそれは、瀬戸内海を順繰りとゆっくり航行していた。

 現在は大阪湾鳴門海峡近くを航行しているこの船、『ヨルムンガンド』の旧艦名を原子力空母『ニューオリンズ』だったか、それをアメリカ合衆国海軍から退役後にホーク・ディード社購入し、改造に改造を重ね遂には原型を留めていない程の姿になり果てて、それでも尚この船は海原を奔りゆく。

 元原子力空母なだけあって、その大きさはさることながら甲板の広さはちょっとしたドーム球場の大体三個分ぐらいは広さがありで運動をするには十分な広さがある。

 そこを行き交うのは戦闘機か? 。それとも戦車か? 。いいや、違う。


『あぶねえぞ! 。気をつけろ!』


 俺の目の前を走り抜けていく人型の鉄の塊。

 俺は口あんぐりのでこの置かれた状況に心底驚いていた。巷のミリタリー界隈で噂になっている兵器群が所狭しと言った具合に甲板を走り回っている。

 装甲駆動被服『ドラゴ・シェル・スケール』だ。

 オール・フォーマットが起こって以来、戦場で活躍している兵器であり、曰く歩兵と戦車のハイブリッドと噂されるそれが惜しげもなく俺の目の前にあった。

 腰を労わりながら俺は甲板の端に向かった。そこには二脚の椅子とホワイトボードがあり、スマートグラスの一日の予定座標マーカーがその一脚についていた。

 ホワイトボードの前には無駄にニコニコ顔のコンソールティさんて椅子には比嘉が座っていた。


「ブロック注射は終わったかね?」


「ええ、一応」


 俺は椅子に腰かけ、息を付いた。

 何せバタバタと大阪のH・D社支店からここヨルムンガンドに幽閉されて、一日になるが不思議と船酔いはせず、船体が巨大すぎる事もあるのかちょっとやそっとの波では船体は揺れない。

 俺が遅れてやってきたこともあって借金女、比嘉柊で俺の隣で暇そうに足をブラブラさせていた。


「よし。二人とも揃ったね。いいことだ♪」


 にこやかに手を叩いたコンソールティさんに阿保みたいに手を上げた比嘉。


「質モーン。何でアタシたち二人なんですか。残りの二人はどうしたんですかー?」


「いい質問だ。君たち二人は一般公募から採用された所謂戦闘未経験者枠だ。紙白さんと葛藤くんは先に予習を済ませてる。実践に行ってもらってるよ」


 ホワイトボードにキュキュッと書き記す。経験者、非経験者の二文字。

 要は俺達にそのスキルがないからそこから教え込もうという腹積もりだろう。大変ありがたい。右も左も分からずにいきなり戦場に叩き込まれたら、それこそ命を落としてしまうだろう。

 ホーク・ディード社も雇用した人員が戦死なんて不利益は被りたくないだろうし、それを避ける対策は講じると考えていたが、それは正解だったようだ。


「君たちは訓練課程Bを熟してもらうよ。簡単な集団行動の練習、それと銃火器の解体組み立て、それから私の班に入ると言う事は?」


 チラッとコンソールティさんは甲板を走り回るドラゴを見た。


「アタシたちアレに乗れるんですか?」


「ああ、正式採用になった時にはワンオフの機体を進呈しよう。会社命令だからね」


 俺は何とも不思議な気分だった。アニメや漫画でロボットものと言えばガンダムか、エヴァンゲリオンか、そんな大型のものを想像していたが、想定いしていたドラゴ、これらが一般的なサイズなのだそうだが平均的なドラゴの全高2.5メートルぐらいであり、そこまで大きくない。

 コンソールティさんのレクチャーが始まった。


「基本的にドラゴ。装甲駆動被服『ドラゴ・シェル・スケール』はパワードスーツに近い。駆動系と電源ユニットは脊椎ユニットから伸びるゲルシリンダ『超伝達動力性可塑液』で、これを中心に全てが動いている。そしてゲルシリンダを覆うように筋肉アクチュエータ群、油圧シリンダや疑似筋肉素子で強化している。機体制御系のCPUユニットに相当するのは、脊椎ユニット上部の『軟殻』と呼ばれる衝撃吸収性の戦術リンクシリコン素子だ」


 見取り図の様に非武装プレーンのドラゴの図をスマートで俺達に転送してくるコンソールティさん。初めて知るその実態に、俺はちょっと驚いていた。

 機械を操縦して乗るっていうよりかは、どちらかと言うと人型の動く機械におんぶさっているというのが正しい見方じゃないだろうか。

 基礎となるゲルシリンダを元に人が乗れるように継ぎ足し継ぎ足し、結果として人型の兵器になっている。


「操作は基本的に操縦者の体操作で『軟殻』の形状変化の可変性データに連動しゲルシリンダに転送され、それらのゲルシリンダの基礎運動を筋肉アクチュエータ群が増幅する。簡単な話が日本で言う二人羽織、それを想像してもらったらいい。動きは滑らか、しかしながら構造的な面を考慮すると人の可動範囲外の動き、例えば上半身の捻りを180度回転させるような事は出来ない。技術的な面で見れば出来ない事はないだろうが、火を見るよりも明らかだろう?」


 当然だろう。上半身が180度回ったのならきっと、俺達は機体の中で上半身を捩じ切られてしまう。関節範囲は人の許容範囲が限度か、それ以下だろう。


「筋肉アクチュエータ群を覆う装甲殻は基本的にに3.9センチ炭化タングステン合金だと思ってくれて構わない。これが国際規格『ドラゴ・スケール』と呼ばれる装甲・口径規格だ」


 俺は初めて手を上げた。


「質問良いっすか?」


「良いとも何なりと」


「この第一種機、第二種機、第三種機ってなんすか?」


「種別とは筋肉アクチュエータ群の世代に由来している。第一種機ドラゴは筋肉アクチュエータ群を油圧シリンダ方式で構築されそれらを採用している。安価で生産できるのが売りだ、メンテも容易に行える。欠点を上げるのなら経年劣化が顕著に表れると言う事だな。第二種機ドラゴは筋肉アクチュエータ群をタンパク質由来の疑似筋肉素子で編み込まれていて、自己修復性を持った筋肉アクチュエータ群の機体を示すのが第二種機と呼ばれている。第一種とは出力比が段違いだ。ただ開発費が非常にかさむ──と言ってもプレーンのドラゴ自体そこまで高価な代物ではないからねえ」


「え?」


「情報統制が敷かれているから君たちは知らないだろうが。プレーンのドラゴ自体の製造価格は30万likeいかない程度だよ。車とさほど変わらない値段で買えるほど製造コストは安い。軟殻、筋肉アクチュエータ群やら装甲やら武装やらで値段が張っているだけでね♪」


 と言う事はホーク・ディード社的には安価で生産できる第一種機の方が利益的にいい、と考えていいのだろうか。


「第三種機はまだ構想段階の話で、筋肉アクチュエータ群の磁性粘性流体に置き換えるという構想だ。仮説では第二種機ドラゴよりも筋肉出力比は上がると見積もられているが、何せ誰も作っていない。だから、第三種機ドラゴは基本的に個人チューンが施された機体の事を示す。君たちが正式採用が決まったなら、この第三種機のワンオフ機体に乗ってもらう事になっている」


「……それって採算取れなくないっすか?」


 俺は聞き返してしまう。疑問で仕方がなかった。


「聞いた限り、ドラゴは代替可能な安価な兵器なのに、ワンオフにして開発費用がかさむなら第一種機、贅沢言って第二種機の方が会社の利益的にいいんじゃないですか?」


 その答えにコンソールティさんニヤッとした。


「その答え。識閾下質問をしたかいがあったというものだ」


「え?」


「気づかなかったかい? 。面接の時に君たちのスマートグラスに識閾下に質問を投げかける光パターンを送信して、無意識下の返答を引っ張り出したんだが。──君自身、私の質問に妙な返答をしたんじゃないかって思っているんじゃないかい?」


 ──……思いある節があった。

 面接の時に質問が終わって喉に小骨がひかかる様なそんな違和感、特殊な画面の明滅で無意識の、心の中で思っている答えを無理やり引っ張り出したのだ。

 してやられた。そう言った精神的なモノは鬱の闘病の時に治療の一環としてイヤと言うほど試して知っているのに、まんまと嵌められたと言う事だ。


「君たちを採用した理由で言うのなら、勘定が出来ると踏んだからだ」


「勘定?」


「そう。勘定。利益になるか、ならないか。不利益を被らないか、そうでないか。我が社に必要な事だ。契約書に忠誠を誓い、like額にだけ責任を負う。──いいじゃないか! 。わかりやすい。そう言った人間ほど扱いやすい物はない。忠誠心は実入りの数だけ働けることを示しているんだからね♪」


 何とも釈然としない。第一に、識閾下への質問やハッキング行為はメッシュネット社会に移行にして個人情報保護の観点から、精神治療や一部の特例規定を除き禁止されている筈だが。


「違法だなんてこの際言ってくれないでくれよ。私たちはもう日本国憲法の外にいるんだからね」


 傭兵の際たる所だろう。どこの国に入国しようとその国の法律の外にいる。

 銃弾と引き金は国際条約に忠誠を誓って、尚且つ契約者のlikeを貪り食って会社の利益にのみに責任を負い、グローバルに、フレキシブルに戦場を駆ける。

 差し当たっては俺達、隣の借金女もそうだがドラゴの操縦士になる必要がある。

 そうすることで、likeが稼げ、生きていける。──曲がりなりにも、まともに生きていけるのだ。


「君たちは出遅れている、とは言いたくないが、如何せん何も知らない。戦場でのイロハの戦い方のイロハを知らない。日本でぬくぬくと育った温室野菜と同じだ。故に耐久性のない者が戦場に出て、殉職、PTSDでも発症されたらそれこそ我々にとって不利益だ。故に君たちだ、識閾下への質問は精神的耐久性の適性も調べる為でもあったんだ」


「あの数分と、ちょっとの質問でですか?」


「そうとも。私はね、こう見えてもオール・フォーマットの動乱の戦場の中で生き残った古強者だ。そしてその中でも数少ないドラゴ乗り。そして君たちは私たちホーク・ディード社の可愛い可愛い『蛹』ちゃんたちだ♪」


 俺達の周りを回るように語るコンソールティさん言い方は癪に障るが、何か狐に摘ままれた様な、妙なカリスマ性が垣間見える語り方だった。


「君たちについ先ほど入注してもらったピューパ素子、『高位伝達神経信号機械群素子』のは今後正式に採用された際に用意されるワンオフ機への布石だ。君たちの体は時を経るごとに強く、そしてしなやかに強かに変貌していくだろう。それが君たちが望む変貌であり羽化の時なのだ。第三種機ドラゴ・シェル・スケールはより戦場を優位にして勝利をより見直に感じ取るだろう。そのための、その為だけのワンオフの機体であり、ホーク・ディード社、延いてはライオット・グラディアス・インダストリーR.G.I社の望む結果に近づく」


 まるでそれはこの時代で新たな英雄、シモヘイヘイか呂布。万夫不当の大英雄を産み育てる親の様で、誇らしげであった。

 何のためにそれをする必要があるのか。最強の兵士が欲しいのだろうが、最強があったのならそれこそ戦争は起こらないだろう。核兵器がまだ抑止力だった頃のように、誰もがその最強で牽制し合う、戦場の緩慢化、そして傭兵のビジネスは停滞を意味する。

 何を狙っているのか、何を目的としているのかは俺にはあずかり知らない事だ。

 知りたいという思いは大切だが、それを見ても大抵見るのは痛い目か、想像を下回る結果ばかりだ。俺の経験則ではそうだ。

 だから知りたいとは思わない。思えない。

 何だっていい。何だっていいんだ。likeさえもらえれば、金さえ貰えれば。


「さて、そろそろ比嘉君の頭がこんがらがってきた頃合なんじゃないかい?」


 隣をチラッと見ると。確かに脳味噌が足りていないようでチンプンカンプンと言った様子で知恵熱を上げている。


「そろそろ実演に入ろうか。君たちのドラゴは35番格納庫だ。さあ、走り給え!」


 俺達はケツを蹴り上げられるように急かされ走った。目的とする35番格納庫へと走った。走って走って、そしてそれが鎮座していた。

 人よりも少し大きな金属の塊、人型有人搭乗兵器の装甲駆動被服『ドラゴ・シェル・スケール』が。

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