ポスト・ユニバース
我楽娯兵
龍・変革・鬱
第1話
熱い。
兎にも角にも熱い。
ドラゴには空調を設備するほどのスペースもないし、何よりそのスペースがあるのならきっとドラゴがドラゴ足りえる戦車と歩兵の相応の能力を持つ兵士の構想に反するものが作り出されただろう。
「はァ……はァ……はァ……」
全身に圧し掛かる様な倦怠感。
耳元で囁きかけてくるかのようなクスクス声に集中力がかき乱され、昨晩睡眠導入剤を呑み忘れての離脱症状のそれを理解するのに然程の苦労も要さない。
指先は震えていつどこから弾丸が飛んできて、この第二種機「G-12グレイ」の装甲殻を貫いて、俺を粉々にするのではないかという漠然とした不安感が脳裏に浮かんで冷や汗が止まらない。
熱いのに、体が凍えてくるかのように不安感が募る。
まるでPTSD、心的外傷後ストレス障害に悩むバーンズ軍曹のようにブルブルと母の腹の中で隠れるワラビーの子供のようだ。
どうにか導入されたハイドレーション、携帯経口補水水嚢のストローに口を付けて水を飲むが、飲み下した水の味は血の味がする。
それもその筈で自らの歯で唇の皮を噛み裂いて、僅かな薄皮をおやつの様に食らい、恋人にキスを拒まれ煙草の煙が染みても仕方がないそれをこさえる俺は、不意に体から意識が、と言うよりは感覚が乖離する様な感覚に襲われる。
まるで体と言う名のラジコンを頭の上から操っているかのような、そんな感覚に襲われる。
マズい。末期症状だ。
こんな状態で何が侵攻だ。足手まといもいいとこだ。
吐き気も眩暈もしてきた、たぶん脱水症状もある。ああ、頭が痛い。
持病の鬱がじわじわと悪化していく感覚が具体的に分かってくる。
『この地区はアメリカ軍指揮下の統治下に入りました。民間人の皆さんは屋内より出ず静かに待機していてください。繰り返します、民間人の皆さんは屋内より出ず待機してください』
五月蠅い。ああ、五月蠅い。
鼓膜に爆音で張り付いてくるかのような米軍のアナウンス。
どこかで聞いたことがある。大音量の音は拷問に使われ、洗脳にも使われ第二次世界大戦時では実際に連合国軍側のプロパガンダを大音量で放送し何なら歌謡を歌っているという話が、嘘か誠かあるくらいだ。
聞いているこっちが洗脳されそうだ。ただでさえヒビの入った精神をこさえて中東くんだりまで出向いている俺のみになれ。
どうだ痛々しくて見ていられないだろう。立っていることもはっきりな話、奇跡みたいなもので、一般生活も病院の介護あってようやく衣食住のそれが可能なのに、そんな御膳立てされた環境から尤も遠い戦場と言う名の場所で鬱病患者は人としての私生活もままならない。
少しでもまともに生きていくために米軍のPXで売られている抗うつ剤とケタミンとマリファナ・タバコで何とか凌いでいるが、それも長くは持たない。
葉っぱと薬が切れたならば、立っている気力もなくなり糸の切れたマリオネットのそれと同じ位の価値になり下がる。
ぐらぐらと揺れる視界の中で何とか四肢を動かしてドラゴを操縦して足を進めるが、眼圧が上がって目が外にポーンと面白おかしく漫画みたいに飛び出してビックリ箱みたいに。
『バタフライ4よりアルファ部隊。二時方向ビルの四階に人影があります。携帯で話しています。狙撃しますか?』
済んだ声がドラゴの統合戦術通信ネットワークにマークされ、チカチカと外殻投影ディスプレイグラス『ドラゴヘルム』にバタフライ4、後方支援狙撃班の通信内容が文章と音声で表示される。
俺と同じで今この時代の中で、数少ない『生身』で戦場に出向いているドラゴ乗りの仲間の通信だった。
人が人と争う事が古く懐かしくなって幾久しく。戦場に身を投じるのは俺達ドラゴ乗りとアンドロイドも買えない零細レイダーたちぐらいだろう。
戦争で命を張って立っている連中は数少なく、アンドロイドの遠隔操縦者たちもまるでテレビゲーム感覚で人の命を刈り取っていく。
実際なところアンドロイド操縦士たちの平均年齢は十代が多く、身を投じる俺達はローテクな人種で、訳アリの人種な訳で少しでもlikeを稼がないと市政でまともな生活も成り立たない。
22世紀で珍しいホームレスに部類する人間になっている事だろう。
国が助けてくれるはず? 。じゃあ訊くがその財源は何処から来る? 。
国はlikeを払ってくれない。likeを払ってくれるのは個々人の判断でlikeの価値とは自己の資産的価値に直結するのであって、戦場に出ているグリーンカラー程に命を張っている連中ほどlikeは集まり易い。
何しろ誰もやりたがらない仕事を率先してやるのだからみんなが賞賛してくるのは当然の事であり、やりがいのある仕事だ。死ぬかもしれないが。
『IEDの確立が高いか?』
司令部の反応は冷静だった。当然だ海を隔てた先での話なんだ、誰もが安心して他人事のように話をするだろう。
『口は動いています。周囲にIEDと思わしき物体は見当たりませんが、視線の先は進攻しているアルファに向いています』
『ドラゴ・スケールからハッチャー・スケールに切り替えろ。狙撃を許可する』
素早い判断だ。大変よろしいが、俺達の事も考えて欲しい。
人を撃つという言う事にいったいどれだけのストレスが掛かるかという事を、上の人間は知らない。
知るはずがない、何せ現場の人間じゃないんだから利益さえ上げればそれでいいんだ。
頭が痛い。比喩でも何でもなく、マジの頭痛で頭が割れそうだ。
ストレス、鬱、他諸々を上げせばキリがない程に、不安要素が過剰に内包しているのが戦場であり自らの力量も疑わしい。何よりレイダーたちが一体どれだけの心的状態にあるのか。
みんな揃ってAKを乱射して出てくるか、もっとひどくなると捨て鉢になって自爆攻撃もあり得る。
ああ、頭が痛い。痛い。
全身に鉛の重りを付けているようで体が重たい。視界がチカチカと点滅し眩暈がする。
ターン、っと後ろから銃声が鳴り響き、俺の目の前にどさりとそれが落ちてきた。
見事に頭を撃ち抜かれたそれは、ついさっきまで人だった物で頭が空気の入れ過ぎて破裂したバスケットボールみたいに裂けていた。
もう見慣れてしまった。人が死んでいるのに何も感じない、むしろ清々しさすら感じてしまう。ドラゴ規格改良ブローニングM2重機関銃を構え直し、俺は深呼吸をして気を落ち着かせる。
レイダーにドラゴの装甲殻を貫くだけの銃火器は持ち合わせていない。
だが、それでも──
「頭が痛い……」
ロードマップに新たな情報が更新される通知がある。落鉄の情報で、今度のはかなり大きいようだ。時間は、もうすぐそこまで来ていた。
キラリと空が光った瞬間に次々と市街地に向かって空から流星群が落ちてくる。何も驚く事ではない、GPS誘導を失った人工衛星の燃えカスが地表に向かって落ちてきているだけでだ。
クラスター爆弾の絨毯爆撃よりも強烈で、運動エネルギー爆撃の威力がある数メートルほどの鉄の塊が降ってきているだけの話で、戦術メッシュネットに接続している俺達には支障のない話だ。しかしレイダーたちには話は別だった。
悲鳴が聞こえる。ウルドゥー語の騒ぎ声で、レイダーたちは豆鉄砲を喰らった鳩の様に仰天した顔で建物から飛び出てくる。
悲鳴の一つ一つが翻訳され理解する。どれが何かをしようかとしているのか、どういった状態なのか。言語の壁はとうの昔に消え失せて、敵味方の判別は容易だった。
『
上の指示が降りてきて俺の背骨、脊髄に差し込まれた注射針から
ドラゴ脚部に標準装備されている四駆ロードホイールを勢い良く駆動させ、俺達は戦場に意気揚々と奔りだす。
心臓がバクバクと五月蠅いくらいに高鳴る。まったく司令部連中はボディーワーカーたちの心境なんて一切なんてこともないと考えているだろうか? 。
俺達が将棋の歩兵かチェスのポーンか何かと勘違いしているのではないだろうか。ボードゲームの様に事が進むならそれでいいだろうが、戦場にボードゲームのようなルールはないし、ルールに則った絶対は戦場には存在しないないのだ。
幾らドラコを着込んだドラグーン部隊であっても、口径13mmの密集射撃を喰らえば装甲殻を貫くだけの威力にはなる。AKの精密射撃で関節部を撃ち抜かれたなら俺達でも被弾する。
俺はそんな不安と不満を心に抱きながら、手に持ったドラゴ規格改良ブローニングM2重機関銃の引き金を引いた。
ダダダダッ、っと結構なキックバックだがそこはドラゴだ。
延長された体がドラゴであり大概の衝撃は装甲殻で減衰し、最終的に残った微細な衝撃は、衝撃吸収性戦術リンクシリコン素子『軟殻』のお陰で然程の痛みなど来ない。
滑るように、まるでフィギュアスケートをしながら射撃。いやどちらかと言うのなら流鏑馬に近い感覚でレイダーたちを撃ち殺していく。
「残存勢力……20パーセントに推定……続けますか」
司令部に問い合わせ早くこの虐殺じみた鎮圧活動をやめたかった。
働きたくない、ベットの中でただじっとしてちょっとした合間にマリファナタバコを吸って、エナジードリンクを呑んでいたかった。
『レイダーの戦力予想値の中に鹵獲されたドラゴがいる筈だ。それを制圧したなら撤収して構わない。急げ、報告書の時間が削られるぞ』
司令部の冷徹な言い方にカチンとくるが言い返す気力もない。
ならさっさと敵ドラゴを制圧しよう。幸いなことにここら周辺のメッシュネットノードたちは殆どがダウンしている。
対するこっち、俺達の米軍専用の戦術メッシュネットは万全に機能している。ドラゴにもそれは反映されていて射撃補助機能も十全に機能してる。引き金を引けばドラゴの筐体が勝手に標準を合わせて敵を撃ってくれている。
然程、手間取る相手でも──
バァン! 、っと轟音を上げて瓦礫の中から姿を現した機体があった。
メッシュネットのノードは
想定内だ。想定内だが、想定外の事も一目で見て取れた。
デカい。明らかに通常のドラゴ機体の標準よりも一回り程も大きい。
それに両腕に装備されているのは坑道掘削の為のドリルであり、明らかに手製の改造でそこらへんのNPO接収したであろう重機を無理くり取り付けて、装甲殻もより強固に見える。
「うっそォん……マジ……」
ロードホイールを滑らせ猥雑とした市街地を走り、俺は近くの建物に身を隠すが、身を隠した壁が勢いよく崩れ、その隔てていたであろう瓦礫の向こうにはレイダーのドラゴのセンサカメラがこちらを睨みつけていた。
「くー! 。バタフライ4! 。援護頼む!」
『バタフライ4、了解。対ドラゴ弾頭を使う。相手の足止めをして』
「無茶ぶり乙!」
まったく後方支援は無茶ぶりばかりだ。
司令部も大概だがバタフライ4もバタフライ4で適当過ぎだ。12.7 mmドラゴ規格改良ブローニングで何をしろって言うんだ。豆鉄砲もいいとこだ。
だが、そうだとしても引き金を引かずにはいられなかった。
ダダダダ、っとレイダーのドラゴから逃げながら乱射するが、分厚い装甲殻に阻まれる。こっちの装備でこの改造された敵ドラゴの足を止める方法なんてたかが知れている。
右腕規格装備のグリップパイルを足に当てれば転倒させる事が出来るだろう。近接戦ならばテミットトーチで装甲殻軟殻もろとも溶かし貫いて、操縦者もろとも焼き殺す事が出来るだろうが、如何せんレイダーの改造が想像以上だ。
両腕に施した掘削機の改造の範囲の広さたるや、飛び込むにも勇気がいる。
俺にそんな勇気もある筈もなく逃げ回る。
『ポイントマン。早くして、撃てないんだけど』
「狙撃手だろ! 。こんなうすノロ程度のに足止め必要!? 。しっかり狙って撃てよ!」
悲鳴に近い声を上げる俺に馬鹿にするかのように鼻笑いで応じるバタフライ4にこいつは駄目だと思う。ああクソ、コイツホントに仕事をする気が無いようだ。
逃げ込んだダイビングショップの店内に大量の酸素ボンベを見つけ、もしやと頭の中で作戦を巡らせた。
軒先を威勢よく掘削機で削りもう逃げ場がないぞと言わんばかりに、俺の目の前に立ち塞がるレイダーに俺も覚悟を決めた。
「クソ……俺が生きてたら後で覚えてろ……」
ブローニングの引き金を引き、同時にグリップパイルで店の壁を撃ち抜いた。
強烈な爆風。酸素ボンベに誘爆し店どころかその逃げ込んだビルそのものが倒壊した。流石に俺のドラゴはぺしゃんこになるだろう。
ロードマップで隣は空き地と知ってはいるが、やっぱり勇気がいる。ロードホイールを目一杯回転させビルの倒壊に巻き込まれないように奔り逃げた。
レイダーの改造ドラゴもビル倒壊は堪えた様で、潰れてはいないまでも動きは止まった。
『サンクス。ポイントマン』
ズダン! 。っと銃声が鳴り目の前でのびているレイダーの装甲殻に狙撃が命中した。50口径対物炸裂徹甲弾に耐えうる装甲殻にも見えない。レイダーは沈黙でその死を報せ俺はようやく息を撫で下ろした。
「はァ……寿命が縮んだぜ、バタフライ4。神の御加護に感謝だ」
俺はようやく息をつくようにドラコの装甲殻を開いて外の空気を吸った。
ロードマップからは戦闘域からだいぶ離れた位置だ、流れ弾も飛んでこないだろう。
胸ポケットからマリファナタバコを取り出して火を付けて、その煙を目一杯肺に溜め吐く。
額に滲む汗で蒸れる。外殻投影ディスプレイグラス『ドラゴヘルム』を外して、日の照るパキスタンの大地にこんにちわをする。
ああ、全く以て遠くに来たものだ。
この俺が、倉敷賢吾さまがこんな辺境に来たのは偏に金の為である。戦地派兵もその一環だ。ホーク・ディード社の研修過程で米軍の派兵が織り込まれているのは予想外だったが、それでどうにか生きるだけの金、今はlikeを稼げ余裕のある暮らしをするの為に来ている。
時代は変わった。娯楽は変わった。争いは変わった。俺も変わらないといけない。
嗚呼、なんと生きずらい時代になったんだ。
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