23.ティファラ奇襲作戦
ティファラ奇襲作戦。
マクドナルド・ジョージ・ジュニア皇太子十五歳。
「殿下、まだ執務をされていたのですか? 明日は、この野営地を捨ててティファラへと出立するのですよね」
シュバイツェルは、ランプの薄明かりが照らすテントに入るなりそう言った。右手にはテントに入る前に砂埃を払ったばかりの帽子が握られている。
「あぁ。そうだが」
マクドナルド皇太子は仮設テントで、廃材を利用した机で、羽根ペンを羊皮紙に滑らせていた。
「殿下にしては珍しいですね。まだ報告書を書き終わっていないなんて」
戦況の報告を本国、本隊にするための書類。前線で指揮を執る者の重要な仕事でもある。
「四日後には奇襲を行うからな。奇襲が終わってから書く暇などない。だから今のうちに書いているのだ」
「へぇ〜まだ行っていない作戦の報告書ですか。きっと大勝利の報告書でしょうね?」
マクドナルドの机の上には、すでに束ねられた羊皮紙が五つ置かれていた。
「まだ、それは書いていない。書き終わったのは、奇襲作戦が事前に察知されて返り討ちにあって全軍全滅したとの報告と、味方の陽動が上手く行っていなくて王国の守りが厚くて食料を焼くにはいたらず自軍は各々の判断で逃走という報告と、三つある食料貯蔵地の一つを焼いたが残り二つは健在で自軍は離散し撤退という報告と……」
それは、ほとんど奇襲作戦が失敗した場合の報告書である。
「ちょっと待ってください。悪い結果というか、それってほとんど、私たちの部隊がやばい状況ってことの報告ですか?」
「あぁ。そうだ。敵に追われ右手で剣を振りながら左手で報告書を書けるほど、私は器用ではないからな」
シュバイツェルは、右手で王国の兵士を切り裂きながら左手で報告書を書いている殿下の雄姿を思い浮かべた。殿下なら難なくこなしそうな気がする……そう思ったが、笑う気持ちにはなれなかった。
「それほどに、奇襲は厳しいですか?」
「あぁ……本隊の誘導に敵が乗っかり、そして、ティファラの見張りどもが酔い潰れてくれていたら……と、そんな幸運に幸運が重ならない限り、奇襲作戦直後で壊滅率は五割を超すかもしれない」
「死地ってやつですかね」
「かなりの確率でな。だから、今のうちに予想される戦況の報告書を書けるだけ書いておきたいんだ。そして、早馬にもっとも状況が近い報告書を託す……。王国の勝利のためにな」
「勝利のための、私たちの死、ということなのでしょうね」
「そのような作戦を立案した私を恨むか?」
マクドナルドは走らせていた羽ペンを止め、シュバイツェルを見つめた。
「志願したのは私です。それに殿下は最初から、極めて危険な作戦であると皆に伝えておいででしたからね。私は私の決断をしただけです」
「生きては帰れない、と伝えたのにもかかわらず、千人もの精鋭が志願してくれた。私は心の奥底から、感謝をしている」
「殿下が最高指揮官に立候補されたからですよ。私は、指揮官が殿下じゃなかったら志願しませんでした。それに、ここで勝たなければ、帝国は劣勢に追い込まれるのでしょう?」
かつてない規模の王国の出兵。王国は大戦力をザール要塞に集結させ、帝国へと進軍をしている。帝国と王国を結ぶイズエレル街道に位置するタボル要塞を王国に落とされたら、帝国領土の被害は免れ得ない。
「この戦争の分水嶺となるだろうからな。この奇襲に成功すれば、帝国は圧倒的有利な状況で王国を追軍できる」
「戦争の早い終結を願うのは、帝国のすべてのものの願いです。そして、私にできることは、殿下に夜食を作って差し上げることですね。殿下、食べたいものはございますか?」
「ハンバーガーを」
マクドナルドは即答をした。
「またですかい? たまには違ったものをリクエストしていただけると料理人冥利につきるのですがね」
「仕事をしながら食べることができるから重宝している」
シュバイツェルは、マクドナルの言葉に呆れたのか、ため息を一度だけ吐いた。
「ハンバーガーですね。わかりました。ただ、この戦いが終わったら、ちゃんと鉄板で焼かれたハンバーグを食べてくださいね。私はソースに自信あるんです。きっと、殿下でも、パンで鉄板に残った肉汁とソースを残さずさらっちゃいますよ」
「わかった。この戦いが終わったらな。そうなれば、この戦いに志願した全員分を作ってもらおう。勇敢な戦士たちが腹一杯になるまでな」
「了解です」
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ティファラ奇襲作戦が決行された。戦果は帝国にとって最高と言えるものであった。
「殿下、もう私はダメなようです」
「シュバイツェル、弱音を吐くことは許さん。あと二刻で街に着く。そうすれば治療も受けられる」
「あと二刻ですか。今日は1日が長く感じます。歴史に刻まれる1日って、きっとこんな日なんでしょうね」
マクドナルド軍は日の出前に行動を開始。午前中にティファラに駐軍していた王国の食料を焼き切った。ティファラ奇襲は、帝国戦史に残る戦果をあげた。もはや王国は兵站がつき、自国へ引き返すほかない。
マクドナルド軍は、王国の追軍を逃れて王国への帰路についていた。マクドナルド軍の全員が、休む間もない。
「まだだ。生きて帰り、お前が作ったハンバーグを全員で戦勝祝いとして食べる。自慢のソースを振る舞いたいんじゃなかったのか?」
「そうでしたね……。だけど、この手じゃ……。俺、右利きだったんですよ」
シュバイツェルの右肘から下がなくなっていた。何重にも巻かれた包帯からは血が滲んでいる。
「諦めるな。まだ左手があるだろう? 手が足りないならば、私も手もつかえ」
「殿下が料理ですか? ユニレグニカ帝国の次期皇帝ともあろう方が。面白い冗談を最後に聞けてよかった」
「冗談ではない。シュバイツェル、目をあけろ!」
「おい、シュバイツェル!」
「あっ、すみません。ちょっと気を失ってました。血を流しすぎましたね。あと、殿下の冗談が面白すぎたようです」
シュバイツェルの顔の蒼白は増していくばかりである。唇は、冷水に長時間浸かっていたかのように、紫色に膨れ上がっていた。
「しっかりしろ。もう少しだ。輸血をすれば助かる」
「って、殿下がハンバーグを作るって冗談は面白いでした」
「だから冗談ではないと言っている!」
「殿下じゃ無理ですって。料理をなされたことないですよね? それに、殿下の手は暖かすぎる。パテを混ぜているうちに、ひき肉の脂が溶け出してしまいます。パテを作るのに向いている手を持っている人をちゃんと探してください。それに、殿下の温かい手は、帝国臣民を守るために、どう、、か、お使いください。て、帝国、ばんざ、い」
「おい、シュバイツェル! おい! 死ぬな! シュバイツェル!!!」
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「マックさま?」
左手にハンバーガーを持ったまま地面を見つめるマックにレイラは声をかけた。
「あっ、すまない。少し考え事をしていた」とマックは言い、ハンバーガーを大きく齧った。そして「うまいな」と言った。
「えぇ。美味しかったです。粗挽きされた黒胡椒がアクセントになって、新鮮なトマトの香りと混じり合って」
「そしてレタスの噛んだ時のシャキッとした食感が病みつきになる」とマックはレイラの言葉を継いだ。
「本当にその通りですね」
そしてマックとレイラは笑い合った。
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