1.陽だまり亭の看板娘

 王都に貴族が経営しているという珍しい店があった。貴族たちが屋敷を構える貴族街の小さな屋敷を改装して造られた料亭である。貴族達からは、貧乏貴族、貴族の誇りを失った面汚しと揶揄されるホーエンハイム男爵が経営している。




「レイラちゃん〜、今日のハンバーグも最高だったよ! ご馳走さま」


「今日もありがとうございます。食後の紅茶をいま、出しますね」


 陽だまり亭の中を、レイラと呼ばれた女性は走り回っている。陽だまり亭の看板娘であるレイラは給仕に料理と大忙しである。




 陽だまり亭は、行列が出来るほどの評判の店であった。 




 男爵一家が王都に滞在するときに使われる小さな屋敷を食堂に改装しているので、十テーブルほどの小さな食堂である。




「レイラちゃん、こっちはハンバーグ定食、大盛り二つ」


「こっちも!」


「畏まりました」


 この店の看板娘であるレイラ・ホーエンハイムは今日も、光輝く黄金の髪を短くまとめ上げ、店内を忙しく駆け回っていた。




 温かい季節なので庭にもテーブルを出しており、いっそう忙しい。




「おまちどおさま。熱いので気を付けてくださいね」


 レイラは、熱々の鉄板と、まだジュウジュウという脂が弾ける、香ばしい香り漂うハンバーグ定食をテーブルに並べる。


 この店の人気メニューは、ハンバーグ定食である。王都で一番美味しいと評判である。




「勅令の話、レイラちゃんどうするの?」


 常連客の一人である王都の警備兵が給仕中のレイラに話しかけた。




 陽だまり亭は、休憩中の兵士や商店の店員たち、また、賄いの出ない貴族屋敷に仕える召し使いたちから人気があった。




 つい先日出された、新皇帝が王妃を探すという勅令の話であった。レイラは、その質問をお客からすでに何十回も受けており、もうすっかり慣れてしまっていた。




「皇帝様の命令ですからね……舞踏会に参加するためのドレスがなくて困っています」


 レイラは苦笑いをしながらも、手早くフォークとナイフをお客の前の鉄板の両脇に並べていく。


「ゆっくり召し上がれ」


「いただきます!!」




 常連客たちは舌鼓を打ちながら定食を堪能する。そして、食事の話題も、新皇帝の嫁探しのことである。王都の街角では、どの貴族のご令嬢が王妃となるかの賭博が盛況であるらしい。




「俺が武勲を挙げて貴族に叙勲されたら、すぐにレイラちゃんに結婚を申し込むんだけどなぁ〜」


「いや、俺だってそうだ。レイラちゃんみたいに、可愛くて、気立ても良くて、料理美味い娘なんて、王都の町娘の中だって、そうは見つけられないぞ」


「あぁ〜貴族に成りてぇ〜レイラちゃんと結婚して〜。どっかに武勲とか落ちてないかな。手柄立てぇ」




 陽だまり亭の看板娘であるレイナ。味も評判だが、レイラの笑顔を見たいがために、この店に通っている独身男性も多い。




「新皇帝に見初められちゃったら、レイラちゃん、王宮行っちゃうのかな? そしたら陽だまり亭、どうなるんだ? 俺は昼飯と晩飯、どうしたらいいんだ? それに、武勲を挙げるモチベーションが無くなっちまうよ」


 別の常連客が、レイラの後ろ姿を見ながらため息を吐く。兵士でもめざましい武勲をあげれば、一代限りではあるが法衣貴族として叙勲することも夢ではない。




「いや……貴族のご令嬢っていっても、帝国には沢山いるだろう? レイラちゃんの家って男爵様だし、貴族の中では一番身分低いから大丈夫だろう?」




 帝国の爵位制度は、皇帝一族を頂点として、貴族の身分は、高い順に侯爵、伯爵、子爵、男爵となっている。




「まぁ、順当にいけば、きっとどこかの侯爵様のご令嬢から妃を選ぶんだろうけどな」




「そうだといいんだがな……」




「大丈夫だって、安心しろ。俺たちにまだチャンスはある」と常連客は言ったあと、「レイラちゃんって、貴族たちの中からは、”氷の魔女”って呼ばれていて、縁談すら全く来ないことで有名なんだ」と、貴族の屋敷で小間使いとして働く男が言った。




「貴族のくだらない験担ぎだろ? どこが”氷の魔女”だよ。レイラちゃんは、ハッキリって、俺の太陽だぜ」


「もちろん、俺もそう思うけどな」




 そして、常連客たちはため息を吐く。彼等が、平民の身分であるからである。




 帝国には、貴族の法があった。


 貴族は、貴族としか結婚出来ない、という法である。お家騒動を防ぐ目的の法律である。


 貴族の中には、平民の愛人を抱えたり、仕えているメイドなどに手を付けてしまう者がいる。そして、帝国の歴史の中では、その間に子どもが生まれ、その子どもを家臣たちが担ぎ上げて次代の貴族党首にしようとして貴族領内で内乱が起こったことがあった。




 貴族がお手つきをしてしまうというのは帝国としても残念ながら防ぎようがなく、考案されたのが、貴族は貴族としか結婚できないという法律である。


 はっきりと言うと、貴族は、平民の娘に手を出しても良いが、生まれた子どもには爵位の相続権はない、ということを明示し、貴族階級と平民階級の間での混乱を防ぐことを目的としている。




 帝国の身分階級の安定に寄与している法律ではあるが、当然、デメリットもある。特に、男爵家のような小さな領地しか持っていない貧乏貴族の場合である。




 多くの男爵家は貧しく、娘を嫁にやろうにも十分な持参金を用意することができない。できれば、子爵、適うなら伯爵家へと嫁がせたいが、それは持参金の関係上、夢のまた夢。領地から金塊でも掘り出さなければ無理な話である。




 王都に商店を構える商人たちのほうが男爵家などよりは明らかに金持ちである。が、貴族は貴族としか結婚できない。


 平民たちにとって、貴族の娘というのは、強制的に、高嶺の花となってしまうのだ。




 そして、男爵家の長女であるレイラ・ホーエンハイムにも、そのデメリットは当てはまっているのである。




 さらに運が悪いことに、レイラは、貴族たちから”氷の魔女”と呼ばれる体質を持っているのであった……。


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