24.両国料理対決①

緋衣国との親善料理試合のお題は、餃子ジャオズ


餃子の包み方のコツを掴むのに苦労したが、形にすることができた。また、父のヨエルや母のメアリ、弟のニコルなどに何度も試食をしてもらい、美味しいという太鼓判を得ることができた。


そして、緋衣国との親善料理試合の当日を迎えた。午前中は両国の首脳会談が行われている。

レイラは、料理道具などの確認のために、早々に親善料理試合の会場に通された。


城の庭園に設けられた特設会場。

コの字型に設けられた長いテーブル。向かい合うように野外用の特設キッチンが設けられている。

そして真ん中には、審査員席が設けられている。


審査員席には、ユニレグニカ帝国皇帝マクドナルド・ジョージ・ジュニアと緋衣国王を始め、両国の重鎮、超VIPが座る予定である。

そしてその席の周り、そして王城には近衛兵たちが蟻一匹通さないように守備を固めていた。


「レイラ・ホーエンハイム様、こちらが緋衣国の代表、縦浜中華街、鳳凰龍神館のリー・チャン、総料理長です」


「よろしくアルネ」

 公用語での挨拶であるが、どことなく訛りがある。緋衣国流の発音での公用語、ということであろう。

「帝都で陽だまり亭という定食屋を家族で営んでおりますレイラ・ホーエンハイムと申します。よろしくお願いいたします」

 レイラが公用語で挨拶をすると、リー・チャン総料理長は右手を差し出してきた。


 どうやら握手を求めているようであった。レイラは、握手はユニレグニカでも、緋衣国でも友好の証である、ということを脳内で一度確認した。


 ユニレグニカ帝国では友好を示す意図が、緋衣国では侮辱と捉えられる可能性があるからだ。

 親善料理試合の帝国の料理人代表としてレイラは参加している。料理以外にも気を使うことは多い。


 実際、レイラはひらひらした裾のドレスにエプロンを纏っている。油が跳ねてドレスについたらどうするのーーー。ドレスを着て料理とかありえない!! というレイラの抗議は黙殺されている。料理が終われば、緋衣国の国王他、VIPに挨拶する必要があるからである。エプロン姿で友好国の国王に挨拶するのは不敬である、という帝国の配慮であるのだが、はっきりいって、忖度しすぎで料理がしにくい。


 だが、同様に、リー・チャン総料理長も、前掛けをつけているが、その内側は燕尾服である。


「よろしくお願いします」


 レイラは、差し出された右手に自分の右手を伸ばし、握手をする。


「ほう、アルネ」


 握手をした瞬間、リー・チャン総料理長が目を細めた。


「あの? 何か?」


 レイラは自分がなにか失礼を働いたのではないかと不安になった。


「最高のタネを作る“祝福された手”でアルヨ。帝国は本気アルネ。負けられないアルネ」


「はい?」と言われている意味がわからず、思わずレイラの語尾があがった。


 しかし、リー・チャン総料理長は何も言わず、そのまま踵を返し、用意された包丁を研ぎ始めた。真剣な料理人の眼差しである。


 やっぱり失礼なことをしてしまったんだわ。どうか、帝国の威信を傷つけていませんように。私の粗相で緋衣国との関係が悪化しませんように!


 レイラはそう祈るしかない。


 そんな不安の中、庭園にやってきたのはレイラの見知った顔であった。


「ごきげんよう、レイラ。緊張していたりする?」


 テレジアはそう言って、審査員席の端っこしに座った。そして、その後ろには、テレジアを護衛している兄ロバートの姿があった。任務中であるためか、軽くめくばせした程度でロバートは何も言葉を発しない。


「テレジアどうしてここに!?」と、レイラは驚きを隠せなかった。


 テレジアはそのレイラの顔に満足したかのように「実は私、審査員の一人なの」とテレジアは悪戯な笑顔を浮かべていた。


「私に隠していたでしょう!!」


 それならそうと教えて欲しかったとレイラは不服そうに言った。


「別に隠してないわよ。昨年はホールマイヤー侯爵令嬢が審査員として参加されていますし、一昨年は私よ。公式記録に載っていますわ。そもそも、重鎮の方ばかりが審査員ですと、映えないので、侯爵令嬢が花として、交代で審査員に名を連ねているのは貴族の常識にして慣習よ」


 帝国で妙齢の公爵令嬢は、二人しかいない。アリスター侯爵令嬢であるテレジアと、ホールマイヤー侯爵令嬢だ。テレジアは、当然、今年は私が審査員として参加する、ということは自明で説明するまでもなかった、と言っていることをレイラは悟った。


 また、次に身分が高く家柄的にも選ばれそうなのがミッターマイム伯爵令嬢だが、伯爵の身分であると国賓への対応という点では身分的に見劣りする。


 テレジアの持論。情報は貴族の武器である、ということ。テレジアが審査員であることは想定してしかるべき、ということなのだろう。

 

 だが、社交会にも参加しないレイラにそんな貴族の道理がわかるはずもない。旗色が悪いと悟ったレイラは、後ろに護衛として控えているロバートに視線を向ける。


「でも、お兄様はそれを教えてくださってもよいのではないですか?」


「誰が審査員となるかは護衛に関わる機密事項です。近衛兵たる者、身内にさえも、情報を漏洩したりはしません」


 ロバートは、近衛兵として、背筋を伸ばしながら言う。

 そこでレイラは悟る。自分の発言は、近衛兵としての兄の名誉を傷つけるものであると。


「そうですわね。私の失言でした。どうか、ご寛恕を。ロバート・ホーエンハイム近衛兵」


 レイラは他人行儀であるが礼節に則った謝罪をした。任務中の兄。今、自分は料理対決とはいええ、公務中である。公私を混同してはならなかったと悟る。


「謝罪には及びません。私は、本日、テレジア・アリスター様の護衛を任されております。それ以外の帝国に不利益となること以外には関知いたしません」と、ロバートがレイラに敬礼しながら言った。公務を遂行する、というロバートの意思表示であった。


 しかし、その言葉を聞いて赤い紅の塗られた唇を釣り上げたのはテレジアであった。


「でも一応、私も気を使ったのよ。レイラが心細いからと思って、レイラと交友のある私の護衛は、レイラの顔見知りが適任ではないかと、進言をしたのよ」


 そう言いながらテレジアはウインクをした。

 テレジアとロバートが、餃子の視察を行ったさいに、将来を誓い合ったということは、お茶会のときにテレジアから聞いている。


 顔見知りが護衛となる。これは珍しいことではない。しかし、皇帝直属の近衛兵が、侯爵家とはいえ、配下の護衛となることは例外であろう。餃子の下見の際は、マックがレイラの、そして兄ロバートがテレジアの護衛として動いてくれたが、それはあくまで皇帝陛下の勅令があったからだ。


 今回の料理対決で、審査員であるテレジアの護衛が“近衛兵”である兄というのは、例外的なことであることはレイラにもわかる。


「わかったわよ、テレジア。これは貸しだからね」

 護衛として顔見知りがテレジアについてくれるのならば、兄であるロバートには悪いけれど、マックの方がよかった、というのがレイラの本心である。だが、テレジアはテレジアで、ロバートの近くにいたいという気持ちも理解できる。自分も、マックの近くに居たいと思ってしまっているからである。


それに、テレジアの気遣いも嬉しい。

皇帝の花嫁探しの舞踏会に行っただけの、レイラにとってまったく馴染みのない場所、そして馴染みのない人たち。 テレジアが審査員席にいてくれることはレイラにとって心強い、というのが正直なところだ。

 

「ありがとうレイラ。護衛の件、私も押し通してよかったわ。じゃあ、早々にきちゃったけど、ここにいても邪魔になりそうだから庭園でも散策してくるわね。歩いていればお腹も空くでしょうし」

 

「うん。一生懸命作るから楽しみにしていて。って、そういえば、午前中はみんな緋衣国の人たちと会談じゃないの?」


 会談後に料理対決が催される予定のはずだ。そもそもテレジアは出席しなくていいのだろうか?


「それならお父様、現アリスター家当主が会談に出席しているから貴族の務めはそちらで果たしているわ」


「あっ、それもそうか」とレイラは納得する。


「だから結構、今日はお気楽な立ち場なの」


「羨ましいな。あと……マック様も今日は警護なのかな?」

 料理対決で普段以上の警備がされている。マックが忙しいことはわかっている。だが、一目でもみたい。


「どうなのでしょう。会談の警備とかに配置されていらっしゃるのかもしれないけれど?」

 テレジアは、ロバートの方をチラリとみる。


「近衛兵たる者、身内にさえも、情報を漏洩したりはしません」


 お兄様の意地悪! とレイラは思うのだが、兄の任務である以上、それは仕方がない。


「レイラもどこかで会えるといいわね。じゃあ、またあとでね」とテレジアは、席を立って別の庭園の方へと歩いていった。そしてその斜め後ろを護衛の兄が着いていく。


 レイラは一瞬、勝手に王城の庭園を散歩していいのかしら? と疑問に思ったが、テレジアは弁えていると思い、自分は料理の準備に集中することにした。


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 テレジアは、幼い頃から王城に出入りしている。王城にどのような庭園があるかを熟知している。王城は帝都の中心にして、広大な敷地がある。王城の庭園は、お茶会用の見晴らしのよいものだけではない。

四季折々の花々が楽しめる庭園。

果実の収穫を楽しむことができる果樹園。

帝国の気候に合わない花々を育てるための温室。

人工池が作られ、その脇にガゼボが設けられている庭園。

そして、高い生垣によって、周囲の視界を遮られた庭園。


 テレジアが到着したのは、レッドロビンが植えてある庭園であった。テレジアを始め、王城に幼い頃から出入りしている者たちが、一度は踏み入れ、冒険を楽しむ迷路のような庭園である。


 2メートルを超えるレッドロビンの生垣が周囲の目を遮るように作られている。


 本来の用途としては、たとえば、皇帝と緋衣国の国王が二人だけで密談をする、というようなことに使われる。屋外でプライベートが完全に守られる場所としては、帝都随一の場所であろう。


 王城の外は料理対決のために見張りが目を光らせている。

 また、現在は帝国と緋衣国の会談が行われており、警備はそちらに集中している。


 テレジアは立ち止まって後ろを振り向く。そして、ロバートを見つめた。


「ここには、私たち二人しかいませんわ。やっと二人きりになれました」


 そう言ってテレジアはロバートに抱きつく。テレジアの両手は、鍛えられたロバートの背中に回されている。


侯爵令嬢にして未婚のテレジアが、屋内で男女二人きりになる場所など皆無である。常に誰かが側に仕えている。


 まして屋外では常に人の目に晒されている。


 ロバートもテレジアをぎゅっと抱きしめる。そして、体を密着させ、お互いがお互いの高鳴る心音を聞き合う。

 庭園でさえずる小鳥たちの声よりも、風で揺れる枝葉の音よりも、二人は鮮明に早鐘の音を聞いた。


 やがて、ロバートの右手がテレジアの頬を撫でる。テレジアはロバートを見上げた。そして、二人の唇が静かに合わさった。



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 そのころレイラは……。


「う〜ん。さすがは王城主催の料理会ね。素材はどれも選りすぐりのものね。このニラも今朝収穫されたものね。玉ねぎもすごく味が詰まっているわ」と、材料が載せられている台で唸っていた。


 ニラの泥は丁寧に下洗いされて落とされているけれど、やっぱり自分でももう一回洗おう! テレジアも、散歩してお腹を減らすって言ってくれたし! もしかしたらマック様も召し上がってくださるかもしれないし! よし! 気合いをいれて頑張ろう!


 レイラはそう決意して、ニラを丁寧に選別し、丁寧に洗い始めた。

 

 帝国と緋衣国の会談も穏やかに進み、料理対決の開始が迫っていた。

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