12.ジャオズなる料理
王国と帝国との戦争では、同盟軍として
友好国として、マクドナルド・ジョージ・ジュニア新皇帝即位の祝辞を届けるのは外交上、当然と言えた。
そして、
前回、緋衣国の王子が結婚をした際にも行われ、その時はユニレグニカ帝国の料理が対決のお題であった。それぞれ交互にその帝国の郷土料理で対決がおこなわれるのである。
今回は、緋衣国がお題を出す。
「あの……どうして、私がその料理人なのでしょうか?」とレイラは、陽だまり亭のテーブルの向かい側に座っている黒髪の近衛兵、マックに尋ねた。
マックは、陽だまり亭の上等とは言えない紅茶を、優雅に飲んでいた。紅茶を持つ掌には剣豆が出来ている。厳しい鍛錬を行っているということだ。
皇帝の勅令であるのでレイラも従わざるを得ない。しかし、疑問は残る。
料理を作るのであれば、宮廷料理人が作れば良い。宮廷料理人は、王国でもっとも尊敬され、もっとも凄腕の料理人たちである。
宮廷料理人が出場するのが筋であるはずだ。どうして自分が料理人として選ばれたのか?
レイラはそれが疑問であった。
「レイラ・ホーエンハイム。あなたなら、最高の”
マックは、真っ直ぐなエメラルドの瞳でレイラを見つめる。
『わたしなら……思っていた? 前から私を知っていたの? それに”
レイラも、マックを見つめかえす。どこかでお会いしたことがあったかしら? お客さんとして陽だまり亭に来たことがあるのかもしれない。
しかし、黒髪という帝国では珍しい髪の色。印象に残らないはずがない。
黒髪の男は整った顔立ちである。エメラルドの瞳。そして幽かに男から漂う甘酸っぱい香水の匂い。
エメラルドの瞳と、この香水……。
レイラは、どこかで見たことのある瞳な気がした。けれど、それが黒髪とどうしても結びつかない。
「しかし、皇帝陛下は宮廷の料理人たちをお抱えと聞いています。私が出場することに波風が立たないでしょうか。それに、
レイラは、どうやったら穏便に断ることができるかを必死に考えていた。
マックと名乗る近衛兵。勅書に捺された玉璽の印影は間違いなく本物である。皇帝の命を受けた皇帝からの使者。
近衛兵という身分は、偽りのないものであろうと、父のヨエル・ホーエンハイムは判断した。鍛え上げられた胸の筋肉、また手のマメで、身分を偽っているとは思えない。真摯に剣を日々振っている者の手である、ということらしい。
また、近衛兵であるなら、兄ロバートの同僚であり、最近近衛兵に昇進した兄の先輩ということになる。ロバートの手前、失礼な対応はできない。
マックの唇が紅茶のカップに触れた。ゆっくりと紅茶を味わっているようだ。陽だまり亭の紅茶は市中に出回っている安物の部類であるけれど……。
陽だまり亭が静まり返っていた。
皇帝の勅令を持った人間が店内にいる、ということで恐縮というか畏怖してしまっているのだ。さきほど野次を飛ばしていたお客など、顔が青くなり、食事も喉が通らなくなってしまっている。
「王宮料理人は、料理対決に参加できないのですよ。緋衣国とユニレグニカ帝国は、長年の同盟国。互いに国勢を競うことを避けているのです。たとえば、緋衣国で開催される武闘会に帝国は参加しないし、帝国開催の剣技大会に緋衣国は参加しない取り決めです。実施するとしたら合同軍事演習だけです」
「たしかに、兵士の個々の強靭さは、国の軍事的強さに直結します。そこで優劣を同盟国同士で競うのは不毛なことでしょう。ですが……料理対決ではそんなことないですよね?」
兵士の優劣は、国の滅亡に係わる。しかし……料理の美味さは個人の感覚もあるし、甲乙付けがたいはずだとレイラは疑問に思う。
「それがそういうわけにはいかないのですよ。緋衣国の皇帝お抱えの料理人と、帝国の皇帝お抱えの料理人が対決する。どちらが勝っても、どちらかの皇帝の威信を傷つけることになりませんか?」
「たしかに、そうですね。それで、負けても皇帝陛下の威信が傷つかない者が料理人として選ばれる……」
もしかして、私……蜥蜴の尻尾に選ばれようとしている? とレイラは不安に思う。
「安心してください。料理対決と言っても、もうすでに形式だけで、ほとんど、お互いに美味しい料理を堪能する気楽なものとなっています。引き受けてくださいますか?」とマックは優しく尋ねるが、皇帝の勅書を持っている時点で、レイラに拒否権はない。マックの気が変わってくれないかぎり、レイラはやるしかないのである。
「謹んでお受けいたします」
「引き受けてくださってありがとうございます」
マックはそう言って、右手を差し出した。握手……もとい、契約成立ということであろう。
「あの……」とレイラは握手を躊躇う。
マックも、”氷の魔女”となど握手したくないであろう。
「大丈夫です。レイラ・ホーエンハイム嬢。私はあなたを”氷の魔女”だなどと思っていません。あなたの手は、優しい手だ」
マックは強引にレイラの手を取り、そして握手をした。そして、そのまま流麗甘美な仕草でマックは唇をレイラの手の甲に軽くあてた。
「え?」
あまりに自然な動きであったので、男の唇の感触が手の甲から頭にハッキリと伝わるまでレイラの身体は動かなかった。
『優しい手……』
そんな風に言われたのは初めてであった。
魔女の手、冷たい心の手。そして、その手を持つレイラは、氷の魔女である。
「気持ち悪いと思わないのですか?」
「思わない。では、三日後、同じ時間にまた来る。それまでに試作品を作っておいて欲しい」
マックはそう言って席を経った。
「あの……」
レイラは、もっと聞きたいことがあった。しかし、我慢をした。そして、
「三日後ではなく、一週間、時間をもらえませんか? ”
「食べたことはあるのか?」
「いえ、ありません」
「分かった。では、三日後に、餃子を売っている屋台に案内しよう。食べたことがないのなら、まず食べてみることであろう?」
「分かりました。お待ちしています」
レイラは、たしかにそうだ、と納得をした。
しかし、それが三日後、決闘沙汰になるなど、レイラはこのとき、夢にも思っていなかった。
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