21.レイラとマック ①

 レイラとマックが訪れたのは、主に緋衣国からの移住者や出稼ぎの者たちが屋台を出店している区画である。


 その区画は、緋衣国とユニレグニカ帝国の友好の証として、その場所で販売する品々であれば、帝国領内通過時の関税が減額されているのである。


「すごい活気ですね。色々な店がある! こちらの方には初めてきました」


 緋衣国の屋台が出されている場所には椅子が並べられ、ピーマンやタマネギ、人参など色合い豊かな野菜が、中華鍋の上で踊っている。幾層も重ねられた蒸し籠の中には、饅頭が並べられている。


 市場の活気に当てられてだろうか。


 マックと二人で市場を歩いているせいだろうか。

 レイラの心は緊張しながらも躍っていた。


「あの文字はなんでしょうか?」


「これは、『麻辣湯』と書いてある。鍋の一種だな」


「しめじ、白菜、肉団子、海老団子、豆腐、春雨、香草、鶏肉、豚肉、牛肉、キクラゲ、鶉の卵! これは、自分で選ぶのですか?」


 屋台に足を止めた客の一人が具材を選び、それを店主に渡していたのだ。


「そうだ」


「へぇ〜。私なら、具材全部を入れてしまいそうです」


「最初はそれでもいいかもしれないな。だが、店に通っていくうちに、自分だけのトッピングを見つけいくものらしい」


「そうなんですね。帝国のように決まったメニューを定食という形で提供するのとはまた違う文化なんですね。あっ、あれは?」


「螺蛳粉だな」


「るおすー?」


 レイラはマックの発音を聞いて、真似をしたが口の動きがついてこなかった。


「帝国の言葉で言えば、田螺たにしだな」


「緋衣国でも田螺を食べるのですね。領地でも良く、兄と水路で集めて食べていました。家に持って帰ると母がそれを煮付けてくれました。田螺かぁ〜しばらく食べてないなぁ〜」


 レイラの右手の親指と人差し指は無意識に自らの唇を触っていた。文字通り、食指をうごかしていた。


「食べたい気持ちは分かるが、さきにお目当ての餃子の屋台を探そう」


「そうですね。うっかりすると、餃子を食べる前に満腹になってしまいそうです」


「ここが私のお勧めの餃子屋台だ」


 餃子の屋台は親子三人でやっていた。十歳ほどの男の子が販売を担当し、父親が具を混ぜ、そして母親が餃子を皮で包んでいるところであった。


「マック様、買う前に少し作り方を見ていても良いですか?」


「もちろんだ。店主に事情を話しておこう」


 マックは緋衣国の言葉で店主と緋衣国の言葉で話し始めた。マックが流暢に話しはじめたことにレイラは驚いた。


「自由に見学してくれってさ」


「ありがとうございます。マック様は、緋衣国の言葉も話せたんですね」


「まぁな。役職柄な」とマックは肩をすくめた。



 また、レイラは、「ご厚意に甘えさせていただきますね」と餃子の屋台の人たちにもお礼を言った。レイラの丁寧なお礼に店主や子どもが歯を見せて笑っていた。レイラの謝意が伝わったのだろう。


 レイラは長い間、熱心に餃子の作り方を眺めていた。


 材料に何を入れるのか、どれくらい入れているのか。細かくチェックしている。陽だまり亭という定食屋を営む料理人としても、見知らぬ料理に興味が出るのであろう。レイラは長い時間観察し続け、ときおり気付いたことをメモしている。


「大体、工程は分かりました。挽肉などの具の材料も揃えられると思います。問題は、あの皮ですかね。小麦を使っているとは思うんですけど……って、食べてみましょう」

 

「あぁ。食べよう。もうお腹が先ほどからシンバルのように鳴って困ってしまっていたのだ」


 屋台が並んでいる一体には、誰がおいたのか、自由に座って食べることができるベンチが用意されていた。マックとレイラはそこで餃子を食す。


 焼き餃子を食したあとに、ふとレイラは口を開いた。


「マック様は、他に、食べたい品があるのですか?」


「どうしてそう思った?」


「餃子三個というのは、マック様にとってはとても少ないように思ったのです」


 レイラの小さな胃袋にでさえ、三個は物足りないように思っていた。


 観念したようにマックは口を開いた。


「実は……食べたいものがある」


「それはなんでしょうか?」


「ハンバーガーだ」


「ハンバーガーですか?」


「あぁ。ハンバーガーだ」


 ハンバーガーは帝国で特に珍しい料理という分けではなかった。陽だまり亭の人気メニューがハンバーグ定食であるし、お持ち帰りメニューとしてハンバーガーを売り出したこともある馴染み深い料理だ。


 レイラは考えた。

 ハンバーガーは珍しい料理というわけではない。帝国では屋台の定番料理だと言っても良いくらいだ。


 陽だまり亭でも持ち帰り用の人気商品であったくらいだ。


 もっとも……陽だまり亭は貴族街に立地しており、立ち食いや歩きながら食べる客が見苦しいと、他の貴族たちからクレームが来たために販売を中止してしまったが……。


「今日の趣旨とは外れてしまうが、ハンバーガーも食べないか?」


 マックは、とても真面目な性格であるとレイラは思っていた。今回は、好親善試合”両国料理対決”のための餃子料理の調査のはずだ……。しかも、皇帝陛下のご命令でもある。


 マック様はよっぽど、ハンバーガーを食べたいのね……。レイラはそう思ったのであった。

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