18.テレジアとロバート①
レイラとマックと別行動となったテレジアとロバートは、帝都の町並みを歩いていた。敷物の上に、朝採れたての野菜を並べている店。香ばしいスパイスを振りかけた串肉を売る屋台。
それらを素通りし、ガラス張りで石造りの壮麗な店が並ぶ通りへと出た。
帝都で権勢を誇る商人たちが店を構える地区である。宝石商や、オーダーメイドの衣装。異国の香水が並べられ、商館の二回では、貨物船単位の大きな商談が取りまとめられている。
テレジアが行こうとしているカフェは、木製のテラスが作られ、そのテラスには真鍮製のテーブルと椅子が並び、ガーデンパラソルが設置されている。
「テレジア嬢、この店ですか?」
ロバートは、外からガラス越しに見える店内の様子を確認する。繁盛しているようで、店内はほぼ満席なようである。
「えぇ。さぁ、入りましょう」
ロバートは、テレジアの護衛をしているということも忘れていない。
「テレジア嬢、お待ちください。少し妙です。店内が満席に近い状況なのに、テラスの席に誰も座っておりません。予約席の札がテーブルにたっているわけでもないですし、この日差しと気温ならば、テラスで飲食したい客の方が多いでしょう」
ロバートが感じた違和感。暗殺者や刺客が潜むのは人混みの中である。そして、その人混みは、計画されたものであることが多い。
そして、混雑した店内と、お客が要望しそうであるに関わらずテラスがまったくの空席であること。
このバランスの悪さをロバートは警戒した。戦場で生き残ってきた経験と、近衛兵としての勘である。
「その理由なら、すぐに分かりますわ。階段がございます。お手を貸していただけたら嬉しいのですが」
テレジア嬢はロバートの懸念を意に介した様子はない。ロバートは、護衛の勅命を受けた身としては引き留めることもできず、最大限の警戒をしつつ、テレジア嬢と階段を上がっていく。
優雅に足を勧めていくテレジア嬢と、襲撃を警戒しながら、転落しそうな吊り橋を渡るがごとく慎重に足を勧めるロバート。
ロバートがエスコートの作法に従ってカフェの扉を開いた。
そして、その瞬間であった。待ち構えたように、カフェの支配人が……
「ようこそ、テレジア・アリスター様。我が、タピオカ・デ・アトーレに足を運んでいただき、光栄です」
「我が家のメイドたちで話題となっています。今日は、帝都を席巻するタピオカ・デ・アトーレを堪能させていただきますわ。あら? フェリアス、あなたも来ていたの?」
「テレジア様。ご機嫌麗しゅう。休暇の折、息抜きにカフェに来てみれば、帝都の薔薇と歌われるテレジア様とお会いできたこと、商人の神であるヘルメス様に感謝をしなければなりませんね」
ロバートでも、フェリアスの名前は知っていた。帝都随一の商家、フォーレ商会の首領である。
「あら、営業にご熱心なことね。近々、ラジルブとミッターマイム伯領の航路に、傭船をお願いするかもしれませんわ」
「そういうことでございますね。では、休暇を返上して、御身を働かせていただきます」
「あら? 本当に休暇でございましたの? てっきり私は耳が長いあなたが聞きつけてやってきたのだと思っていいましたわ。それなら、フェアリスはこのお話はお忘れになって、休暇を楽しんでくださいませ。フォーレ商会が店を構える両隣や正面にも、良い商会があると噂に聞いておりますから」
「相変わらず、手厳しいですなぁ……。最高の船と最高の船員たちをもっとも安い価格でご提供させていただくように奮闘させていただきます。それでは、失礼いたします」
「期待しているわ。それに…………皆様におかれましても、せっかくの日にテラスを独占してしまうこと、ご容赦を。」
テレジアは、支配人との挨拶、フォーレ商会のフェリアスとの商談を手短に済ませると、満席の店内に声をかける。
カフェの支配人はその様子を見て、したり顔である。だが、それもそのはずである。今、タピオカ・デ・アトーレは、アリスター家御用達の店となったのだ。さらに有名を帝都に轟かせることになるだろう。そして、店内にいる客達も、一等席であるテラスが使えないことなど、もはや不満にも思ってはいない。
『タピオカ・デ・アトーレに行った折、あのアリスター侯爵家と偶然居合わせた』という誰もがうらやむ自慢話を手にしたのだ。
「さぁ、こちらです」
ロバートは、支配人に案内されるがままテラスへと移動し、席に着く。
「こちらがメニューでございます」
支配人はロバートにメニューを渡した。男女二人ということであれば、当然のごとくメニューを受け取るのは男性の務めである。
「ありがとう。決まったらまた呼ぶわね」とテレジアが応対をする。
行列の出来る人気店、タピオカ・デ・アトーレのテラスの真ん中に座るたった一組の男女。平民街にして明らかにセレブ感を出しているテレジア。いや……ユニレグニカ帝国で皇帝の次に、広大な領土と利権を持つアリスター侯爵家の令嬢である。セレブである……。
「ロバート様、どれがお好みですか?」
ロバートはメニューを見て、『高ぇ〜〜』という感想を心の中で漏らしていた。平民の富裕層が通う店ではあるが、飲み物一杯がホーエンハイム男爵が営む陽だまり亭のランチの五倍の値段である。それに、メニューを見ても何がなんだか分からない。ロバートは、聞くことにした。
「テレジア嬢は、何か飲んでみたいものがありますか?」
「多くのアレンジがあると聞いています。色々な味を試してみたいですわ」
「そうですか。では、この『定番・一番人気』と書かれている、ロイヤルミルクティー・タピオカなどいかがでしょうか?」
「私も、タピオカ・ティーを飲んだことがございません。最初から奇をてらわず、定番をまず飲むのも良いですね。また、せっかくの機会ですから、他のも飲んでみたいのでサイズは一番小さいのでお願いいたしますわ」
テレジア嬢の笑顔と返答を聞いて安心し、支配人に目で注文の合図を送る。
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支配人がテラスのテーブルへと近づいてくる。
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「ロイヤルミルクティー・タピオカを一つ」とロバートが注文し、それに「色々な味を試したいので、それの、ベリー・ベリー・スモールサイズでお願いしますわ」とテレジアが付け加えた。
「畏まりました。弊店で一番小さいサイズのロイヤルミルクティー・タピオカをお持ち致します。それ以外はよろしいでしょうか?」
「ロバート様は何をお飲みになるのですか?」
おもむろに、テレジアが口を開いた。
「私は、さきほど噴水の水を飲んできたので、ご遠慮いたします」
「そうですか。あっ。あと、言い忘れましたが、きっと毒味など不要でございます。平民街とは言え、帝都で由緒正しき店でありますゆえ」
ロバートはハッとする。護衛は、護衛対象の命を守ることである。そして、物理的危害だけではない。
通常ならば、毒味役がいて然るべきである。だが、今は、そのような存在はいない。
そして、支配人の質問に、ロバートは決断を強いられる。
「ロイヤルミルクティー・タピオカのベリー・ベリー・スモールサイズを一杯でございますね。ストローは、いくつお持ち致しますか?」
ロバートは観察をした。
支配人の質問に、テレジアは答える様子はない。ロイヤルミルクティー・タピオカの後は、次はどれを飲もうかとメニューを楽しそうに眺めていた。
『ストロー一つはあり得ないよな。俺が毒味して、その後、ストローにテレジア嬢の唇が……』
ゴクン、と唾を飲み込み、一瞬で思案した。視線はもちろん、テレジア嬢の林檎のように紅い健康的に唇である。
『だが……それは、関節的に唇と唇を交わすことになってしまう……。それは、避けねばならん。なんと淫らな思いか! そんなのは認められない! しかし……皇帝陛下から勅令としてテレジア嬢の護衛を拝命した身。毒味をしなかったとあれば、それは不敬ではないか?』
ロバートの思考は高速回転した。
「ストローは、二つ頼むよ」
ロバートは、ストローを二つ頼めば、自分が毒味をしたストローで、テレジア嬢はティーを飲むことはない。関節的にとはいえ、唇と唇が関節的に触れるなど、絶対に避けねばならない。
ストローを二つ頼む。
我ながら機転の利いた名案だとロバートは考えた。
「畏まりました」と、支配人をオーダーを受けてテラスから退く。
ロバートは、護衛の任を果たすことができてよかったと内心、心を躍らせていた。
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