4.レイラのドレス
レイラが舞踏会へと参加する日がやってきた。
「やっぱり私の娘ね。ほとんど直しが必要なかったわ」
レイラが着ているドレスは、母からのお下がりである。
貴族は金銭を湯水のように使うことが美徳であり、それによって貴族としての威厳と尊厳を表す、という考え方がある。
それに応じて、ドレスの流行の移り変わりも激しい。
貴族の流行と、恋愛は、花のように移ろいやすい、という格言があるくらいである。
一ヶ月前の舞踏会で青を基調としたドレスが流行したかと思えば、真っ赤なドレスが次の月には流行色となっている。
孔雀の羽のついた帽子が流行っているかと思えば、馬の鬣がついた帽子が流行する。
ドレスのシルエットの流行も、頻繁に変わる。
胸元を強調するプリンセス・タイプが流行ったかと思えば、腰のくびれを強調するマーメイド・ラインが流行り、そうしている間に、そっと首筋とうなじを魅せるエンパイア・ラインのドレスが流行る。
貴族の令嬢達は、流行の波に乗ろうと、次はエックス・ラインか、Aラインか、アイ・ラインなのかと、お茶会で情報を交換しあっているのである。
が、ホーエンハイム家にはそのように流行のドレスを新調することなど夢のまた夢である。
レイラが母から譲り受けたドレスは、スカートが大きく広がったクリノリン・スタイルのブルードレスである。第三代皇帝の妃であるシンデレラ王妃が愛用したドレスであると帝国では伝わっている。
母アンナの時代には定番のドレスとして着る貴族も多かったが、最近では貴族の令嬢たちから忘れられて久しいドレス・タイプである。
流行に敏感な貴族たちからすると、時代遅れ甚だしい。
レイラは、ふと、衣装ダンスの引き出しの中のドレスに目を留める。
「このドレス……まだあったんだ……」
レイラは震える手でそのドレスを広げる。十五歳の時、初めての舞踏会で着ていったドレス。そして、一度着て、二度と着ることのなかったドレスである。
「十五歳のとき、私はこんなに小さいドレスを着ていたのね」とレイラは呟いた。
十五歳のドレスは、もうレイラには小さい。仕立て直すくらいなら、布から新調したほうが早い。
母のアンナも、このドレスを仕立て直すくらいならと、昔自分が着ていたドレスを調整したのだ。
レイラはいまは十八歳である。三年間の間に、身長も伸びたし、胸も大きくなったし、お尻も大きくなった。
三年間の間に、レイラの身体は、少女から淑女レディーとなっているのである。
ただ、少女の心を淑女レディーに変えるのは、恋である。その恋は、まだ、レイラに訪れていなかった。
「一応、とっておいたのよ」
「ごめんなさい……。このドレスを作るのにもきっとお金かかったよね」
「三年も前の話よ。気にしなくていいわ。それに、いまから舞踏会に行くのよ。少しだけ、顔も化粧をしましょうか。レイラ、そこに座って。もうすぐ、馬車が迎えにくるはずよ」と母のアンナが言った。
「レイラ、お迎えの馬車がやってきたようだ……レイラ! なんて美しいんだ。母さんの若い頃にそっくりだ!」と、ヨエル・ホーエンハイム男爵が馬車の到着を告げる。
レイラは馬車に乗り込んだ。御者が馬に鞭打ち、車輪が回る。
車輪が回り、レイラの運命と時間も、回り出す。
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