2・矛盾の穴埋め

 転生してから二週間を迎え、ようやく遼平と連絡を交わせた日の朝。修助は目覚ましのアラームを止め、ゆっくりと起きあがる。


 丑三つ時のやりとりから寝るので、睡眠不足になるのは言うまでもない。


 ふらつく足取りで制服へ着替え、朝食を採る為にリビングへと足を運ぶ。台所には妹として転生した母親の真琴が、黒幕の元女幹部であるエレナ・メイナスへ料理の指導をしている。自分よりも睡眠時間が短い上に、精神的に一番ショックを受けているはずだが、母は強しとはよく言うものなのか、表面上の振る舞いは生前の母親と全く変わらなかった。


(これじゃ、どっちが母親か判らないな)


 修助は二人に挨拶をした後、先にテーブルに座って新聞を読んでいた父親の圭一郎の向かいに座る。どうやら彼なりにこの世界の情報を収集しようと躍起になっているようだ。


「おはよう、父さん」


「修助か、おはよう」


 圭一郎は一度新聞から目を離して修助に朝の挨拶をした後、また新聞に視線を戻す。


「この世界を知るのに必要な知識は集まりそう? 一応、俺は全巻読んでるから、ある程度の疑問には答えられるけど」


 新聞は世の中を知る為に必要な媒体だが、紙面を飾る文字に限度が設けられている以上、もう少し踏み込んだ情報というのは中々手に入らない。


「そうだな……ちょっとエレナさんに無理言って一ヶ月前の新聞も出してもらったんだが、どうも私達がこうしているよりも前に、今の修助と同じ年頃の女の子が誘拐、もしくはそれの未遂が多発しているようだ。何か心当たりはあるかい?」


 一応この世界では自分の妻に当たるエレナをさん付けで呼ぶ辺り、まだ心の中に壁があるのだろう。それに新聞を読み返していると、毎日のように高校生である修助と同じ年頃の少女が誘拐されている事に、圭一郎は疑問を感じていた。


 修助は渋面を浮かべる。物語を盛り上げるには、ある程度ヒロインを始めとした主人公に群がる周囲の女の子には、時と場合とジャンルにもよるが、ひどい目に遭ってもらった方が読者受けが良いケースがある。その当事者としてはたまったものではないが、自分の父親がその情報を欲しがっているので、どうにか言葉を選んで説明しようにも、心を傷つける結果になると悟った修助は、一言前置きした上で説明する。


「父さんからすると妻を名乗ってるって思う女の人が今母さんと朝ご飯を作っているだろう? あの人と、もう一人黒幕が居て、そいつが誘拐した女の子で編成した私設部隊を使って更に女の子を誘拐しているんだ。無差別に誘拐している訳じゃなくて、異能という、まぁ……催眠術とかそういう胡散臭い超能力を想像してもらった方が早いかも。手を動かすだけで離れた位置にある物を動かせるとか、そういうの。黒幕はそういった女の子を集めて兵隊にして、自分の家族を戦争で奪った世界に復讐を企てているんだ」


 修助は全て読破した内容を簡潔に説明する。圭一郎はそれを聞いて、新聞を折り畳むと席を立ち、廃品回収用の袋へそれを丁寧にしまった。


「気分悪くしたかな?」


「いや、死んだ事を自覚してから落ち着いて二週間。現状がやっと解った。知る事は時として痛みを伴う事もある。尤も、世界に対する復讐というのは、今でもわからないけどね」


 修助はライトノベルを始めとした娯楽小説を知らない父親に、ハードな話を聞かせて気分を悪くしてしまったのではないかと心配したが、圭一郎はその辺りを理解した上で現状を受け入れつつ気持ちの整理しているようだった。


「それよりも前から気になる事がある。バタバタしてて聞く機会が無かったが、遼平と通話出来るよりも前、会社が休みの日にエレナさんに話をしたんだ。そしたら、私達とエレナさんの間でだいぶ記憶や時間にズレがある」


「具体的には?」


「まず修助と真琴の今の年齢だ。修助が最初に話した、エレナさんの事。エレナさんは四塚君達が黒幕を倒して記憶を失った。記憶を失ったエレナさんはそれを見た私と結婚し、修助と真琴を子供として授かった。だが修助は四塚君と同じクラスメイトじゃないか。出会って子供を産んだとして、本来ならまだ赤ん坊のはずだ、時間的に無理がある」


「確かに。普通に学校に行ってたけど、冷静に考えたら結婚してから今に至るまでが早すぎるし、そもそも俺と四塚君はいきなり友達、あり得ない状況だ」


「そこでだ、修助と真琴にはちょっとやってもらいたい事がある」


「何だ?」


「DNA鑑定だ。私達が生きてた地球だったら、技術的に結果が出るまで二週間以上かかるはずだが、この何でもありな世界なら、直ぐに結果を知る事が出来るだろう? どうにかこぎ着けられないか?」


 圭一郎の提案は至極真っ当だった。それに今の家族関係を整理するのにも一番手っ取り早い方法だ。それ以外にも得られる情報は想像を遥に上回るほど多い。


「それなら、俺が四塚君に話して、エレナを引き合いにして頼んでみるよ。四塚君は黒幕と戦う組織と繋がってて、黒幕の組織と同じレベルで最先端の技術を揃えている。それに敵対していたエレナを引き合いに出せば、嫌でも応じざるを得ない」


「どうしてそう言い切れる?」


「記憶が消されていても、何しでかすか解らないから監視しているんだ。ただ、探偵みたいに尾行したり盗聴器を仕掛けている訳じゃない。この家まるまる監視している。仕組みは俺も解らないけどね」


「そうか。なら任せるよ」


「二人とも朝から難しい顔をして、何かつかめたの?」


 話が纏まりつつあったところで、両手にベーコンエッグの載った皿を持った真琴が話しかけ、その皿を二人の前に置く。あどけなさの残る表情に、学生服の上から着けているシンプルなエプロンがよく似合う。


 その後に続いて、トーストやらツナサラダやらを置いて、それまでティッシュと調味料ぐらいしか置いていなかったテーブルが一気に華やかになる。


 程なくして、エレナもエプロンを脱ぎ着席し、四人そろっていただきますと手を合わせ、朝食にありついた。



・・・


 朝食の後、学校へ向かう修助と真琴の二人。黒幕が復活した事は知っているが、何処にいてどうすれば終わらせる事が出来るのか解らない以上、作家である兄がもたらした平穏を享受するしかない。


「それじゃ、お母さんこっちだから」


 口癖でもあるし、心構えも変わっていない。だから真琴はつい自分の事をお母さんと言ってしまう。


「真琴、毎度毎度言わせないでくれ。俺達はあくまで兄妹なんだから、それはまずいって」


 周囲に聞こえないよう、修助は真琴に耳打ちする。彼の懸念通り、これから中学校の校門を通ろうとしている少女が自らをお母さんだなんて言って、まるで息子が学校に行くのを見送る母親のような振る舞いをされては、高校生である修助に変なレッテルを貼られかねない。


「あっ。ごめんごめん。これからはちゃんとアタシで通すから」


「そう言って二週間ぐらい経ってるけど」


「仕方ないじゃない。アタシの心はまだあの時のままなんだから、いきなり変えろって言うのが無茶なのよ」


「まぁ、否定はしないけどさ」


「そうよね。いきなりだもの。でも戸惑っても居られない。それじゃ、改めて放課後はここで待ち合わせね」


「ああ。後は俺に任せてくれればいいから」


「信用しているわよ。じゃあね」


 真琴はそう言って軽く手を振った後、転生直後に作ったであろう友人の許へと走っていった。


「友達作るの早すぎだろ。フットワークが軽い事で……」


 それに比べて自分の立ち位置はどうだ。全女子生徒のスリーサイズを記憶している代わりに女子達からの信用がほぼ無い。友達と言えるのは一ぐらいだ。


「俺も見習って、四塚君に声をかけるかな」


 修助はやや重い足取りで自分が通う中央高校へと向かっていく。


 まずは一を呼び出し、エレナの件について話して取引を持ちかける。それが今日やるべき最大のミッションだ。

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