17・間借り希望
潮賀の射殺を確認し、一段落ついた所で、帰ってきたエレナは記憶の一部が戻ってきているのを理由に、自ら進んで身体検査を受けていた。
メタトロンの艦橋がいくら広いと言っても、長い銃身が特徴のライフル銃を取り扱うのは無理がある。しかしエレナはその無茶を通して道理を引っ込ませるような事を散々やってきたのは、原作で嫌と言うほど描写されているのを、修助は思い出す。
そのイロハが詰まった記憶が丸々と戻ってこられても困るので、身体検査を経て、丸腰となり、再び艦橋へ戻ってくる。丑三つ時まであまり時間は残されていないが、それと同じぐらい重要な局面を迎えているのだ。
取り扱いを誤れば、メタトロンを破壊しかねない人物、つまりエレナを乗せている。それは敵だった執行者の重要な女幹部に、どうぞこの要塞を壊して世界を好きにしてくださいと言っているようなものだ。修助だけでなく、メタトロンクルーや双葉、それに一や和奈も真剣になるのは言うまでもない。
一方、丑三つ時の事に関しては、まだエレナしか部外者には報せていない。そこで一家はこの機会を利用して全員に兄である遼平の存在を教えようかと話し合っている所だった。
「ここに居る皆にも、遼平の事を知って貰うべきよ。だって彼ら彼女らは、皆遼平が産んだんでしょ?」
「やや語弊のある言い方だけど、間違ってないんだよなぁ。まぁ、俺ら四人でコソコソやってるよりは、色々便利だから、俺は賛成かな。それに、コソコソやった所で、いずれ本橋先生の異能でバレる。問題なのは、ここで変に隠して、後々になってバレて、肝心な時に一から説明するリスクがある事だ。そんなやる意味の無い綱渡りをするぐらいなら、最初から現状を話した方が良いと思う」
こそこそと話す修助の言葉は至極当然な事だ。例えば、遼平の存在を秘匿して一年経ったとしよう。その一年のせいで、世界を作った張本人ですだなんて自己紹介されたら、頭がおかしくなったのかと思われても仕方のないものだ。
遼平の許可も無く勝手に紹介するのも気が引けたが、今はそんな悠長な事を言っている場合ではない。話が纏まった所で、修助は艦橋の様子を伺う。
エレナが事態を収束させる前は非常に慌ただしかった艦内も、今は被害者の誘導とその後の治安のモニタリング作業を行っており、張りつめていた空気も落ち着いている。それなら、とこのタイミングで修助は自分達を見張っている一に声をかけた。
「なぁ一、ちょっと相談したい事があるんだ」
一家四人でコソコソと話し合っていても、何も思わなかった辺り、親友として信頼を寄せているようにも思える一の態度に罪悪感を感じながらも、修助はなるだけ彼の心に負担がかからないように言葉を探す。
「どうした? 修助」
「双葉ちゃんにこの施設の一部借りれないか相談したいんだ。何に使うかはきちんと説明する」
最初こそ、その言葉に首を傾げていた一と、エレナが居る事への不信感からこちらを睨み続けている和奈だったが、そこへ割って入るように茜がメモ紙を持ってやってくる。
「まぁまぁ和奈ちゃんもそう睨まないで。あたしが彼らを丸裸にする。そうすれば、何が目的かわかるでしょ? どうしてここの設備を使いたいのか、その理由をハッキリさせてから双葉ちゃんに相談しても、遅くはないんじゃない?」
丑三つ時の時刻が迫って焦りはじめている中の提案。仮にこれがうまく行けば、メタトロンの設備を使い放題出来ると考えれば、貴重な丑三つ時の三〇分の内、五分ぐらいを使う価値は在るだろう。
そう考えた修助は、躊躇い無く三枚のメモを受け取る。
「父さん、母さん。この紙を触ってくれ。本橋先生に俺達家族の状況を手っ取り早く教える」
「どう思う? 圭君」
「どうも何も、修助がそう言うならそうするしかないだろう」
「そのようね」
圭一郎と真琴は諦めるように、修助から茜が何かしら書いた紙を受け取る。すると茜の様子が突然変わる。
あまりにも唐突な事に、和奈はエレナが何かしたのかと疑うが、それを一が制すると、茜は大丈夫だからと二人を落ち着かせ、深呼吸する。
「こいつぁすげーや。エレナのクローンである真琴や、そのエレナの夫が、前世仲良し夫婦で、その子供が修助君ねぇ……エレナの記憶だけじゃ整理仕切れない、複雑な人間関係。そのうえこのメタトロンの施設を使いたい理由も、丑三つ時の三〇分にだけ、ネットを通じて会えるお兄ちゃんと話す為か。これは双葉ちゃんに話さないといけないね」
茜は言うと、作業が一段落したのか、安堵の表情を浮かべていた双葉の許へ向かう。その表情をまた歪ませるのは気が進まなかったが、今まで誰も知り得なかった情報が手に入ったのだ。伝えなければならないと思うのは自然な事かもしれない。
「双葉ちゃん、落ち着いたところ悪いんだけど……」
茜は少し遠慮がちに双葉の許へ近づく。何事だと振り向きながら、茜に続きを促すと、たった今異能によって手に入れた記憶の事を聞かされ、思わず椅子から立ち上がる。
「な、何ですって!? 真琴、アンタ……前世では夫婦で、それを今でも引きずっているの!?」
「引きずっているって、失礼な言いぐさね! アタシの圭君に対する愛は、形は違えど、死んでも引き裂かれないだけよ。正に相思相愛の関係よ!」
「近親相姦って言葉を知っているかしら? このファザコン」
「逆に聞くけど、アタシがそんなに頭良いように見える? このブラコン」
親友の暴走に頭を抱える双葉と、そんな事は知った事ではないと、終わりが見えなさそうな言い合いが始まりそうだったので、茜は急いで止めに入ると、本題に入っていく。
「盛り上がってるところ悪いけど、このメタトロンの設備を、丑三つ時から三〇分の間だけ、彼女ら家族の為に貸してほしいんだ。それに、そこで話せる彼らのお兄ちゃんから、ウェルク復活について何か手がかりが得られるかもしれない」
「うぅ……それを引き合いに出されると、何も言えないわね」
双葉はわかったと一言、ため息混じりで言うと、クルーの一人に席を空けるよう指示する。
司令官の命令は絶対服従なのかと思うほど、クルーは何の疑いも持たず席を立ち、少し離れた位置で待機する。
「ありがとう。それじゃほんの二〇分、借りるぜ」
時間は少しオーバーしてしまったが、それは揺りかごの力を全面的に借りる為の費用として割り切り、修助はコンソールを操作して必要なチャットソフトをインストール。
それを起動して自分のアカウント情報を入力してログインすると、既に兄がオンラインの状態で待機していた。
修助はすぐにビデオ通話を開始し、コール音が艦橋内に響いている間、後ろで待機していたクルーに無線マイクを用意するよう指示する。
「兄貴! 遅れてごめん、ちょっとワケあって……」
『そんなもの、カメラの映像を見ればわかる。どうやらメタトロンからつないでいるようだな』
その場に居たメタトロンのクルーや双葉までもが、動揺する。もう修助達一家は当たり前になっていたその通話は、やはり異様な光景に見えるのだろう。
得体のしれない世界を跨いだ通話。それは正にあらゆる修羅場を乗り越えてきたクルー達でさえ動揺させる。住所の特定を試みたクルーも居たが、残念ながらこのライトノベルの世界にはその住所は存在しない。
あらゆる混乱と動揺が入り交じる中、修助はいつも通り兄に報告を始めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます