18・生存報告

「それでまあ、家は吹っ飛ばされて、パソコンも父さんと母さんとエレナのスマホはお釈迦。俺のスマホは今電池切れで充電中。だからって言い方も変だけど、メタトロンの設備を借りている。もちろん、ちゃんと許可を取ってな」


 修助はそういうと、視線を指揮官席に座る双葉の方へ、申し訳ない気持ちを抱えながら向ける。


 真っ赤な髪を黒いリボンでツインテールにし、不機嫌そうな表情で腕を組み、その髪色に負けないぐらい赤い瞳を修助に向けている。


『納得はしていないみたいだが?』


「それはそうだろう。本橋先生の異能で、俺は父さんと母さんと一緒に死んでる事バレてるんだぜ。本橋先生も俺達家族の記憶の整理で忙しいし、面倒事運んできたって思われても、仕方ないって」


『そのようだな。それで、家を吹っ飛ばした連中と、それを雇った奴はどうなった? その様子じゃ、全部、結末まで含めて知っているように見受けられる』


 遼平は伊達に社会に出て、色んな人間の顔を見ている訳では無い。艦内がざわついているのに、修助がいつもの調子では、歩実をはじめとした連中がどうなったのか、想像が付いているのだろう。


 その遼平の一言を聞いて、修助は彼の望む結末をそのまま伝えた。


「兄貴の思ってるとおりだよ。全部エレナが綺麗にスカッと片づけてくれた。歩実の頭を綺麗に吹っ飛ばしたのもエレナだ。後かたづけは、揺りかごがやってくれたから、この借りは高く付くだろう」


『そうか。まぁその借りはきちんと返しておくんだぞ。今の修助なら、簡単だろ?』


「内容による」


「兄弟二人で仲良く話してるところ悪いんだけど」


 兄弟仲良く話している所を割って入る形で、不機嫌な双葉の声が艦橋に響く。


「この画面に映っている男の名前ぐらい、聞いても良いわよね? 修助」


「あぁ悪い。毎日こうして顔合わせているけど、楽しくってつい」


『ここは俺が名乗るのが筋だろう。修助、少し双葉に変わってくれないか?』


「ああ」


 修助はそこからコンソールを操作して、カメラを自分から司令官席へと変え、丁度遼平と双葉が顔を合わせる形になる。


 艦橋のセンターモニターには、デカデカと遼平の顔が映っているのだが、それと同時に個別でモニターを写す事が出来る。そこで双葉と遼平はようやく挨拶を交わした。


 自分が創造したキャラクターと、その創造者の会話。修助はその光景が、えらくシュールに思えたが、笑う場面ではないので、二人の行く末を見守る。


『挨拶が遅れて済まない。俺は棗 遼平。そっちに転生している修助達家族の長男だ。今後も世話になる』


「私はアンタの様子を見るに名乗る必要無いと思うけど、一応礼儀として。異能少女保護組織”揺りかご”で、このメタトロンを預かっている、四塚 双葉よ。今後ともよろしく」


 二人は挨拶を済ませると、今度は茜の紹介をした後、彼女が整理したという棗一家の情報を遼平へ見せる為にデータを送信する。


 遼平はチャットソフトからアップロードされたデータをダウンロードし、念の為ウィルスチェックを行ってから、中身を確認する。


 そのデータには、圭一郎、真琴、そして修助の前世にまつわるデータが細かく書かれているだけでなく、現在のデータ、つまりエレナと結婚したバツイチの圭一郎と、そのエレナのクローンとして転生した義妹の真琴、最後に長男であり、圭一郎の連れ子である修助の事が書かれていた。


「どうだ兄貴、なかなか酷い状況だろう。色んなジャンルのラノベを前世で沢山読み漁ってきたが、ここまで酷い家族構成は読んだ事が無い」


『当たり前だ。ただ”複雑なだけ”な上、要所要所が適当なせいで設定として破綻している。これじゃ小説としての体裁をなしていない』


 呆れたように遼平は言うと、ため息をついて頭をバリバリとかきむしる。本気で困ったり、行き詰まってしまった時によくやる癖だ。


『ともかく、今後は揺りかごの手伝いでもしながら、俺の作品に蛇足をつけた奴を捜す必要が在るだろう。今の時点では何も出来ないが、そっちが集めた情報次第で、こっちも動けるようになる。悪いが、今は力になれない』


 遼平はうなだれるように言うと、その言葉に反応した双葉は、彼にこんな提案をする。


「それなら、今は監視下に置いているエレナ含めた四人を、このメタトロンのクルーとして受け入れるわ。そうすれば、今みたいに遼平とやり取り出来るでしょ?」


 年上相手だろうと物怖じしない双葉からの提案は、棗兄弟にとって最も求めていたものだ。修助はどんな下働きでもするからこの設備をいつでも使えるようにしてくれと双葉に土下座し、その必死さに驚き、若干引き気味な双葉は自由に使って良いと許可を出す。


「か、顔を上げなさい修助! ともかく、こっちも出来るだけの事はやってみるわ」


「ねえ双葉、思ったんだけどさ」


 修助の土下座に引いていた双葉の後ろで、真琴は腕を組みながら双葉に声をかける。高校生の息子が土下座している事に全く関心を寄せずいきなり声をかけたのは、双葉が冷たい性格だからでは無く、そうまでしないとこの設備を借りられないと考えたからだ。


「揺りかごって、異能だっけ? そういうの持った女の子を保護する組織なんでしょ? だったら、疑わしきは罰せよって訳じゃないけど、世界中の、その、異能持ちで良いのよね? それを本橋さんに調べさせたり、本橋さんのマンガを触った事無い奴とっつかまえて調べたり出来ないかしら」


 前世の学生時代から成人して遼平を産むまでに、非常識で破天荒な生活を送った経験からか、出てきた言葉は拉致した挙げ句、茜の異能でプライバシーを丸裸にするという最悪で破廉恥極まりない提案だった。


 その提案に対して、修助は兄が常に掲げている作品のテーマを、真琴に教える。


「保護と誘拐は紙一重。兄貴が考えたこの”揺りかご”という組織が発足してから掲げているスローガンという設定だ。考えてみろ、ちょっと変わった能力があるからって、むやみやたらと女の子を保護したら、それは立派な誘拐だし、やってる事が”執行者”と同じになっちまうよ」


 真琴と修助の間で繰り広げられる、無茶のある会話に割って入ったのは茜だった。真琴は茜の異能を使って何とかしようと考えているのを聞いて、黙っているわけには行かない立場だ。


「それはそうだし、そもそもあたし、今世界中に居る私のマンガを読んでいる人達から記憶を精査しているんだけど、この現状を作った犯人は見つからないわ。しばらくは様子を見てから判断するしかなさそう」


 少しズレたメガネを中指で定位置に戻すと、真琴にわかりやすく説明し始める。


「修助君の言うとおり、というか、そのお兄さんの言うとおり。揺りかごのスローガンとして”保護と誘拐は紙一重”を掲げてるわ。執行者に誘拐されたり、未遂だったりで心に傷を負っていても、本人が望まなければ何時でも頼れるよう連絡先だけ渡して元の生活に戻してあげているの。両親が執行者に殺されたとかってなると、また話は変わってくるけど」


「なかなかにトチ狂ってる組織ね、執行者って。揺りかごも色々苦労しているみたいだし。ねぇ遼平、毎回聞いている気がするけど、執行者って異能有る無し関係なく女の子拉致って、兵隊にしたりエレナを強くして、最終的に今アタシ達が住んでいる地球を征服するのが目的の組織って認識で合ってるのよね」


 茜の説明を聞いた真琴はストレートな感想を述べ、その後作者である遼平に改めて執行者の目的を確認する。


 正確には政治家なんて職業があるから戦争が無くならない、だから自分達で政治家という存在を暴力で無くして統治しようという、無政府主義的な考え方なのだが、今の真琴にはその認識で理解して貰えれば、話はスムーズに進むと考えた遼平は真琴の認識を肯定した。


 一作家としては納得行かない認識だが、そこで口論していても仕方がない。それが遼平の至った結論だった。


『それで構わない。どのみち現代社会に居てはならない組織だ。母さん達が幸せに暮らしていく為にも、辛い思いをするだろうが、もう一度執行者の指導者、オズワルド・ウェルクを殺すしかない』


「でも……ウェルクには私と同じ魔術がある。普通には殺せない。私が言う事じゃないのはわかっているけれど、教えてほしいの。争いの無い平和な生活にやっとの思いで戻れた一君と双葉ちゃんが、手を汚さずに彼を終わらせる方法を」


『エレナ。それについては明日話そう。もう時間がない』


「時間……ね。わかったわ」


 エレナは一瞬時計を確認して、もう一分も無い制限時間の中、ウェルクを終わらせる方法を著者から聞き出すのは無理だと思い、引き下がる。


「今日はこれまでだな。兄貴、また明日。お休み」


「身体には気をつけるのよ、遼平」


「お父さん達は大丈夫だから、自分の事を優先しなさい」


『ありがとう、修助、母さん、父さん。それじゃ、お休み』


 遼平は家族にそう挨拶すると、通信は自動で切断される。丑三つ時から三〇分が過ぎてしまった為だ。


 しばらくの間、艦内に訪れる沈黙。その沈黙を最初に破ったのは、殴られるか辱められるか、あるいはその両方を覚悟したエレナだった。


「一君。今までの非礼はどんなに詫びても許されない事を私はしてきた。その上今から都合の良い事を聞こうとしている。あなたの望む事なら何でもする。だから……」


 記憶が少しずつ戻りつつあるエレナは、今の圭一郎との幸せな暮らしの中で手に入れた、温かい人の心と過去の残虐非道な自分で葛藤する中、ウェルクを終わらせた主人公の一に、一つのお願いをする。


 情報は少しでも多い方が良い。作家としてウェルクを終わらせた遼平と、主人公としてウェルクを終わらせた一。双方の言葉を聞いて、自らの手で終わらせる為に。


「さっき遼平さんに聞いた事。私にウェルクの終わらせ方を教えて。身内の事は身内で解決したいの」

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