16・報復の報復・後編
「で、だ。消去法みたいなやり方で犯人が潮賀と解った訳だが、問題は奴が何処に居るかだ」
修助は腕を組み、足を組んでメタトロンにある食堂のテーブルに座っていた。彼の座るスペースは艦橋には存在しないからだ。
「もう一度、本橋さんに会ってみましょう。何かつかめるかもしれないわ」
エレナは真剣な表情で言うと、他に意見が無いかを確認する為に周囲の反応を伺う。
真琴はというと、借りてきた猫のように大人しくなっていたのも、たった数分の出来事。どうやら爆発物に引き金を引くぶっ飛び具合を前に思考が止まっていただけのようである。
「それが賢明でしょうね。無線で聞いたけど、幸い、死んだ男から記憶を吸い出す事が、本橋さんには出来るみたいだし」
言って真琴は先ほど自販機で買った紙パックのリンゴジュースを飲む。生前は好んで果汁一〇〇パーセントのリンゴジュースを飲んでいたのだが、転生してなお好みは変わらないようだ。
意見が一致した一家は、各の飲み物の容器を分別してゴミ箱に捨てると、再び艦橋へ向かって歩き出す。
目指す先は潮賀の居場所。それを聞く為に茜に会う為だ。
・・・
そんな茜とは、食堂を出た直後ばったりと顔を会わせる事になる。どうやらエレナに紙を持たせた時に入ってきた記憶の内容が、あまりにも荒唐無稽な為、家をロケットランチャーで吹っ飛ばされた被害者である修助、真琴、圭一郎にも紙を持たせて記憶を読み、内容を整理しようと考えながら食堂を歩いていたようだ。
「あっとぉ。みんなのその様子だと、あたしに用事が在るみたいだね」
ぶつかりそうになるのを寸前の所で止まり、茜はエレナの思考から一家全員が自分に用事がある事を突き止める。
正直用事の内容は知っているが、改めて聞いた方がスムーズに行くかもしれない。そう考えた茜は、あえて自分を捜し求める目的を訊ねた。
「潮賀 歩実をブチのめしに行くんでしょ? 居場所なら解るよ」
その一言に、修助を除く一家は固まる。まさか目的がこんなにも早く、かつ簡単に片づいてしまっていいのか、戸惑いの方が大きい。
一方の修助は、茜が彼女の居場所を知っていると言い切る理由について、歩実は定期的に兄の部屋に押し入っては、殴って黙らせ、部屋にあるマンガやフィギュアを集めるだけ集めてリサイクルショップに売って自分の懐を暖めていたのだ。
茜の異能は、機械によって印刷された物にも波及する。つまり、茜が歩実の場所を知っているのは、兄の部屋を片づけていた際、偶然”ならず者のシルバーバレット”の単行本を触ったからに他ならない。
「戸惑っている時間が惜しい。父さん、母さん、エレナ母さん。事情は後で説明するから、今は潮賀を何とかしよう」
「そのようね。考えるだけ無駄って解ったし」
真琴は自分の息子が茜に対してここまで信頼を寄せているのには理由があると判断し、それが自分の理解の範疇を越えている事も解ったのか、あっさりと茜の提案に乗る。
「うし、じゃあ艦橋に戻ろうか。そこから居場所を見つけだして、シュッと降りてドーンとやっつけて痕跡も残さずさっと終わらせよ」
茜は両手を大げさに広げながら、擬音を口にして艦橋を目指し歩きだす。
艦橋まで行かなければ、ワープ機能は使えないからだ。
・・・
一家は茜と共に再び艦橋へ訪れる。そこではエレナがロケットランチャーを担いだ主犯を派手に爆殺してくれたお陰で、住宅街は現在復興作業が計画されている。深夜帯である為重機を動かすわけにも行かず、生存者の確認だけに留めるしかないのだ。
不幸中の幸いなのが、あれだけバカスカとロケットランチャーを家へ撃ち込んでいたにも関わらず、誰一人として死亡していなかった。ここらへんはライトノベルのお約束である”明らかに助からない災害や事件が起きているのに、何故か明確に死人が出るような描写が存在しない”事によるもので、兄の小説にもしっかりとその描写がされている為、誰一人命を奪われる事無く危機を乗り越えたのだ。
避難民のしばらくの宿は、揺りかごが経営するビジネスホテル、寝るのも食べるのも困らない上、費用はすべて揺りかごが持つと事前に説明を受けていた避難民は、安堵のため息をついていた。
これで避難民の不安は解消。心おきなく歩実を追いつめて消す作業に没頭出来ると言うもの。
「さて、そんじゃ早速野心家気取りのガキをどうにかする作業をしようか。今あのガキは、あれだけ派手に住宅街を破壊して回っていたというのに、街へ繰り出して家から持ち出したシャブを売り歩いている。とても用心深くて、懐には仕入先であるヤクザから買った拳銃や手榴弾を忍ばせている。まぁエレナ・メイナスや真琴ちゃんが出向く分には、関係ないけどね」
茜はそう言って、クルー席の一つを借りると、キーボードを叩き、巨大なスクリーンに歩実の現在位置と監視カメラによって納められた、取引の様子が映し出される。
武器を携行しているのは、警察に取引が発覚した際に口封じの為、そして手榴弾は機動隊の車両に対して使う為だろう。更に監視役として見張りにも金をかけているようで、その見張りには軍用ライフルを持たせている。これも茜から得た情報だが、仕入先のヤクザから手に入れている辺り、歩実はヤクザからかなりの信頼を得ているようだ。
だが歩実からすればヤクザは踏み台。自分がもっと大きな組織である執行者と繋がりを持ち、ゆくゆくはその収益力をアピールして将来を確約したいという酷く歪んだ願望を持っていた事が茜の異能によって明かされた。
これで、短期間で金を集めて誘拐を実行できるようになるまで持ち直せた執行者のからくりが明らかになった。彼女を消せば、資金源が一つ絶え、立て直す為の計画も狂いが出る。一家にとっても揺りかごにとっても、彼女を消す事は、街の平和に繋がる事になるのだ。
問題は誰がやるか、そして狙う場所と時間。人殺しは愚か、他人との喧嘩の経験もない修助は論外として扱われ、人畜無害そうな見た目からは想像も付かないほど喧嘩の経験はあるが、人殺しまではさすがに経験していない圭一郎も除外。
残ったのは前世で友人を助ける為にヤクザを一組潰した、つまり構成員を何名か殺害した経験のある真琴か、かつて野望の為に数多の人数を殺害した経験のあるエレナの二人に絞られた。
その時、エレナは自ら前へ出て、進言する。
「私に行かせてください。記憶が少しだけ戻ってから考えたんです。私が皆にしてきた数々の暴力。それを忘れて圭一郎さんと幸せになろうだなんて、そもそも虫が良すぎる話だったんです。仮に幸せになれても、長続きしない幸せだったんです。ですから、ここは元執行者の責任者である私が、責任を持って始末します」
その言葉を聞いた双葉は、とても中学生とは思えない、睨むような視線でエレナを見つめる。
考えてみれば、二人はかつて敵対関係。現在は勝者と敗者の関係。双葉は揺りかごを纏め、兄である一さえも駒として利用し、勝利した女傑であり、エレナはその軍略を前に破れた敗者。
その敗者の残党が街を壊して回っているので在れば、取れる範囲の責任を取るのが敗者の勤め。エレナはそう思い双葉に頭を下げる。
「顔を上げなさい」
とても思春期の複雑な心を持つ中学生の物とは思えない、重くて冷たい声音。一と和奈が原作で何度も見てきた、司令官としての冷徹さ。
「貴女一人に全てを任せるつもりはないわ。ただ潮賀 歩実が油断している所を狙撃してくれればいい。後片づけはこっちでやるから、失敗するんじゃないわよ」
「はい」
それだけ言うと、エレナは準備に掛かる為に艦橋を後にする。
残された修助と真琴と圭一郎は、ただ呆然とその背中を見送るしか出来なかった。
・・・
繁華街の路地裏。そこは歩実が最も慣れ親しんだ取引場所。
「今日も商売繁盛。次仕入れ分のカネと、執行者に渡すカネを分けて……」
制服姿の彼女は、通学鞄に今日の取引で手に入れた現金を詰め込み、上機嫌でスマートフォンを操作し、分け前の分配を計算する。
そうして余った金を自分の懐に入れて、遊ぶ金に使う。下手な学生よりも社会の仕組みを理解している彼女は、そうして他人を踏み台にして生活していたが、決して豪勢に振る舞うような事はしなかった。
羽振りが急によくなると、後ろめたい事をやっているんじゃないかと疑うのが人間と言うもの。それを十分に理解している彼女は、友人と遊ぶ時も、まるで居酒屋のバイトで苦労したような振る舞いをして、金遣いにも慎重になる。
そういった努力の積み重ねの末に、現在の資産がある。執行者側に渡す金額は五〇〇万円。かつて世界を危機に陥れた組織である執行者の視点で見ると大した金額には思えないが、これを一ヶ月という非常に短い期間で集めたという実績があれば、間違いなく執行者は自分を一目置くだろうと、歩実は考えていた。
加えて彼女にはマネーロンダリングの知識もある。覚せい剤等の違法なやり口で稼いだ金の出所を解らなくする知識に長けている人材は、喉から手が出るほど欲しいはずだ。そう睨んで歩実は寝る間も惜しんで勉強したのだ。
では何故彼女はそこまでの才能を持ちながら、落ちぶれた執行者にこだわるのか。答えは簡単である。落ち目の組織こそ、稼ぐのに最適な環境は無いからだ。
在る程度成長し、安定している企業や組織であれば、歩実のような存在は逆に反社会勢力として忌み嫌われていただろう。逆にやりくりするので手一杯の組織であれば、自分のような人間は盲目的に歓迎される。
一度執行者に誘拐された経験のある彼女は、下手な犯罪組織よりも稼げるのではないかと、執行者について調べる内に思うようになり、ついにその足がかりを掴めたのだ。その証拠に、彼女の許に届いた一通のメールが開かれる。
――一ヶ月以内に五百万用意して、有明の埠頭へ一人で来い。約束をきちんと守れれば、正式に執行者の一員として迎え入れよう。
金の計算を終えて、使っていたアプリを終了させた歩実は、その一通のメールを眺めながら、ついにこの時がやってきたとばかりに胸を躍らせていた。
後は一人で有明の指定された埠頭へ行けば、更に儲かる話が出来る組織に入れる。そこで更に稼いで、後は凍結されないように大人しくしていれば、一生働かずに食っていく事が出来るだろう。
人生は楽しい。特に他人の人生を金に換金した瞬間が最高に幸せだ。そのついでで、自分の気に入らない連中を趣味や人格から否定して傷つけるのもやめられないほど楽しい。
楽しい事だらけの人生を謳歌している。こんなに楽しいとバチが当たるんじゃないかと思う事があるのだが、それでもやめられない。
「マジでいつかバチが当たるんじゃないかなってぐらい、本っとに楽し」
有明へ向かう列車に揺られる歩実は、誰にも聞こえないほどの小さな声でそうこぼしていた。
・・・
「こちらエレナ。本橋さんの指定した場所へ到着」
茜の異能により、これから歩実が向かう場所を特定し、その一キロ先の見晴らしが良い場所を陣取る。メタトロンによるワープ機能を使って狙撃するのに最適な場所にエレナを派遣したのだ。
『了解。取引開始は一〇分後。狙撃は歩実だけで良いわ。混乱している所を他のクルーが殲滅する手はずになっている。皆あなたの狙撃を合図にするように指示してある』
「解ったわ」
エレナは短く応えると、住宅街でも披露した、やけに露出の多い戦闘服姿で準備を進めていた。
周囲を警戒しながら、狙撃に使う専用のライフルを組み立て、構える。スコープではなく専用のゴーグルで狙撃先を見据え、戦闘服の機能の一部である遠望モードと暗視モードを起動し、歩実の到着を待つ。
エレナが今身に纏っている戦闘服は、かつて執行者で彼女専用に開発された代物だ。彼女やその親族のみが扱える異能とは異なる魔術を応用し、様々な状況に対応できるように改良が重ねられてきた。
百歳をゆうに越えていても、まるで二十代のような肌艶を維持し、身体能力も衰えないのは、この戦闘服だったり、この間圭一郎があっさり仕組みを理解して整備した生命維持装置のお陰だ。そしてその生命維持装置が動作する為には、先ほどにも書いた彼女やその親族のみが使える魔術が必要不可欠なのである。
ただの人間である一が相手にならないのは当然、和奈を始めとした異能を持つ少女達を苦しめた、まさに悪役が使うのに相応しいほど強い力が魔術であり、それを自在に使役できるエレナは自身やウェルク以外は下等生物と考える傲りを持つ切っ掛けにもなった力でもある。
(もう無駄に歳を重ねるぐらいしか、使い道がないと思っていた魔術だけど。まさか、家族と家庭を、幼い頃私が守りたかったものの為に使うなんて、とんだ皮肉ね)
引き金を引く指に狂いが生じないよう、深呼吸して精神を集中する。辺りに誰も居らず、閑散とした埠頭で、ひたすら標的が訪れるのを待つ。
『来たよ。現金を渡して、数歩下がって立ち止まるまで様子を見てて』
耳に付けていた無線機に、茜の声が響く。その言葉を合図に、エレナはライフルを構え直し、ゴーグルの機能を頼りに歩実へと照準を合わせる。
現金の入ったと及ぼしき鞄が地面に置かれ、ゆっくりとその鞄から離れ、執行者の構成員が中身を確認する様子を観察する歩実。
(今)
この時、エレナは無意識に記憶を失う前の冷徹な復讐者としての顔を覗かせる。そして彼女は一切の感情を殺して引き金を引いた。
・・・
「この鞄です」
歩実は構成員を刺激しないよう、細心の注意を払いながら、執行者への取り分が詰め込まれた鞄を地面へ置き、ゆっくりと離れる。
これは構成員側からの指示であり、鞄の中身が罠だったり、相手が何か危害を加えてくる可能性を探る為の癖のようなモノだ。
ここで歩実がおかしな真似をすればそのまま殺してしまうし、歩実もそれを理解しているので、借りてきた猫のように、それこそ普段優等生として教師に一目置かれるやり方で振る舞い、構成員の様子をうかがう。
(これで向こうが納得すれば、あたしの人生は安泰……)
数メートル、鞄へ手が届かない位置まで離れて立ち止まり、彼女の心の中で安堵と緊張がせめぎ合う最中にそれは起きた。
「狙撃だ! 鞄を持ってとにかく逃げるぞ!」
歩実の頭部が突然弾け飛んだのを合図に、執行者の構成員達はパニックになり蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
「まさか……揺りかごに筒抜けだったのか!?」
鞄を持った構成員の一人が、突然立ち止まりそうこぼす。そこには、警察も禄に実体を把握していない組織、揺りかごの構成員達が、爆発物以外を一切遮断する防弾ベストを身に纏い、執行者の構成員達を挟み撃ちにする形で突撃してくる。
揺りかごの構成員達は、有無を言わず引き金を引き、その場にいた執行者の構成員全員を射殺した。全員の沈黙を確認すると、双葉の指示により、その遺体を専用の袋へ収納し、トラックへと積んでいった。
その中には、エレナに狙撃され、意識する前に殺された歩実も含まれていた。
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