15・報復の報復・前編
家が焼け落ちたのを見送った後、一家は治安の懸念から空にいた方が安全だという修助の意見により、双葉へ連絡した上で機動要塞メタトロンへ乗艦する。
この要塞のクルーは、ウェルク復活の報せを聞いてから緊張状態の日々で疲弊しており、更にはウェルク率いる執行者とは無関係の人間が、何の前触れもなく行動を起こす世紀末な状態の為、どうしても対応が後手後手になってしまう最悪の状況だった。
それでも最善を尽くしてくれた、再び命を落とす事は避けられたと圭一郎は安堵のため息を吐き、全裸の上に修助のシャツだけだった真琴はメタトロン艦内に宛てがわれた部屋で着替え、エレナは自身の記憶がほんの少しであるが戻りつつある事に恐怖し、その罪悪感で押しつぶされそうになっていた。
「私のせいで……」
「今は自分を責めてもしょうがないよエレナ母さん。記憶が戻ってきたって言ったって、完全なものじゃないし、ここに居るクルーに危害を加えなかった。今はショックが強くて落ち込んでいるだけだ。何か暖かい飲み物を持ってくるよ」
言って修助は席を立つと、カフェテリアのコーヒーマシンからホットココアをマグカップに注ぐ。
(エレナは苦いのが苦手だが、部下にナメられたくないからって、角砂糖たっぷりのコーヒー飲んで強がってたっけ。舌はお子さま寄りだけど、戦いは本物。ホント、原作が終わった後の世界でよかった。これでエレナまで敵だったら、やってらんないよ)
修助はコーヒーマシンとは別のマシンから緑茶をマグカップに注ぐ。丑三つ時に備えてカフェインを摂取しようと考えてから、ふと彼は思った。
パソコンは勿論。チャットアプリを開く為のあらゆるハードウェアが、誰かによって放たれたロケットランチャーによって家ごと木っ端微塵にされてしまったのだ。
どうしたものかと考えながら、未だ両肩を抱えて震えているエレナの前にココアの入ったマグカップを置く。
「ほら、一杯飲めばいくらか落ち着く」
「ありがとう……修助」
修助はマグカップをテーブルに置いた後、再び席に着く。
ココアが熱いのか、マグカップを持つ手は少し危なっかしく、飲み方も唇を尖らせて少しずつ吸うように飲んでいる。かつて最強を自負し、強力な異能を持つ少女達が束になってもかすり傷一つつけられないほど強い女幹部とはとても思えない所作に、修助は小さくため息を吐いて緑茶を口にする。
「今晩の丑三つ時、どうするの?」
しばらくの沈黙の後、エレナはか細い声でそう訊ねてくる。いくらか余裕が出てきたのか、遼平の事を気にかけているようだ。
「正直悩んでいる。あのチャットソフトが使えるパソコンとか全部家と一緒にお釈迦になっちまった。俺のスマホもバッテリー切れ。充電しながらなら何とか」
「この要塞から電源は貰えないかしら?」
「うーん。決定権を持ってる責任者の双葉次第なんだけど。今の俺達の置かれている状況って、荒唐無稽も良いところじゃん。それをはいそうですかと信じてくれるか、自信が持てない」
「でもこのままでは、悪い方向に行く。私の記憶も戻って、ここに居る皆を殺して、ウェルクの言いなりになる日々。確かに私の両親を奪った戦争の事は憎んでいる。でもそれを理由に被害者面して何をしても良いという訳ではない」
エレナは思うところがあるようで、どうにかしてウェルクを止めたい様子だった。彼女も遼平を頼る他無い、と言った所だが、遼平を頼らなければならないほど、彼女は追い込まれている訳ではないと思ってしまうのは、修助の悪い癖だ。
「それが嫌だと抵抗できるなら、悪い方向へは行かないさ。解った、双葉に掛け合ってみる」
言って修助はぐいっと、残った緑茶を一気に飲み干し、マグカップを返却口へと置いていく。
「修助」
「どうした?」
双葉の居る艦橋へ向かおうとした時、エレナに呼び止められる。
「私もついて行って良いかしら? 私一人置いて、修助が怒られている所を見たくないし、私からも頼んでみる。私も、あなたのお兄さんを知らない訳じゃないし」
修助はそこまで聞いて、右手を顎に添えて考える。
そんな大げさな所作をしてみたが、回答を出すまで、それほど時間は掛からなかった。
「解った。一緒に行こう。今頃父さんと母さ……いや、真琴も、これからどうするのか、拾ってくれた双葉に相談したいだろうし」
「ありがとう」
エレナはだいぶ落ち着いたのか、震えている様子は無く、ココアも飲み終えてマグカップを返却口へと置いていく。
「それじゃ、行こうか」
「ええ」
修助はそう言うと、エレナの手を優しく握り、二人並んで廊下を歩き、艦橋を目指す。
このまま突き放すのは、どうしても出来なかった。原作では、主人公である一に対し敵対を続け、その一がウェルクと最終決戦に臨んでいる際は、他のヒロイン達を相手にたった一人で戦っていた。その一部始終を読んでいた身としては、本来ならば冷たく突き放したくなるのだが、今はまるで別人。寧ろ記憶が戻る事を極端に恐れている節さえある。
そんなエレナを、一やその他のヒロイン達と敵対していたからといって突き放すのは、根が優しい修助の良心が痛む。それほどまでエレナは変わり果ててしまっているのだ。
借りたスリッパの音だけが鳴り響くメタトロンの廊下。修助は設定資料集から得た記憶を基に、艦橋を目指す。
艦橋にたどり着くと、クルーは棗一家襲撃事件の対応だけでなく、他の異能持ちの少女にも似たような襲撃事件が相次いでおり、その対応に追われていた。
これでは、丑三つ時にバッテリー充電用の電力を貰えるかを訊ねるなんて到底出来ない。半ば諦めていた所に、双葉の側に立っていた女性が二人に気づく。
「おや、今はお取り込み中ってうわぁ! エレナ・メイナス!」
振り向きざま、銀色のショートボブを揺らし、かけている丸縁メガネがズレるほど大げさに驚く女性。修助はその顔を見てその女性と同じような反応をする。
「あ、あなたは本橋 茜先生!?」
「二人とも落ち着きなさい。修助、状況を説明するけど、ついてこれるかしら?」
「それは平気だけど……本橋先生が居るって事は、ウェルクの動きを探ってるのか?」
「当たり。ウェルクは前に茜を軟禁してたけど、その時茜が機転を利かせてくれたお陰で動きが解るの。今一番理解出来ないのは、街を破壊して回ってる連中ね。修助の家もやられたでしょ? ウェルクがこの一件に関わっていないのが、茜の異能で解ったけど、それだけしか解らなくて、今は被害に遭った人々の救助に手一杯よ」
双葉がいらついた様子でコンソールを叩く。街をモニタリングしている映像からは、過去に執行者の魔の手から逃れ、元の日常に戻れた異能持ちの少女やその家族が、一達によって救助され、更に揺りかごの機動隊までも出動して事態の収束に向けて行動を起こしている姿がリアルタイムで流れている。
「双葉ちゃん、私達にも何か出来る事は無いかしら?」
その惨状を目の当たりにして、我慢が出来なくなってしまったのか、エレナは自分に出来る事が無いかを双葉に訊ねる。
今は丑三つ時に、遼平との会話をしている場合ではないほど、事態は悪い方向へ進んでいるのだ。
「貴方達を現場へ派遣する事は出来るわ。正直人手が足りなくて、願ったり叶ったりだけど……」
双葉は少し迷う素振りを見せる。なぜならエレナはともかく、その家族の圭一郎や真琴までも巻き込むかもしれない事に慎重になっているからだ。
「あら双葉。その心配は無用よ。寧ろこちとら家を吹っ飛ばされてムシャクシャしていた所だし」
修助が居る扉とは反対方向から、真琴と圭一郎が顔を出す。真琴は予備の衣類としてメタトロンのクルーと同じ制服を着ている。全裸よりマシではあるが、サイズが合っていないようで、すこしだぼついている。
「だから真琴は現場に派遣できないって言っているでしょ。この惨状をウェルクが観察していたら、対策されて誘拐されてしまうのよ」
「その責任は、親である私が取ります。今は一刻を争う事態。私が真琴を連れて、これ以上被害が拡大する前に収束させます」
まだ真琴を出撃させる事に抵抗のある双葉に反論したのはエレナだった。言葉を鵜呑みにさせてそのまま真琴を拉致という可能性も否定できなかったが、記憶が戻る事に恐怖したり、この惨状を引き起こしたのも自分の責任だと、行きすぎた自責の念に囚われている彼女がそのような裏切り行為を行うのも考えにくい。
「解ったわ。ただし条件がある。茜が書いた命令に従う事。それが出来なければ、出撃の許可は出来ないわ」
茜の異能。それは自身が書いた紙に触れた相手の記憶を読んだり、紙に書いた命令に従わせる異能。
それに従う事を躊躇い無く受け入れたエレナは、早速茜の書いた紙を受け取り、内容を読む。
「私は何時如何なる時も、双葉様に服従し、ウェルクの許へは戻らない」
変な誤解を招きそうな命令をすらすらと読み、エレナはその紙を大事に折ってポケットへしまった。
「うん。彼女が変な気を起こす事は無いようだ。双葉ちゃん、最新鋭の装備を回せるかな?」
茜はエレナの記憶を読むと、裏切りの可能性が無いとわかり、最高機密であろう武装の使用許可を平然と求める。
「街を走り回っているのはただのチンピラでしょう。彼女には使い慣れた装備で十分。これを期に真琴にも何故自分がウェルクに狙われているか、自覚させる意味を込めて、この騒動の鎮圧に当たってもらえるかしら」
「それは当然引き受けるわよ。でも装備って何?」
「ごめん真琴、今それを悠長に説明している暇は無いの。代わりにエレナに説明して貰って」
「解ったわ。とりあえず一暴れする事は許してくれるのね。ありがとう」
出撃許可を貰った真琴の頭には血管が浮かんでぴくぴくと動いていた。どうやら家を吹き飛ばされた事が相当頭にきているようだ。
(ウチを壊した連中。五体満足じゃ死ねないな……可哀想なんて微塵も思わないが)
母を本格的に怒らせてしまった哀れなチンピラ達がぐちゃぐちゃになる姿を想像してか、修助はその静かな怒りに寒気を覚えていた。
・・・
「このすらすたぁって言うの? ぜんぜん言う事聞いてくれない!」
ライトノベル特有の、女性キャラにだけ何故かやたら露出が多く、多彩なメカを装備した戦闘服を纏う真琴が文句を言う。
ふらふらと今にも墜落しそうなほど危なっかしい飛び方を見て、エレナはもっと出力を抑えてバランスを取るように注意する。
だがこればっかりは慣れしかない。産まれたばかりの赤ん坊が、いきなり百メートル走で世界記録を出す事が出来ないように、真琴もまた、こういった兵器を触るのは初めてだからだ。
今まで武器に頼らず、素手で逆らう者を返り討ちにしてきた為、銃や剣が内蔵された戦闘服にも戸惑いの色が隠せない。いざ戦闘になったら、真琴は素手で何とかしようとするだろう。
「真琴。そろそろ犯人達の車二台が見えるわ。揺りかごのクルーの援護を」
「簡単に言ってくれるわね!」
エレナは逃亡を図ろうとする車両を視認すると、一気に降下して右手に構えた戦闘服内蔵の銃でいきなり射撃を行い、命中させる。
バランスを崩した車両は、もう一台の車両を巻き込み転倒。さらに揺りかごの車両まで巻き込む多重事故を引き起こす。
「やるわね。味方まで巻き込んで」
「こんな狭い道で足止めするなら、これしかないと思っただけよ」
真琴は皮肉半分でエレナを賞賛すると、彼女の真似をするようにゆっくりと地面へと降下する。
「貴方達、抵抗したらどうなるか、解っているわよね?」
エレナは犯人達に銃口を向けながら、両手を使えないように脅迫する。
しかしこういう時に限ってバカは居るもので、家を吹き飛ばしたロケットランチャーをあろう事かエレナへ向けてきたのだ。
「そんなの知ったことじゃねぇや! 吹き飛べ!」
犯人の一人である男は自信満々に言うと、ロケットランチャーの引き金を引き始める。
それと同時に、エレナは弾頭に向けて一発撃っていた。
想像を絶する大爆発。いくら双葉から犯人を生け捕りにしろと命令が下っていないとはいえ、住宅街のど真ん中で放たれたロケット弾頭を銃で撃ち抜くという、神経を疑うような行動に、監視していたクルー達や双葉は開いた口が塞がらなかった。
しかし爆発に巻き込まれたはずのエレナと真琴、それに揺りかごのクルー達は無傷。そのトリックは修助が原作で散々見てきた、意地悪としか思えない魔術障壁によって守られていたからだ。
「今全てを説明するのは賢明ではないけれど、真琴にはこれらの武器の使い方を嫌でも覚えて貰うわ。二度と家を、圭一郎さんを危険に晒さない為にもね」
「え、ええ……」
先ほどまで恐怖とパニックで震えていた大人とは思えないほど冷徹な声音に、さすがの真琴も及び腰になっていた。
ドスで刺されそうになったり、拳銃に撃たれた経験はあれど、爆発を完全に無力化する瞬間を経験した事が無かったからだ。
「こちらエレナ。犯人の死亡を確認。他に標的が居ないかを確認する」
震え声で返事をする真琴には目もくれず、耳に付けられた小型の無線機でメタトロン艦橋にいる双葉に報告する。
『殺したらそいつ等の目的が解らないでしょう!』
「吐かせる方法があるから殺したのよ」
そう言ってエレナは燃えさかる現場の中を歩き、転がっている一人の男性の遺体に、茜の書いた紙を触らせる。
「茜さん。この男の記憶を見ることは出来る?」
『出来たよ。でも変だ。こいつら、金で雇われて、武器まで貰っているのに、それを与えた奴の記憶だけごっそり抜けてる』
「つまり、こいつらは異能の被害者ということ?」
『そうね。記憶の抜け方も、潮賀を脱走させた警察官とそっくり。こんなあっさり犯人が分かっちゃうなんて、やっぱ所詮子供ね』
あきれたような茜の声が無線機のスピーカーから響く。それから真琴と訓練を名目に周辺を警戒したが、それ以上の事は起こらず、住居を破壊され途方に暮れていた被害者達の事は揺りかごのクルーに任せ、エレナと真琴は帰投する。
メタトロンの艦橋に戻った直後の真琴は、それまでのエレナの見方が変わったのか、借りてきた猫のように大人しくなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます