21・遼平の隠し事

「今日は切り上げるしかなさそうね。寧ろ、一日で見つかるなんて都合の良い話があったら、逆に疑うし」


 真琴はそろそろ夕飯の時間が近づいているのを見て、双葉にそう伝える。双葉も似たような事を考えていたようで、昨日の今日であっさり見つかったらそれはそれで怪しく思うと、真琴に同意していた。


「そうね。それよりも大丈夫なの? 真琴の今夜の夕飯、エレナが作っているんでしょ?」


「それは大丈夫よ。アタシがみっちり料理のイロハを叩き込んだんだから、あのスカポンタン」


「一応法律上ではアンタの母親なんだから、そういう言い方はやめなさい」


「反抗期って事で一つ」


「よくないわよ!」


 未だ圭一郎を巡って醜い争いをしているのを、今の会話で察した双葉は、真琴のそんなボケに勢いよく突っ込む。


「それよりも、双葉もお兄さんの許へ帰らないの? 心配しているんじゃない?」


「わ、私は大丈夫よ! 寧ろここに居ないと、また何が起こるか分かったもんじゃないんだから」


「そう……一君と和奈ちゃんの幸せを守るのも良い事だけど、妹として甘えられる内は甘えておくものよ」


 忠告するように言われたその真琴の言葉に、双葉は顔を真っ赤にして俯く。原作を読んでいなくとも、こうして会話するだけでボロが出てくるので、双葉は真琴に対して恐怖心を抱いていた。


 隠し事が出来ない、と。そしてブラコンである事もバレている。


 別に恥ずかしい事じゃないし、兄妹仲良いのは素敵な事じゃないと真琴に誉められた事もあったが、それは親世代が言う言葉であって、同年代が言うとただの冷やかしにか聞こえないのである。


「あら、アタシ変な事言ったかしら?」


 そうとも気づかず、真琴は首を傾げる。真琴としては至極真っ当な事を言ったつもりだが、心が成熟していない双葉にとってみれば、真琴の言葉に甘えようか、司令官としての責任を全うするかの間で揺れ動いている。


「指令。たまには我々をもっと頼ってもいいんですよ。ここの所まともに家に帰って無いじゃないですか」


 そう言い出したのはメタトロンのクルーだった。真琴は人の名前を覚えるのが苦手な節があるので、誰がそれを言ったのか分からなかったが、心の中でナイスだと親指を立てる。


「そ、そう……それじゃ、一旦帰るから。また丑三つ時に」


「この設備をまた使って良いの?」


 丑三つ時にこのメタトロンに戻ると告げた双葉に、真琴は訊ねる。


「ええ。平行して、遼平さんの話を聞ければ、何か糸口が見つかるんじゃないかって思ってね」


「わかった。恩に着るわ」


「真琴と深く関わっている人だもの。無視できないわ。真琴も早いところ家へ帰って丑三つ時に備えておきなさい」


「はーい」


 真琴と深く関わっている人。そう聞いて真琴はそれ所じゃないんだけどと思ったが、あえて口に出さず、素直に返事をして艦橋を後にする。


「深く関わっている人ねぇ。まぁこのナリじゃ、母親って言っても説得力ないか」


 真琴は廊下を歩きながら、自分の今の容姿を自嘲する。


 中学生の平均より少し小さい身長。


 日本人とはかけ離れた、ロングに流したプラチナブロンドヘアー。


 前世では色々あって堅かった拳も、今は柔肌で、またコツコツと修行しなければ、自慢の空手を振るった際に怪我をしてしまう。


 転生した幼い身体に、成熟しきった心がついてこれないのだ。彼女はどうしたものかと考えたが、結局圭一郎から教えてもらった借家に到着するまで、考えが纏まる事は無かった。


・・・


 一旦借家に戻ってエレナの作った夕食を家族で囲んだ後、各丑三つ時の一〇分前まで休息を取り、再びメタトロンに拾われ、現在はメインモニターで修助が使っているチャットソフトの画面が映し出されている艦橋へとやってきた。


 修助は昼間に起きた事を説明する為に、頭の中で言葉を整理するが、上手く話せるか自信が無かった。だがそんな事は言ってられないと自分に喝を入れている間に、いよいよ丑三つ時の時間がやってくる。


 コール音もしない内に遼平の顔が画面いっぱいに映し出される、一秒たりとも無駄には出来ないのだ。


「兄貴!」


『修助、父さん、母さん!』


 毎日行われているつかの間の再会。真面目な話も他愛のない話も沢山したいが、三〇分という制限時間がそれを妨げる。


 だから修助は、いきなり本題に入る事にした。


「兄貴。確か宗佐の奴は、自分が通ってる女の子の名前とスリーサイズは全部覚えているんだよな?」


 いきなりなんて事を、と顔を赤らめる真琴だったが、修助の顔がまじめだったので、口を挟みたいのをじっとこらえる。圭一郎もいたたまれない気持ちで修助の事を見つめている。


「俺今日、歩道橋から落とされた女の子助けてさ、救急車で運ばれる際にその子が俺と同じ学校に通っているのに知らない子だったんだ。その子の名前は”北沢 雪江”って言うんだけど、兄貴、何か心当たりはあるか?」


 すがるような修助の言葉に、僅かながら動揺する遼平だったが、すぐにいつもの冷静さを取り戻し、まっすぐに修助を見つめる。


『確証は持てないが、昔の知り合いの名前と同じだ。漢字は?』


「ちょっと待ってくれ。キーボードで打つから」


 そう言って修助は双葉が退いて空いたキーボードに、自分が確かに確認したその名前を入力する。


 その名前を見た遼平は、そんな偶然、とこぼしながらも、話を続けた。


『間違いない。昔の知り合いの名前だ。でも、名前が一緒なだけかもしれない』


 何故か遼平の歯切れが悪い。修助は兄が何か隠していているか、話したくても確証が持てず、話すことが出来ないのかもしれないと踏むと、それを引き出す為にどうすればいいのか、まずそこから訊ねることにした。


「それじゃ、俺はどうすればいい? その子に近づいて、証拠でもつかめばいいのか? その子は親が居ないんだ。救急隊員がその子の家に連絡しても、誰も居ないって言ってて……」


『それしか無いだろうな。修助、頼む。その子に寄り添ってやってくれ。優しいお前なら出来るはずだ』


「あ、あぁ。俺に出来る事なら、何だってやってみるよ」


 寄り添ってやってくれ。妙に引っかかる言い方だが、他に引き出し方が分からない以上、引き下がるしか無かった。


 次に双葉が聞きたい事があると、引き下がった修助の後をつなぐように話す。


「遼平さん、あなたは私達が暮らしているこの”世界”を描いてくれたのよね? ウェルクに関する情報を、どんなに小さい事でもいいから教えて欲しいの」


『ウェルクの事か……申し訳ないけど、俺は作者として書いたウェルク以上の情報を持ち合わせていない。君達が持っている情報がウェルクの全てだ』


「私達でも探してみたんです。ですが……手がかりは全く掴めなくて。遼平さんなら、何か手がかりを持っているかもしれないと思い、訊ねてみました。勝手な事を言って申し訳ありません」


『こちらこそ、渡せる情報が何もなくて申し訳ない。俺の中の記憶や設定では、ウェルクは一に倒され、エレナはそれが原因で記憶を失った。そこから先の蛇足に付いては、残念だが……』


「ありがとうございます。それが聞けただけでも収穫です」


『本当にすまない』


 遼平は力になれない事を本気で悔やんでいる様子で、画面を見つめる。その拳は少しふるえていた。


 せっかく円満に終わって、それぞれの明るい未来が始まりだしたのに、自分の知らない所で、勝手に蛇足が始まっている。その怒りが、表情こそ隠していても、ふるえる拳で見抜かれてしまうものだ。


「遼平、大丈夫よ。お母さん達で何とかするから。アンタは変わらないね。昔っからそうやって一人で抱え込んでさ。修助が聞いた雪江ちゃんの事も、何か隠しているの?」


 怒りにふるえる遼平を諭すように言った真琴の一言に、一瞬肩がぴくりと動いたが、それ以上を喋ろうとはしなかった。


(これは脈ありね。でも、自分から話すにはやっぱりきっかけが要るみたい。昔からそう。遼平は隠し事をすると、自分から口を割るまでに時間がかかる頑固な子だったもの。今回は修助をアテにするしかなさそうね)


 真琴は遼平の反応を見て、修助に託す事に決めた。自分が痛い思いをして産んだ子供だから、何でも分かっているという傲りは無いが、何かを成し遂げてくれるという信頼はあった。


 実際、遼平は世界で名前が知られるようになるほどのライトノベル作家になった訳だし、転生したこの世界でも、修助にはきっと役割が与えられているはず。その役割を全うすれば、きっと遼平は話してくれる。


 今はそう信じて、真琴は見守る事に決めたのだった。



・・・


 今後修助のやるべき事を話た後、双葉達に修助達一家の事を紹介する流れであれこれ話している内に、あっという間に三〇分が過ぎてしまった。


「やっぱ短すぎるわね、三〇分」


 メタトロンを後にして、借家の和室を寝室にすると決めた一家は、プライベート空間が持てないのを理由に川の字になって寝ることになった。


 修助、真琴、圭一郎、エレナの並びで各敷かれた布団に仰向けになると、真琴は転生してから口癖のように三〇分は短いと言い続けた。


「あなた達の絆は、私が入れないほど深いものなのね。三〇分が短く感じるほどには」


「あったりまえよ! いくら遼平が産んだ人物だからって、余所者のアンタが入る余地なんて無いんだから」


「母さんステイステイ、言い過ぎだって!」


「ははっ、前世も賑やかで幸せだったが、今生も悪くはないな。これで遼平が居てくれれば、もう何も言う事は無いんだがな」


 エレナに対してキツく当たる真琴に、それを宥める修助。そしてそれを微笑ましく見守る圭一郎。この一家の日常の一部だ。


「さ、今日はもう遅い。あまり騒ぐとご近所さんに迷惑をかける。だからもう寝よう」


「はーい。おやすみなさい。あ・な・た」


「こら真琴、修助とエレナさんが見ている前だぞ」


 人目も気にせずいちゃつき始めるこの夫婦。特別な事情がなければ、見ていて微笑ましく感じるか、いたたまれない気持ちになるかは人それぞれだろう。


 だが、彼らは一度死んだ身。二度と会えないという恐怖を味わっている。だから真琴はその現実を少しでも忘れたくて圭一郎に甘え、彼も妻を失いたくないという願望からか、口では注意しつつも、その語気に強さを感じない。


(円満なのは良い事だが、エレナ母さんがこれを見てどう思うか……って、寝るの早っ。やっぱ丑三つ時に活動するのは年齢的にキツいか)


 修助は眠る直前、いちゃつく両親の奥で横になるエレナの様子を伺うと、仰向けになり、誰よりも早く熟睡していた。寝相が良いのか、呼吸の為に胸が上下に動く以外に動く気配が無い。


(こりゃ布団で暖めあってる俺の両親が見えてないな。俺も寝るか、雪江ちゃん……はさすがに距離が近すぎるか。まずは北沢さんって呼ぶところ。それと、お見舞いするぐらいにはお近づきになりたいな)


 修助は明日も学校が休校である事を利用して、雪江が入院している病院へ足を運ぼうかと考えていた。実際あの現場で助けたのは自分だし、両親が居ないのであれば、本人が嫌がらなければ見舞いぐらいはしたって良いはずだ。


 彼はそう自分に言い聞かせていく内に、眠気がゆっくりと忍び寄り、布団の温もりと共に夢の世界へと旅立っていった。 

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