20・新たな出会い

 丑三つ時から三〇分が経ち、遼平との通信が切れた艦橋に木霊するのは、一に対するエレナの懇願だった。


 身内の過ちは身内でカタをつけたいが、まともにやり合っても馬鹿を見るだけ。そうエレナは戻ってくる記憶の中で感じ取るも、どれもこれもが中途半端で、完全にウェルクを消す方法は一度彼を殺した事のある一しか頼るアテが無かったのだ。


「エレナ……」


 その懇願を聞いた一は、その瞬間を思い出そうと記憶を辿る。すぐ近くでは原作での一の活躍や結末を知っている修助が、どうエレナに補足しようかを悩んでいた。


(確かあの時、茜先生の異能によって、登場するヒロインの異能を全て使える状態にあったんだ。当てられる攻撃を当てるだけ当てて、再生が追いつかなくなった所を更に追撃して終わらせた。所謂ゴリ押しだよね。ウェルクはエレナ同様魔術を用いた自動再生で、深手を負っても秒で元通りになるけど、それを越える早さと威力の攻撃を受け続けた結果、魔術を使うのに必要な処理装置バイブルが限界を超えて破損。普通の人間となったウェルクは、一の最後の一撃を受けて蒸発した)


 本来なら今修助が思っていた事を言うのが一の役割なのだが、原作内では頭が真っ白で何も考えずひたすらに攻撃を行っていたのだから、どう具体的に説明しようかを悩んでいるようだった。


 修助が助け船を出してもよかったが、そうなると今度は何故修助がウェルクとの戦いを一から全部知っているのかという疑問が発生する。この場でその疑問は無駄な時間を産むだけなので、修助は一がよほど答えに窮するようでなければ、基本的に知らぬ存ぜぬを貫き通すつもりで居た。


 そこへ割ってはいるように、修助と同じように結末を知る茜が代わりに答えた。


「確かにヤったのは一君だけど、厳密にはあたしがやったってのが正しいかな?」


「本橋さん?」


 突然割って入ってきた茜に戸惑うエレナを余所に、茜は説明させて欲しいと強引に話を続けた。


「一君はなーんの能力を持っていない只の人間。そもそも、現状異能に目覚めているのは女性だけで、男性が異能を有している事は全く無いの。あたしという例外があれば話は別だけど」


「まさか……あなた」


「そう。あたしが一君に異能を行使できるよう命令を書き込んで、彼を戦えるようにした。他の異能持ちが一君をアシストする中、一君はウェルク一点狙いで執拗に攻撃し続け、そして死んだ。それだけよ」


「それだけって……彼は処理装置バイブルがある限り傷を修復し続けるのよ! まさか……」


「そのまさか。限界を超えた処理装置バイブルは自壊し、只の人間に戻ってしまったウェルクは、そのまま一君にヤられてしまったというわけ。納得した?」


 説明はした。そんな表情で茜はエレナを見据える。自分も使っている道具が壊れるほど苛烈な攻撃を受け続け、そのまま殺されてしまったウェルクの顛末を聞かされたエレナは、本当にそんなバカ正直な戦法が通じるのか、少し俯いて考える。


「考えるまでもないんじゃない? アンタの持ってるエモノでしつこく殴っていれば、そのうち殺せるって事で、今は納得するしか無いでしょ」


 考えているのを邪魔するように、真琴はエレナにそう声をかける。


 言われてみれば、一は茜からの命令で異能を授かり、苛烈な攻撃を続けた末、倒せないと言われていたウェルクを倒したのだ。続けていれば倒せる。それが分かっただけでも収穫だろうと、エレナをなだめようとする。


「そうね。彼らがそうしてウェルクを倒したというのなら、今度はそれを私がやるだけ」


 困惑の表情から、決意を固めた表情へ変わったエレナ。あとは行方が分からないウェルクの居場所を探すだけ。痕跡を残すような活動をしているクセに、なかなか尻尾が掴めないのがいけ好かないが、今は我慢して探し続けるしかない。


 さっさとウェルク退治と行きたかったが、居場所が分からないのであれば仕方がない。エレナは大人しく諦め、踵を返した時の事だった。


 彼女は突然ふらつき、そのまま倒れる。幸い近くに修助が居たおかげで、彼女を抱き抱える事により大事には至らなかった。どうやら眠気を我慢して茜の話を聞いていたようだ。


「冷静に考えれば、丑三つ時って結構とんでもない時間よね。双葉。アタシの家、吹っ飛ばされちゃったから、この船の部屋か、あるいは双葉の家とかどこか泊めてくれない?」


 時刻はもうすぐ朝の四時を回ろうとしていた。エレナでなくとも、徹夜に慣れていない人間なら、倒れてもおかしくはない。


「そうね……まさか、家をロケットランチャーで吹っ飛ばすチンピラが出てくるなんて、普通思わないし」


 真琴の頼み方があまりにも軽い為、彼女達がどうして泊めて欲しいと頼んだのかを忘れそうになったが、住んでいた家をロケットランチャーで吹っ飛ばされていては、一晩を過ごす場所が無いのは当然だ。


 双葉は一家に、このメタトロンの空き部屋を利用するように言った後、一にその場所を案内するよう指示を出して、艦橋を後にする。


 こうして一家はその日の宿を確保できたのだが、次の日から家が建つまでの間、別の住居へ居住する手続きをする必要が出てきたのだが、それは別の日でもいいやと、疲れから投げやり気味に後回しにした。


・・・


 昨晩のロケットランチャー乱射事件の影響か、学校は臨時休校となり、修助は暇を持て余していた。


 正確には暇では無く、修助自身に出来る事が無いだけだ。役所は昨晩の事件の被害者でごった返しており、圭一郎はエレナを連れて行き、波に揉まれながら手続きを。真琴は双葉とウェルクの追跡に荷担していて、今はメタトロンの艦橋に居る。


「本屋、開いてるかな。この世界のラノベは、どんなのがあるんだか」


 私服の修助はこの期に及んで、本屋でラノベを探そうと、店の中へと入っていく。学生であり、役所で出来そうな手続きは立場上無い彼は今日という日が終わるのをただただ待つだけになってしまったのだ。


 本屋を物色するも、前世とそう大して品ぞろえが変わっていないのが分かると、彼は本屋を後にし、歩道橋で向かいの歩道へ渡ろうとした時の事だった。


「ええっ! ちょっ!」


 歩道橋の階段から、質素な私服のショートボブの少女が身体をあちこち打ち付けながら転落してきたのだ。


 とっさに修助は受け止めようと構えるが、勢いが付いていた為かそのまま一緒になって転落してしまう。


 自分が下敷きになる形で転がり落ちたが、これが逆だと思うと、この少女の命に関わるので肝が冷える。


 一体何事だと思い、顔を上げてみると、歩道橋から顔を出してこちらを見下しながら下品な笑い声をあげている四人の女子達が居た。彼女達は潮賀とつるんでいる遊び仲間で、関わるとろくな事にならないと避けられている女子達だ。


「受け止めてヒーロー気取りかよ。バカじゃん! つまんなくなるからやめろよそういうの」


「そのまま死ねば世話はねーのによ、あははっ」


「ねーこの後カラオケ行こーよ」


「いいよー」


 四人は飽きたのか、そのまま反対側にあるカラオケ屋を目指して歩いていく。


「ったく、どんな環境に居ればあそこまでクズになるんだ?」


 修助は四人にそう毒づきながら、改めて受け止めた少女を見る。


 階段で頭を打ったのか、たんこぶが出来ており、出血もしている。意識は僅かにあるものの、修助が動かそうとすると痛がるので、骨折の疑いがある。


 修助はすぐに救急車を呼び、到着までの間通行人に助けを求めたが、見るからに面倒事に巻き込まれている可哀想な人といった目つきで、次々と人々は通り過ぎていく。


 怒りのボルテージがあがり、ひそひそ話をする中年のおばさま達に鉄パイプを使った知識も免許も要らないユニークな整形手術を施してやりたい気持ちを抑え、助けが期待できないと救急隊員に伝えると、一人で出来る応急手当を到着までやっておいて欲しいと指示を受け、その指示通りに処置を行う。


 通報から一〇分ほどで救急車は到着。少女は病院へ搬送され、修助はついでに警察にも事情を説明する。現在カラオケでお楽しみの四人の女子に水を差す形になるが、やった事が事なので当然その報いは受けてもらう。


 こうして一段落ついた後、彼も腹で彼女を受け止めた事を隊員に伝えると、検査の為にと救急車に同乗する事になった修助は、いくら無敵の人とはいえ心配になってきたので、大人しく少女と同じ病院に搬送されていく。


 その最中、隊員が拾った彼女の生徒手帳が、修助の目に映る。その顔写真と名前は、全く見た事も聞いた事も無いものだった。


(え? 同じ学校に通っているのに、宗佐の記憶に無い女の子だ。名前は……北沢 雪江……)


 兄である遼平が執筆した”アビリティー・ガールズ”の登場人物である宗佐、つまり現在の修助は、学校にいる女子全員の名前とスリーサイズを記憶している。だが、今盗み見した手帳の少女の事は何一つ知らない。


 これは丑三つ時になったら、兄に報告した方が良さそうだ。そうすれば何らかの手がかりがつかめるかもしれない。


 修助はそう思い、彼女の顔を眺める。


 その表情は、骨折の痛みで苦悶の表情を浮かべていた。


・・・


 病院で検査を終えた修助は、何処にも異常がない事を真琴と圭一郎に伝えると、圭一郎から教わった借家の住所を確認し、電車に揺られる事三〇分。以前の家に比べると、一階のみで質素な造りの家へ到着する。


 エレナに以前の家の事について尋ねてみたところ、建ててから一年も経っていなかったとの事で、どうりで綺麗だと修助は思っていた。


 前世の家よりも良い家に、短期間とはいえ住めていたのは、ある意味異世界転生モノのお約束。そんなくだらない事を考えながら、その借家のドアを開ける。


「ただいま」


「お帰りなさい、修助。病院に行けなくてごめんね」


 出てきたのはエレナだった。玄関を開けてすぐにリビングが見え、そこからは圭一郎の姿も確認できた。


 しかしその表情は酷くやつれていた。よほど役所で揉まれて疲れたのだろう。修助としては本屋を物色し、挙げ句一人の少女を助けたとは言え結果的に病院の世話になり、家族に余計な心配をかけてしまった罪悪感を感じる。


「いや、こっちこそ。父さんとエレナ母さんが大変な思いしていたのに、何も手伝えなくて」


「大丈夫だよ修助。言い方は悪いが、お前に出来る事は何も無かったわけだし」


 言って圭一郎は喉が乾いていたのか、グラスに入れられていた麦茶を一気に飲み干した後、再びピッチャーから注ぐ。


「修助。喉が乾いただろ? 手を洗ってうがいしたら、飲むと良い」


「ありがとう、父さん」


 修助は靴を脱ぎ、洗面台の位置を確認すると、すぐに用事を済ませて、圭一郎に注いでもらった麦茶を飲み、一息ついた。


「そういえば父さん、母さんはまだ帰ってこれないの?」


「双葉ちゃんと仕事をしているみたいだ。夕飯までには帰ってくるとは言っていたが……」


 その時間ももうすぐだと、圭一郎は時計を見る。夕食の支度はエレナがやっているようで、真琴の指導の甲斐あってか、てきぱきと手際よく調理を進めている。


「そういえば修助。お前病院へ行ったって言ったよな? 詳しく話を聞かせてくれないか?」


 圭一郎はメガネの位置を直しながら、修助に今日の出来事を尋ねる。


 本屋を出た直後、歩道橋から女の子を落として遊んでいる集団が居て、その子を受け止めた際当たり所が悪かった為、念の為病院で見てもらった事。修助は大火災の中でも普通に呼吸して歩けるぐらい無敵の人なので、無傷ではあったが、女の子の方が深刻で、全身を打撲し、骨折までしている。更に搬送先では親が居ないという事まで聞いたので、修助は最低な行為だと分かった上で、メタトロンを使って今日知ったばかりの”北沢 雪江”という少女についてより詳しく調べる事にした。


 そこまで伝えると、圭一郎は息子の行為に少し顔を歪ませる。そんな不埒な行為を働くように育てた覚えは無いという気持ちと、親が居ないというその雪江の事を不憫に思う気持ちで揺れ動く。


「修助。夕飯を食べたら、その女の子の事について調べるのか?」


「ああ。親が居ないっていうのが、変に引っかかるって言うか、兄貴に相談したい事でもあるし」


「遼平がそんな不憫な登場人物を書いたのかって?」


「そんな所」


 もあるが、本音を言うと、修助好みのボブカットで色々控えめな女の子ともう少しお近づきになりたいという煩悩が、彼を動かしていた。


 後にこの行動が、彼ら家族をおかしな方向へ向かわせてしまう事に、良くある言い回しではあるが誰も気づかなかったのである。

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