24・お見舞いⅢ
もうすぐ雪江の退院が近づくある日。修助は茜に呼ばれ、メタトロンの艦橋に来ていた。
なんだかんだで修助も執行者の邪魔をした身。迂闊に茜の家へ行く訳にも行かないのだ。
そんな彼女が今朝、メタトロンの艦橋で話をしたいとメッセージを送ってきた為、朝食を採った後、まだ病院へお見舞いに行けない時間までの間、修助は茜の待つメタトロンへと足を踏み込んだ。
「本橋先生。おはようございます」
修助は軽い会釈と共に、そう挨拶する。茜も短くおはようと返すと、早速本題に入ろうと、艦橋から談話室へと移動する。
「早速なんだけど、丑三つ時に話した北沢ちゃんの話をしようか」
席に着くなり茜は切り出す。彼女がここまで一人の人間に執着するのは珍しい事で、原作では自身の異能が原因で、一に出会うまでは一歩引いたような態度で他人に接していた。
今でこそ一やその親友達によって、心を開いているものの、信頼を寄せていた飲み仲間の担当編集を執行者に殺された事も相まって、赤の他人に対しては余計に一歩引いた態度を取るようになってしまったのだ。
そんな彼女が、赤の他人であるはずの雪江に興味を示した理由は至ってシンプル。サイン本を触らせたにも関わらず、雪江に関する情報が茜に全く与えられなかったからだ。
茜は一つの可能性として、異能の対象にならない異能を保持している可能性を考えた。まるで泥沼に陥りそうな異能であるが、様々な異能がある以上、全く存在しないというのは考えにくいからだ。
しかし、それが正解かどうかを確かめる術は現状存在しない。だから現在は彼女に最も近い位置に居る修助だけが頼りになっている。
「あたしの異能がダメじゃ、どうにもならない。同じクラスなら、退院して学校が再開した後も、継続的に接してくれないかな?」
「それは勿論やりますよ。けどそれだけではダメな気がするんです。具体的にどうするかはまだ考えてませんが、兄貴に頼まれた以上、きっちりやります」
兄貴に頼まれた。それ以上の心意気を茜は異能を使わずとも感じ取れたが、それが何なのかはあえて深く考えないようにした。
彼だって一人の男子。入院している女の子を甲斐甲斐しく、なんの見返りも無いのに世話をする。もうそれは恋じゃないかと考えたが、あえて忘れることにした。
(なんてーか。わっかりやすいなー修助君。異能を使えないとわかった時は焦ったけど、使うまでもないほどわかりやすいって言うのも考え物だね)
自身の恋心にさえ気づけない修助を見抜いた茜は、見舞いに出かけた彼の背中を眺めながら、若いねぇとため息を吐いた。
・・・
毎日のようにお見舞いに来るものだから、最初こそ警戒していた雪江だったが、段々と彼なら話しても良い事が増えてきた。それだけ緊張が溶け、心が開いてきたのが、修助の一生懸命さでわかる。
出会い方は雪江にとって最悪なものだったが、こうして一緒に居てくれるのはとてもありがたかった。一ヶ月とはいえ、退屈な入院生活に花を添えてくれたのだ。それを”はい、ありがと”だけで終わらせるのは人として終わっている。そう考えた雪江は、自分の親の事を修助に話そうと勇気を振り絞っていた。
「あの、棗君」
花瓶の花を交換していた修助に、雪江は声をかける。
「今日はちょっと大事な話がしたいの。リハビリが順調で、もう少しで退院するし、学校じゃちょっとしにくい話だから……」
古い花をビニール袋へ入れて、きつく閉めた後、修助は一言、ああ、と返事をする。
彼がイスに座ったのを見て、雪江は少しでも緊張を和らげようと深呼吸をする。その後、ゆっくりと口を開いた。
「棗君も薄々感づいていると思うけど。僕の家、親とか親戚とか居ないんだ。ずっと一人でやってきたし、これからも一人なんだろうなって時に、棗君は助けてくれた。僕は何もしてあげられないのに、棗君は一生懸命僕の側に居てくれた。それもほぼ毎日。親が居ない僕にとって、それはとても温かかった。退院して、学校が始まっても、僕と友達で居てくれるかな?」
初めて異性に優しくされて、戸惑いの色を交えながらも、自らの事情を話す。そして最後には友達になってくれと、頬を染めて指を絡め、恥じらいながらの懇願。修助は頭の中が沸騰しそうだったが、なんとか落ち着き払い、それを受け入れる。
「勿論。ただ俺は男だ。もしかしたら友達以上を望む事があるかもしれない」
「それは性別関係なくそうでしょ。今はまだ心の準備が出来ていないから、直ぐには受け入れられないけど、僕はもしかしたら、棗君の優しさに甘えたいのかもしれない」
修助は自分の好意をはぐらかされたような気持ちになったが、彼女はまだ心が未熟な筈だと踏んで、今は彼女の意志を尊重する。
そして話題は、彼女の親について移り変わっていく。
「親が居ないって話は、気を悪くするかもしれないが、救急隊員から聞いた。電話しても親族に繋がらないって。変に思ってはいたが、だからといって土足で踏み込んで良い話題でも無いから、あえて避けてたんだ」
「今なら全部話せるよ。勿論、棗君が聞きたくないなら、黙っている」
「聞かせてくれ。そして力になりたい。偽善者の言ってる言葉に聞こえるかもしれないが、これからも一緒に居たいんだ」
「わかった。じゃあ、話すね」
それまで絡めていた指をほどき、手汗を掛け布団で拭いながら、彼女はゆっくりと親について話す。
「僕が物心ついた時には、親はもう居なかった。あるのはアパートの一室と、両親が残したと思う膨大な貯金。それを切り崩しながら今まで生活してきた。勿論親が居ないから、いろんな手続きで面倒な事があった。けど、大抵は行政窓口に相談して解決できた。解決できていないのは、僕をいじめて歩道橋から突き落とした連中ぐらい。学校に居場所らしい居場所も無かったけど、せめて卒業した後困らないようにいっぱい勉強しなきゃって思って、我慢している」
「そうか。でもその心配はもう無いぞ。なんたって俺が居るからな」
修助は自分でも似合わないと思いながらも、自信満々に胸を叩く。正直顔から火が出るほど恥ずかしかったが、こうでもしないと彼女が学校で孤立してしまうのではないかと危機感を覚えたからだ。
「そうだね。棗君が居る。それだけで良い。それだけで頑張れる。退院後も頼りにしても良い?」
「勿論。そういや一人暮らしだけど、飯はどうしてんだ?」
「レトルトが殆どかな。料理は出来ないかも」
「それなら、俺の妹に頼んでみるか? 今は用事で居ないけど、事情を話せばタダでも喜んでやるぜ」
「棗君妹居たんだ。それじゃ、馴れ馴れしいかもしれないけど、下の名前で呼んだ方が良いかな?」
「呼びやすいように呼んでくれ。まあ名字でもちゃん付けで呼べば間違える事は無いだろう」
言われた雪江はそうだね、と笑う。その笑みは僅かに頬を朱に染めているのが可愛らしく、修助はますますこの笑顔を守りたいと思うようになっていく。
それと同時に、彼女をこんな目に遭わせたあの不良女子グループに対する憎悪がどんどんあふれていく。どうすれば二度と彼女にいじめを働かなくなるか。きちんと片づけなければ”友達として接していたのにそんな風に思われるのは心外だ”と屁理屈をこねられるのが関の山だ。
どの道彼女達も、潮賀と関わりがあり、その恩恵を受けていた筈。その証拠をどこかで手に入れておけば退学に追い込むぐらいは出来るかもしれない。
などと、色々悪い事を考えながら、修助は重くなり過ぎた空気を軽くする為に病室の窓を開けるのだった。
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