転生先は兄貴の描いたラノベ、人間関係が複雑で困ってます。

1・荒んだ兄と繋がった夜

 酒類の瓶や缶が散乱した、月明かりに照らされているリビングにあるソファーに座る一人の男が、決して晴れる事の無い憂鬱を含んだため息を吐いた後、グラスに入ったウィスキーを一気に飲み干す。




 その一杯を最後に、またゴトリ、と空き瓶がフローリングの床へ転がった。ぼんやりとした眼差しで、切り取った二年前の新聞を見つめる。




 それは小さく扱われた、交通事故の記事だった。




”正午過ぎ、歩道に信号無視の乗用車が突っ込み三名死亡。運転手からは基準値を大幅に上回るアルコール量が検出され、過失運転致死傷罪により現行犯逮捕”




「もう二年も経つのか……時間の流れが速く感じるよ。運転手のクズが被告人席で言った反省の無い言葉も、昨日の事のように覚えている」




 男は言いながら、仕事で使っているノートパソコンを開くと、その電源を入れてシステムを立ち上げる。




 彼はなつめ 遼平りょうへい。ライトノベル作家を生業とし、累計一千万冊を超え、翻訳版まで出版され、アニメ化まで漕ぎ着けた末に作品を完結させた作家がする事は一つ。立ち上げたばかりのノートパソコンに、新作のプロットを書く事。




 これを後で担当編集者と相談してすり合わせを行い、実際に商品としての価値が出るかどうかを徹底的に話し合う。その第一段階に入ろうとした時の事、担当編集者とのやり取りにも使っているチャットアプリから突然、両親と共に事故死した弟の修助しゅんすけによるメッセージが届いていたのだ。




 時刻は丑三つ時。怪異現象を真に受けてる奴なら漏らしてしまうかもしれない偶然を、酒に酔っていた彼は笑いながらクリックする。




――『兄貴、返事してくれ』




「ああ、そうだろうよ。そういうスパムとかあるよな。クレカ情報ぶっこ抜いたりとかさ。今日なんてSNSでご家族二周忌おめでとうございます! って煽られるしよ! 良いぜ、もしスパムだったらこれを送った奴の許へ行ってぶっ殺してやる。その為の空き瓶はゴロゴロ転がってるしな!」




 遼平は画面に映されたメッセージを見た後、修助の死後自らの手で消去したそのアカウントにビデオチャットを発信する。




 さぁ相手はどんな部屋に住んでいるのか。アパートか? 戸建てか? そんな事を考えていると、二コールで画面に変化が起こる。




「おい! 今すぐてめぇの家に行くから住所を教えろ!」




 遼平はすっかり荒んだ心で相手に怒鳴りつける。頭に血が上っていて、画面に映っているのがかつて自分が手掛け、完結させたライトノベルのモブキャラが弟の声で喋っている事に気づいていない。




『兄貴! 落ち着いてくれ! 修助だよ!』




「声は弟に、見た目は絵師さんに描いてもらったキャラにそっくりだな! そんな大道芸をしてまで俺に嫌がらせをしたいのか!」




 遼平は売れれば売れるほど、自分のSNSアカウントが勝手に荒れていくのを目の当たりにしてきた。前まではただのみっともない嫉妬だと片付け、行き過ぎた輩には訴訟も起こしたが、今は違う。失った家族を更に侮辱するような行為が、司法による調停を経てもやり場の無い怒りを沸かせる。




 それでも弟を名乗る者は落ち着かせるように声をかけ続ける。その声は相当焦っており、まるで明日地球が滅ぶのかと言わんばかりの焦燥ぶりだった。




 その焦燥ぶりが気に入ったのか、これも新作を面白くする為のアクセントになるだろうと遼平は相手の話に乗っかる事にした。酔いが回りすぎていてやっている事が支離滅裂なのだ。




「良いぜ、お前のその根性気に入ったよ。何でも話してみろ」




『兄貴は……転生物作品についてどう思ってる?』




「定番ジャンルだな。供給過多で新鮮味の無いジャンルだが、まぁそれを言い出したらキリがない。それだけだ」




『そうか……なぁ兄貴、実は俺、父さんと母さんと一緒に兄貴が完結させた作品の世界になぜか転生したんだ』




「それがどうした?」




 興味ないフリをしながら、遼平はキーボードを打ち、現在通話している人物の住所を特定しようとする。




 しかし、いくら頑張っても結果は空振り。それを知らずに、修助を名乗る者は話し続ける。




『丑三つ時から三十分までの間、兄貴と繋がる事が出来るのを最近気づいたんだ。だけど確信が持てないし、兄貴だってこの状況信じてもらえないだろ?』




「ああ。質の悪い悪戯だと思う」




『今父さんと母さんに会わせるよ。と言っても、状況が状況だから、ちんぷんかんぷんだと思うけど』




 修助は言いながら席を離れると、今度は信じられないと叫びたくなる衝動に駆られるような人物が現れた。




「嘘だろ……父さん……と、その顔は母さん!?」




 悪戯でやるには手が込みすぎている。いくら暇でも中傷の為に整形手術をするほど、日本という国は裕福ではない。つまり彼の父母である圭一郎けいいちろう真琴まことがわざわざ顔を出してくれたのだ。




 問題は父親は生前そのままの顔なのですぐに気づいたが、母親が幼すぎるだけでなく、遼平が書いた作品の女幹部と特徴がよく似ているのだ。その部分が気になった遼平はあと五分しか無い丑三つ時の時間を使って質問する。




「母さんどうしたんだ! まるで俺が書いた悪役じゃないか!」




『そうなのよ、よりにもよって圭君が浮気して……』




『違うんだ、車に轢かれて意識を失って、気づいたらこうなっていたんだ! お前への愛は変わらないよ!』




『冗談よ。でもこれぐらいのやり取りしなきゃ、遼平は信じないでしょ?』




 そう、生前の両親は兎に角仲が良く、こうした冗談によるじゃれ合いは彼が幼少期だったころからずっと続いていた。




「おいおいおいマジかよ……こうなったらもう信じるしか……」




 言い終える直前で、丑三つ時を過ぎてしまったのか、画面がブラックアウトする。通信が切れたのだ。




 今画面に表示されているのは、通信が終了した事を伝えるチャットソフトだけ。本当なら感動の再開になるはずだったが、現実はいつもこうだ。




 だが彼はまだ知らない。これから毎日の丑三つ時、三十分間の間だけ家族と会議をして、昼夜問わず訪れる戦いの日々をを送るハメになるという事に……。




・・・




「あ、あら? ちょっと、遼平!」




「母さんダメだ。時間切れだ」




「もう!? 久しぶりに遼平と話せると思ってたのに、やっぱり三十分は短すぎるわ」




 それは遼平との通話が切れた直後。遼平が作り上げ、完結させた世界に死を経て転生した両親と修助は、ようやく兄とやり取りが出来ても、制限時間が短すぎる事に不満を抱いていた。




 特に一番不満を抱いていたのは、転生の影響で身体の小さな中学生にされてしまった母親、真琴だった。自らが産んだ息子と離れるのは遼平が心を荒ませていたように、彼女にとっても辛いという言葉では軽すぎるほどの出来事だ。




「また明日がある。それまでの辛抱だ。今日はもう寝るしか無い」




「でも、圭君あの女と同じ部屋で寝るんでしょ?」




「本音を言ってしまえば、お前と同じベッドで寝たい気分だよ」




 真琴の言うあの女というのは、遼平が完結させた世界で黒幕の女幹部をしていた女性だ。




 現在は黒幕の死を切っ掛けに過去の記憶が消え、圭一郎と結婚し、長男に修助を、長女に真琴を授かり、現在に至っている事になっている。




 非常に複雑な人間関係だ。父親はそのままだが、本来の母親である真琴は妹となり、その妹の母親はよりにもよって記憶を失っているとはいえ黒幕の女幹部なのだ。修助が頭痛を起こすのも無理はない。




 それだけはない。遼平と会話したのは初めてだが、この世界に来たばかりの頃は、作品主人公の悪友としての役割を与えられていたのだ。




 その主人公の名前は四塚よつか はじめ。あらすじを簡単に説明すると、高層ビルが建ち並ぶ現代において、生まれながらに異能を持った少女を誘拐し、非人道的な実験を繰り返す機関の存在を誘拐されたクラスメートが切っ掛けで知った彼は、少女達を救う為に黒幕と敵対する組織と手を組み打ち倒すというものだ。




 その作品に出てくる悪友は、兎に角女に目がなく、学校の女子生徒だけでなく美人な女教師限定だが全てのスリーサイズを知っているというどうしようもないほど陽気な奴だった。そんな奴が突然、陽気とは正反対の性格である修助と入れ替わったのだから、一は心の病院に行くように勧めてきた。




 転生してからの一日目はそれはひどく疲れた。なんでこんな悪友に転生したんだと思いながら、面倒事を起こしたくない修助は大人しく学校生活を送りたいと願うばかりだ。




 一方真琴の方はかなりやんちゃな生活を送っている。初日でいきなり喧嘩騒ぎを起こし、前世では黒帯だった自慢の空手を振るい不良を全員病院送りにしてしまったのだ。




 更に夕飯時、圭一郎が瓶ビールの栓抜きを探していると、妻として一生懸命振舞おうとする女幹部が栓抜きを使って瓶ビールを開栓させようとするが、上手く行かず、業を煮やして真琴が手刀でビール瓶を切ってしまったのだ。




 その時に言った母、真琴の言葉が今だ頭から離れない。




――はい、あなた。今注いであげるからね。




 自分の夫を取るなと言わんばかりの剣呑な雰囲気。その日の夕食の味はあまりおいしくなかったのは言うまでもない。




 こうして理不尽に放り込まれた、終わった後の世界で生活する三人。現在はある壁にぶつかっていた。何度も遼平に連絡を試みたのもこの為だった。




 それは、死亡したはずの黒幕が何らかの形で復活し、再び世界の平和が脅かされているからだ。

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