7・他校の生徒が会いに来た

(うーん。兄貴の書いたキャラに転生したとは言え、真面目に授業を受けるのはどうなんだろう。でも一応学生だしなぁ)


 と、兄である遼平の作品を愛する弟の修助は、作中で書かれた一の親友のふざけた性格とは真反対な事をやっている事に罪悪感を感じながら、スラスラとノートを取り、数学教師の質問にもスマートに答えていく。


 彼を嫌う多くの女子生徒だけでなく、本来なら真面目に授業を受けていない人物である事を良く知っている男子生徒達も皆驚いた視線を向けてくるのを、数学教師は叱責しながら授業を再開させる。


 だがやはりというか、ふざけた性格から急に真面目になった人間の豹変ぶりは、どこか落ち着かないのか、そこらじゅうでひそひそと雑談する声が聞こえてくる。


(アイツ、頭が一周回って更におかしくなったって本当みたいだな)


(休み時間だって、いつもならセクハラしてるはずなのに、あいつ何してた? 花瓶の処分をどうするか先生に話してたぞ)


(それは普通の事だろ。問題なのは、ただでさえ女に手を出さなくなった修助が、あろう事か真面目に授業を受けて、しかも殆どの奴が躓く問題も普通に答えているところだよ)


 声を絞って会話していても、聞こえるものは聞こえる。修助は心の中で彼ら彼女らを哀れみながら、ノートにシャーペンを走らせる。


(そりゃそうだろう。俺はあの変態スリーサイズ記憶魔”宗佐”じゃなくて、いっぺん死んで転生した”棗 修助”なんだから。中身が違うんだよ)


 そうこうしている内にノートを取り終えて暇を持て余していたところ、隣に座っている女子生徒が、数学教師の教え方の下手さに悪戦苦闘している様子でノートを取っていた。教え方が下手なので、教師に質問したところで意味はない。なので殴られるのを覚悟で助け船を出す。


 それほど兄の書いた一の親友”宗佐”は扱いがぞんざいなのだ。


「ほれ、あの無能教師よりは見やすくしたつもりだ」


 言いながら彼は綺麗に纏めたノートを隣の席の女子生徒に見せる。


 初めこそセクハラされるのではないかと恐怖で顔を青くした女子生徒だったが、露骨に解りやすく纏められた内容を見て態度を改め、黒板ではなく修助のノートを見つつ、時々彼に質問もしながら勉学に励んでいた。


(大学はそこそこ良い成績で出たつもりで居る。これぐらいの問題はまぁ……)


 大学での講義の複雑さや、レポートの煩雑さに比べれば、と言った様子で、修助は引き続き隣の女子生徒に数学を教えていく。


 チャイムが鳴る頃には、そのチャイムの音でかき消えるほど小さな声であったが、ありがとう、と礼を言われたのをしっかり聞き取った。


 中身は違えど、身体はやはり”宗佐”であり、女子のあらゆる事は聞き逃さない地獄耳に、今は感謝していた。


・・・


 放課後、修助は心療内科へ行くまでの時間に余裕があると思い、それまでどう過ごそうか悩んでいた。


 まだ対面した事の無い執行者の動きは、揺りかごの観測員によると昨晩の涼歌誘拐未遂事件をきっかけに、大人しくなったとの事。無理に動けばまた失敗するのは誰が見ても解るし、執行者の人員もそこまで間抜けでは無いだろうと告げられる。


 確かに復帰直後で何もかもが無い状態。その状態から、質の悪いゴロツキとはいえ人を使う金を用意して誘拐を計画出来たのは、正直よくそこまで持ち直せたなというのが素直な感想だ。


 執行者が活動を再開している以上、安心して過ごしても大丈夫とも言い切れないが、これといって動きが無いので極端に警戒する必要もない。そんな曖昧な状況に今一達は置かれているのだ。


 だからと言って、大好きな兄の大好きな作品世界を自由に歩き回ろうかと考えるほど心に余裕が無い。何しろ執行者は誘拐した少女に異能があれば、それを量産したクローンに使役出来るよう改良し、異能無しであればそのままクローンの素体や、明らかに倫理観からかけ離れた人体実験の実験台に使うのだ。自由に散歩するのは、再び執行者が壊滅してからでも遅くはないだろうと、修助が考えていた時の事だった。


「あの、一さんの友達ですよね……? 一さんがどちらに居るか、教えていただけますか?」


 背丈は小柄で、着ている制服は自分の学校の物でもなければ、母親である真琴の通っている中学校の物でもない。作中で一が助けた他校の生徒だと修助は一目で見抜いた。


 彼女は一に助けられてからちょくちょくこの学校に訪れていた。他校の生徒がおいそれと遊びに来るものでは無いはずだが、彼女なりの理由がある。


(執行者の誘拐の知らせが、余所へ出回ったのかな? まだ一は帰ってないから、すぐ案内してやるか)


 修助は少し屈み、少女に顔を合わせると、教室へ案内するからまずは事務員からスリッパを借りてくるよう伝える。


 そんな彼女の名前は奥住おくずみ 沙美さみ。ストーリー序盤で学校に通う女子が狙われているというのを読者に理解させる為だけに用意されたようなキャラだ。


 執行者に誘拐されかけて、その瞬間を目撃した一と、偶然居合わせて助太刀した結花によってストーリーが展開される。作中での最初の被害者だ。


 その元被害者が用務員に用事を話すと、ローファーからスリッパへ履き替えて校舎の中へと入っていく。他校から来た為、構造が違うだろうから迷うだろうと考えた修助は、スリッパをパタパタと鳴らしながら歩いてくる少女に道案内をする。


「まだ帰りの支度をしているところだと思う。和奈と仲良くなってるのは知っているか?」


「はい。彼女の幸せは、私の願いでもありますから……」


 沙美はそう言うと、少しうつむく。元々明るい性格ではないが、和奈の事情を知っているとなると、余計心配になるようだ。


 不安がっている彼女を慰めるように、修助は言う。


「その願いは叶い続いているよ。もうそろそろ一の教室だ」


 言って彼は一の居る教室に沙美を案内する。


「おーい一! 余所の学校からお友達が来たぜー!」


 一を呼びながら教室へ入っていく。その後ろを沙美はおそるおそるといった様子で入ってくる。その首には来賓者と書かれた札が提げられていた。


「おお! 沙美か! 元気にしていたか!?」


 一よりも先にその存在に反応したのは和奈だった。なんだかんだで沙美も和奈の人なつこさと優しさ、そして結花にも負けない裏表のない純粋さに惹かれている。和奈の包容を受けた沙美は嬉しそうな笑顔を浮かべる。


「はい、おかげさまで。和奈さんも幸せですか?」


「うむ! 一とこうして同じ道を歩めるようになったのも、沙美や結花達のお陰だ!」


「そうですか。それは嬉しいです」


 和奈は沙美を包容から解放すると、机に載っている鞄を抱え、沙美と一緒に帰るかを提案しようとするが、沙美はまだ会いたい人が居ると言う。


「実は、緑化委員の瞳さんにも挨拶をしてから帰ろうと思っています。ソフィヤさんや他の方は、もう帰られてますよね?」


 放課後という時間は基本的に二通りの過ごし方をする生徒が居る。


 そのまま自宅へ直帰する生徒と、部活動や委員会活動に精を出す生徒だ。緑化委員の渕上ふちがみ ひとみはその一人で、植物を愛する心優しい少女だ。


 その彼女も異能持ちであり、タバコを花壇に捨てて灰皿代わりにしていた歩実とその下っ端を殺そうとして異能を使い、それが原因で執行者に狙われる羽目になるという少女だ。


 性格が優しい者同士ウマが合うのか、沙美は一以外にもこうして定期的に親友である瞳に会いに来る事が多い。


「瞳なら今頃温室に居るんじゃないかな?」


「なら、少し顔を出したいのですが……」


 おずおずと沙美は提案する。恐らく仕事の邪魔になるのではと懸念しているのだ。


「出してやれよ。喜ぶぞ」


 その背中を押すように修助は声を出す。本来なら全女子に嫌われている身であるが、今は雰囲気が違うのを感じ取ったのか、沙美は大人しくその提案を受け入れいた。


「それじゃ、温室に向かうか」


 せっかくなら結花も、と言いたい所だったが、彼女は帰宅部の為、放課後を迎えるや否すぐに学校を去ってしまった。


 こうして修助、一、和奈、沙美の四人で瞳が活動をしている温室へ向かう為に教室を後にした。


・・・


 修助と一が通う学校には、花壇以外にも生徒が憩いの場として過ごせるようにと緑化委員会が管理している温室がある。その植物達の世話を一生懸命行う少女の背中が見える。


「瞳ちゃん!」


 沙美は温室へ入るなり、親友の元へ駆け寄るも、その足取りは少し慎重だ。


 というのも、瞳の異能は植物にまつわるもの。人間と同じように動き、物を持ったり土いじりをするだけでなく、統率の取れた軍隊のようにキビキビと動いていたからだ。それを踏みつぶしてしまわないよう気を使っている。


 沙美のその声に気付いた瞳は、それまで働かせていた植物達に仕事を止めさせて集合の号令をかけると、ビシッと整った整列で温室を訪れた修助達を歓迎する。


「皆さん、お久しぶり……というほど月日は流れていないですよね」


 瞳がそう言うのも、彼女が一の一つ下の後輩であるから、普段顔を合わせることが殆ど無い為である。せいぜい放課後の活動の時に顔を合わせるか、あるいは執行者が襲撃してきて揺りかごに保護された時ぐらいしか顔を合わせない為、自然と久しぶりなんて言葉が出てしまう。


「そうだな。しかしここは相変わらず綺麗な植物で満たされているな!」


 そんな二人の会話をぶった切るような声量を上げながら、和奈は周囲を見渡す。


 その声に反応した、瞳の下に集合している植物達は、まるで敬礼でもするかのように姿勢を正す。


「ふふっ。皆夜宮先輩に褒められて嬉しいみたい」


 瞳は一糸乱れぬ隊列で待機する植物達にそう微笑みかけると、彼女は改めて異能を発動させる為に深呼吸をする。


植物傭兵部隊プラント・カンパニー。皆元の配置に戻って」


 その命令は、先ほどの優しい囁きが嘘みたいな冷たさを伴っていた。命令を受けた植物達は、それぞれ元居た鉢植えや花壇へと戻っていき、やがて動かなくなる。


(渕上 瞳の異能。望む数の植物を、まるで軍隊のように動かすことが出来るもの。今は重労働に従事していたが、かつては歩実がポイ捨てしたタバコを巡って人殺しに使った事もある恐ろしい能力だ)


 その様子を、作品を読んでいた修助はそう振り返る。今はタバコどころかゴミ一つ無い綺麗な温室や花壇だが、かつては歩実達不良グループに荒らされた過去があった。


 教師に相談した事もあったが、元々歩実は優等生で通っており、逆に瞳が他人に悪いレッテルを貼るような生徒として見られるようになってしまった。


 教師が宛にならないなら、自分で何とかするしかない。そう思った瞳は、自身の異能を使役し、それが仇になり執行者に狙われる事になる。現在は一がある程度解決はしてくれたが、タバコという根本的な問題はそのままである。


 その証拠に、瞳の手には六本の吸い殻が握られているのを、沙美は見逃さなかった。


「瞳ちゃん……それ」


「うん。またなの。潮賀先輩達のグループが、ね」


「教師があの体たらくじゃなぁ……」


 一も揺りかご経由で瞳の悩みを解決しようと奔走しようとしたが、結局空振りに終わってしまった。揺りかごクルーは悔しさを滲ませていたが、元々こうなるように普段は優等生として振る舞っている歩実がちょっと演技をしたり、あるいは粘るような駄々のコネ方をすれば何とでもなってしまうのだ。


「あのさ、潮賀のカスをどうにかするのはまだ時間がかかるが、その下っ端共をどうにかするアイデアがあるんだ。良いかな?」


 歩実のクズっぷりに堪忍袋の緒が切れた修助は、そのタバコの持ち主を停学へ追い込むか、あるいは弱みを握る為のアイデアを思いついたように切り出す。せっかく兄が考えた、執行者とは別の悪役、第三勢力である歩実のグループは何とかしなければと生前はよく妄想していたものだった。


 その手には、鉢植えの中に仕込めば気付かれる事無く撮影出来る小型カメラが握られていた。

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