5・現状報告

※遼平視点


 丑三つ時まであと一〇分。遼平はノートパソコンの電源を立ち上げたまま、仏壇へ線香を供え、手を合わせていた。


 殺された三人の家族写真が、仏壇に並んでいる。皆笑顔なのだが、それぞれの性格がよく現れていた。これは昔修助が大学卒業を記念して撮った家族写真を業者に加工してもらって、それを仏壇に置いているものだ。


 圭一郎は年齢相応の落ち着いた微笑みを浮かべており、真琴は逆に五〇代とは思えないほど若々しい笑顔を浮かべ、そして卒業直後の開放感で満たされた修助の笑顔がまた、彼の思い出として深く心に刻み込まれていた。


「今夜も奇跡が起きると良いな」


 ぼそり、と彼は独り言をつぶやくと、立ち上がり、あと五分ほどで丑三つ時を迎える時刻に迫っていた為、ノートパソコンに座って残りの時間をぼんやりと過ごす。


 そのリビングの床は以前の酒の瓶や缶だらけのゴミ部屋から打って変わって、きちんと片づけて綺麗にしたのだ。担当編集からはセルフ・ハンディキャッピングか? と冗談と嫌みの混じった言葉を投げられたが、締め切りは守ってるんだから文句を言うなと返す。彼と担当はそんな言葉で殴りつつも、それを笑ってしまう程には仲が良かった。


 そしてついに、運命の丑三つ時の時間が訪れる。遼平はすぐに修助のアカウントへ通話を試みると、しばらくした後繋がる。どうやら向こうも準備してくれていたみたいだ。


「修助! 父さん! 母さん!」


 本来なら絶対にあり得ない、死者との交流。それがかつて自分の手がけた作品に登場するキャラクターに少し似た姿とはいえ実現しているのだから興奮するのも無理はない。


 二度と会えない、失意から何もかもを忘れ、存在していたという記憶だけが残るだろうと思っていただけに、その感情は嬉しいという言葉では表しきれないほど溢れていた。


『兄貴! 昨日ぶりだな!』


『遼平! 顔が見たかったわ!』


『その様子じゃ、二日酔いの心配は無さそうだな。あの時のお前は、心配になるほど酔っていたからな。これなら今日我々に起きた事を相談するのも、問題無さそうだ』


 画面に映った三人が、三者三様の反応を見せる。だが今は再会を喜んでいる場合では無いと圭一郎が釘を刺す。


『遼平。今日お前の描いた舞台で誘拐事件が起きたが、いつもあんな事をしているのか?』


『父さん。あの時は助けるのに必死で指摘し損ねたけど、兄貴の作品に、あんなチンピラが、しかもウェルクに何もされていないチンピラが出てくる訳ない。だろ? 兄貴』


「ああ、それよりも、起きた誘拐事件の詳細を聞かせて欲しい。俺が作品内で書いた誘拐方法にチンピラを起用した事は一度も無い」


 修助と遼平の言うとおり、遼平の書いた作品で異能を持った少女を誘拐する際は、必ず誘拐して洗脳した異能持ちの少女かそのクローンをけしかける展開がほとんどだったからだ。


 だから、所々忘れていたり、状況が逼迫してパニックになっていると忘れてしまうとはいえ、全巻を読んでいた修助は圭一郎の言葉をすぐさま否定した。そして遼平が続きを促すと、作品の知識と照らし合わせて会話できる修助が代表として話し始める。


『こっちの家族関係を整理する為にDNA鑑定を受けたんだ。その直後に誘拐が発生して、保護組織である”揺りかご”が持つ機動要塞”メタトロン”に頼み込んで乗り込んだ。誘拐されたのは一のクラスメイトである風峰姉妹。兄貴が終わらせた小説の中盤辺りに出てくる、仲の良い姉妹だ』


「ああ、その姉妹は一に想いを寄せていたが、最終的に和奈の想いに負けて身を引く。涼歌の異能は確かに復活したばかりのウェルクならどんな手を使ってでも手に入れたいだろう。誘拐された少女は全て洗脳を解いて元の生活に戻っているはずだ。だからか……チンピラなんか使って誘拐したのは。下手にウェルクの洗脳や手術を受けるよりも、使い捨てが利く方が使いやすいとはいえ使いやすいし」


『成功報酬は五〇〇万。兄貴の言う通り、ウェルクは奴らを使い捨てたよ。きっと実験の素体にもなれなかったんだ。まぁ、その誘拐事件も、父さんの車知識のおかげで助かったけどな』


「使い捨てのチンピラの誘拐じゃ、確かに移動手段は車に限られるか……。ある意味、父さんだから解決出来た事だな。それとDNA鑑定についてはどうなった?」


『今三人分の判定用紙をスキャンしてそっちに送った』


「ありがとう。ん~どらどらぁ」


 遼平は修助から受け取った鑑定書の画像データを確認する。


「何だこれ。確かにエレナのクローンを作って実践投入したが失敗に終わったと書いたはずだし、修助や父さんの結果もめちゃくちゃじゃないか。誰か俺の作品をいじったのか?」


『仮にそうだとしても、それが誰だか……』


「知る事が出来れば苦労しない、か……」


 遼平はため息混じりで謎が迷宮入りしてしまったと落胆する。少なくとも解っているのは、何らかの方法でウェルクが蘇生し、金を用意してチンピラをけしかけた。それぐらいの情報しか手に入らなかったが、修助達の時間が進まなければ、捜査を進展させる事が出来ないのも、歯がゆい事実だった。


 だから遼平は残りの二〇分を家族の為に使う事にした。


「もうこの話は止めにしよう。誘拐事件は解決したし、世界がどうなっているのか調べようもない。どうにもならない事をああだこうだ言い合うよりは、皆と話したい」


『遼平の言うとおりよ。一君と和奈ちゃんのたった二人で終わらせちゃったってのは癪だけど、年寄りが出しゃばる場面でもないし』


「その姿の母さんはとても綺麗で可愛いじゃないか」


『おだてても何もしてやれないわよ。それに身体はこんなでも、心は年寄り、そして遼平と修助の親っていうのは、忘れていないんだから』


『そうだ。いくら状況が変わっても、心までは変わらん。時間が許す限り、また父さんと呼んでくれ』


「父さん……母さん……。そうだな。俺にとっても、誰が何と言おうと、父さんと母さんには変わりないしな」


 それからは遼平の近況を三人に伝える事に残りの時間を費やした。完結して七年ぶりの新作の構想を、担当編集者と打ち合わせをした事。作家業だけでは食っていけないので、普段務めている会社での出来事。


 それらの世間話は、どちらかというと寡黙な遼平は、家族が生きていた頃一度も話さなかった話題だった。ここで遼平は、家族にもっと自分の事を話しておけば良かったと、亡くしてから後悔するのだった。


 その感情、気持ちは、葬式で住職がお経を唱えている時と似たような感情、二年前のあの時と同じ、もっと話しておけば良かったと、過ぎた事をくよくよと後悔していた時と全く変わらなかった。


 やがて時間切れを迎え通話が終わると、彼は頬を叩く。


(何がもう大丈夫だ。担当に向かって、前へ進む為に強がりで言った自分をぶん殴ってやりたい)


 自分で自分を叱りつけるように、彼は心の中で思うと、今度はテキスト編集ソフトを開き、担当に指摘された部分をより読みやすく、より面白くする作業へと戻る。


 全ては自分の新作を楽しみにしているファンの為に。そして出版にこぎ着けたら、次の家族の時間に自慢する為に。彼はその指を夜が更けるまで動かし続けた。

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