4・誘拐事件

 修助は一と和奈に機動要塞”メタトロン”へ乗り込む許可を得ると、気持ちがいくらか落ち着いた真琴と圭一郎、そして監視下に置く名目で息切れを起こしているエレナを連れて乗艦する。


「修助、ここは一体?」


「スーパーコンピューターにジェットエンジン付けて、その上快適に暮らせる乗り物だ。今は誘拐事件が起きたから、それの捜索に必死になってる」


 乗艦と言うよりは、テレポートの形で乗り込んだ事に戸惑いを見せる真琴と圭一郎。修助は二人に解るように説明するが、作者である兄の遼平が設定として描いたこの”メタトロン”を簡潔に説明するのは簡単な事ではない。


 何せ両親共々、アニメやマンガ、ゲームに深入りしなかったからだ。話題になってテレビや新聞等のメディアで取り上げられて初めて作品を知るという体たらくで、世界観の説明をしたところでかえって混乱を招くだけ。ならば、馬鹿にしたような言い方で癪に障るが、これぐらい砕けた説明なら通じるだろうと修助は踏んで今のような例え話を持ち込んだ。


 勿論言っている事自体に嘘偽りは何処にもない。現に”メタトロン”の性能はスーパーコンピューター以上の処理能力を持ち、戦闘、情報収集、静止した人物のテレポートと何でもありな正に要塞の名に恥じぬ性能を誇っている。


 そしてその要塞の総責任者が、腕を組んだまま立ち上がり、やってきた一達を見下ろした。


「来たわね一。って、随分大所帯じゃ……真琴!? アンタも居るの!?」


「それはこっちの台詞よ双葉! アンタこそ、こんなところで何ふんぞり返ってんのさ!」


 DNA鑑定の件で学校で別れた級友が、あろう事か、この”メタトロン”の総責任者を務めているのだ。驚かない方が寧ろ不自然である。


 圭一郎も別に双葉を馬鹿にしているわけではないが、ここまでのカリスマを誇る少女が存在するのかと目が点になっていた。もう何もかもがめちゃくちゃで、着いていく事が出来なくなってしまっている。


 このままでは誘拐事件の解決に大きく遅れを取ってしまう。すぐさま修助は状況を飲み込み、真琴と圭一郎を黙らせる。


「とりあえず二人は少し落ち着いてくれ。双葉ちゃん、一に無理言って乗せてもらって悪かったよ」


「全くだわ。まぁ、エレナは監視下に置きたかったから、丁度良いっちゃ丁度良いけど」


 それはそれとして、と双葉は誘拐された少女を巨大なスクリーンに映し出す。


「仕事に戻るわよ。今回誘拐されたのは風峰かざみね 涼歌りょうか。読心術の異能を持っているわ。双子に涼鳴りょうなが居るけど、現在彼女は口封じの為に命を狙われているわ。涼鳴の異能は涼歌が読んだ情報を受け取ることが出来る事。情報のやり取りは一方通行だから、涼鳴から涼歌へのやり取りは出来ない。それは使い物にならないと”執行者”は思ったようね。上空から警察よりも強い権限を持つ私設部隊を展開して攻撃している」


 双葉はコンソールを操作すると、”メタトロン”のカメラで捉えた涼鳴の姿がスクリーンに映し出された。


 ビルからビルへと飛び移り、やむを得なければ違反駐車している車両めがけて飛び降り、その車両をクッション代わりにする。それを狙っていたように執行者の地上部隊が涼鳴に銃口を向けていた。


「総員、回収の準備を!」


「「「「了解!」」」


 双葉は逃げられなくなった涼鳴が静止しているのをチャンスと捉え、メタトロンの透明化機能を使い透明化させると、回収出来る高さまで降下する。


 突然消える涼鳴の身体、地上部隊は直ぐに上空を見てメタトロンを探す。


「これが双葉の常套手段だ。目標が静止していないと回収と転送が出来ない。だから迷彩で誤魔化して一気に近づき保護する。連中はまだこのメタトロンがどこかにあると思ってそこらじゅうを壊し始めるが、もうここまで離脱出来たなら、手遅れだな」


 修助は起きている状況を冷静に両親に説明する。何もかもが意味不明な中で状況の整理もおぼつかない真琴と圭一郎が呆然としている中、先ほど修助と一達が転送されてきた場所から一人の少女が転送されてくる。


 その少女こそが、先ほど空から襲いかかってくる敵に対しても走って逃げて飛んでと何でもやってきた風峰 涼鳴だった。


 その涼鳴は呼吸を整えず、更に声を荒げて一へすがりつく。


「涼歌ちゃんが! 涼歌ちゃんがさらわれちゃった! 涼鳴も助けを求めて必死で逃げて、でも……」


「安心しろ。必ず助け出すから。だから涼歌からの情報を出来る範囲で双葉に伝えてくれ。涼鳴の異能なら、朝飯前だろ?」


 流れるような一の主人公ムーヴについ見とれてしまった修助だったが、彼に惚れそうになっている場合ではない。何とかして双子の片割れである涼歌を助け出す必要がある。


「うん。涼歌ちゃん、涼歌ちゃん」


 一に言われ、いくらか落ち着いた涼鳴は、深呼吸をした後、異能を発動させる準備を行う。


 彼女は双子ではあるが姉妹のような上下関係は存在せず、名前で呼び合う仲だ。そしてその名前を二回連続で呼ぶ事により、異能が発動する。


 周囲が輝き、風も吹いていないのにふわりと彼女のトレードマークである銀髪が舞う。


 その中で彼女が涼歌から得た情報を口にする。


「車の中に運転手を含めて五人居る。目隠しはされていて、畦宮あぜみや峠を目指している事と、一人一人に報酬で五〇〇万円貰える事しか解らない。犯人が乗っている車はバンタイプの”トランスポート”って車。色は黒で、前に秋葉原で荷物の積み卸しの為に止まっていた所を盗んだ車を使ってる」


 先ほどまで取り乱していたのが嘘のように淡々と状況を説明する。しかしそれだけでは現在何処を逃走経路に使っているのかという情報が不足している。


 解っているのは、現在も移動中で、目的地も決まっている事だけ。双葉やその部下達が必死にコンソールでより詳細な情報を掴もうとあがく中、一人車の名前を聞いて落ち着きを取り戻した男がいた。


 先ほどまで状況についてこれず、混乱していた圭一郎だった。


「涼鳴ちゃんだっけかな? ありがとう、だいぶ絞れたよ」


「絞れそうだって、どう言う事だよ父さん」


 突然の発言に戸惑う修助を宥めるように、理由を説明する。


「実は、この世界で私が務めている自動車保険の会社で、同じ車種の盗難保険が降りたんだ。昼休憩の時に、この世界で出回っている全ての車について、三〇年前まで年式を遡って調べているから直ぐ見分けられる。今使われているのも、犯罪目的で盗まれた奴だ。双葉ちゃん。一つ調べて欲しい事がある」


 圭一郎はまるでベテラン刑事のような落ち着いた調子で、今度は双葉にある頼み事を依頼する。


「深夜帯の東京と、涼歌ちゃんが誘拐された場所周辺のNシステムと防犯カメラを全て調べて欲しい。犯人が犯行に使った車は、れっきとした盗難車。私が伝えるナンバーを照合して、その足取りを掴み先回りする。どうやらこの犯人どもは警察のひき逃げ検挙率が九五パーセントを越えている理由を知らない、世の中を甘く見過ぎている素人のようだ。皆に伝える、ナンバーは東京ナンバー、四〇一、は・三五六三」


 圭一郎は呆れたように言った直後に該当ナンバーを伝えると、クルーの一人がNシステムに引っかかった犯人の車両ナンバーが、犯行現場から峠道へと向かっている事を防犯カメラの映像と共に報告する。


「該当車両ナンバーを発見! 東京四〇一、は・三五六三です! 現在は畦宮峠へ向かう国道を通行しています!」


「ははっ。偶然な事もあるものだ。まさか自分が死ぬ前と同じ地名が存在するとは、畦宮峠は聞いた事が無いがな」


 圭一郎は苦笑いを浮かべると、再び双葉へその場所へ向かう事を進言する。


「そろそろ夜も近い。夜の峠道は基本的に人通りも車が通る事も無い。誘拐した少女を好きにするには絶好の場所だ。そうなる前に保護したい。出来るかな?」


「そんなの、言われるまでもないわ。それにしても、まさか盗難被害に遭った顧客の情報を流すなんて、圭一郎、とんでもない奴ね。Nシステムも、今まで聞いたこと無いシステムだし。新しい技術?」


「技術自体は三〇年ぐらい前から存在しているよ。定点カメラのようなもので、フロントのナンバープレートやドライバーの顔等を記録するんだ。事故や犯罪が起きた際、犯人はどのルートを使ったかを正確に把握する事が出来る。欠点は二輪車、つまりフロントにナンバーが着けられないバイクには通じない事だが……人を誘拐するのにバイクは流石に悪目立ちすぎるだろう。それよりも、Nシステムを新技術と勘違いしている節があるね?」


「う……しょうがないじゃない! 運転免許なんて持っていないんだから!」


 そもそも普段運転している人でも知っているか怪しい技術なのだからと、双葉は開き直る。教習所でもあまり習わないものなのだから、このメタトロンのクルーも、その存在は知らない者の方が圧倒的だった。ましてやそこから収集されたデータを使って犯人の車種とナンバーを顧客情報という漏洩させてはいけないものを使ったとはいえ、一致させるという発想すら無かったのだ。


 ではなぜそういう発想に至らなかったのか、答えは単純。ウェルクが最も隆盛していた時代の誘拐の手口に、証拠が確実に残る自動車は使われなかったからだ。


「ごもっともだ。免許を持っている奴でも、まさか普段からナンバーを控えられているだなんて夢にも思っていないだろう。懐かしいな、パトカーを振り切って良い気になってた若い頃を思い出す」


「圭君! 今は昔話をしている場合じゃないでしょ! か弱い女の子を誘拐するカスをブチのめしに行くのよ!」


 息子のクラスメイトが誘拐されたと聞いてカンカンに怒っている真琴は、指をパキポキ鳴らしながら、自分の出番を待っていた。


 が、彼女の出番は無く、代わりに一と和奈が既に現場へ転送されていた。そして武装している誘拐犯グループの健闘も虚しく、和奈一人で全員ブチのめされ、一は涼歌を保護した事を双葉に伝えた。


 その通信を切った後、双葉は足を組み替えて真琴に伝える。


「真琴、貴女は今とても難しい立場に居るのよ。エレナ・メイナスの遺伝子を持った人造人間というね。それはもうウェルク率いる”執行者”が、喉から手が出るほど欲しがっている人材よ。その実力を無闇に行使すれば、対策されて捕らえられるのがオチ」


「それなら、和奈ちゃんだって捕まるかもしれないでしょ? あれだけの事をしておいて、タダで済むなんて思えないわ」


 真琴は前世でヤクザを一組潰してから、圭一郎と出会い結婚するまでアウトローな生活を強いられていた。その経験が、双葉や一達のしでかした事の重大性を訴える。


 しかし、双葉をそれを歯牙にもかけず、寧ろ信頼しきった様子で二人を評価した。


「和奈もウェルクによって作られた人造人間。つまり貴女と同じ。でも彼女の手の内はバレバレだけど、こっちも指くわえて何もしていない訳では無かった。対策が出来ていない真琴を現場へ派遣するのは、もう少し先の事になりそうね」


「なんだか釈然としないけど、終わっちゃった以上、もうどうにもならないわね。解ったわ」


 真琴は気が抜けたように肩をすくめると、今度は転送されてやってきた三人がやってくる。入れ替わる形で”揺りかご”のクルー達が現場へ転送され、犯人の身柄を拘束したり、盗難に遭った車両を圭一郎が務める保険会社へ一時的に保管する等と通信のやり取りを他のクルーと行う。


「お帰り一。それに和奈。二人とも怪我が無くて良かったわ」


「涼歌ちゃん!」


 双葉のねぎらいの言葉を遮るような大声で、涼鳴は泣きながら涼歌を抱きしめる。


 涼歌もよほど怖かったのか、二人とも泣きながら互いの安心を確認しあっていた。


 その様子を見て、修助は両親にこの組織は普段こういう活動をしていると伝え、更にナンバーの件も偶然ではなく、圭一郎が務めている保険会社が”揺りかご”の傘下企業である事も伝えた。


 しばらく狼狽えた両親だったが、早く立ち直ったのは大黒柱である圭一郎だ。


「そうか。私の経験が役に立ったのは嬉しいと思っていたが、まさか務めている会社がこの組織の傘下企業だったとは……」


「あまり口外するなよ。”執行者”は今し方捕まったクズを金で雇わなければ、存続することもままならない状態。誘拐だけでなく、父さんの務めている会社を襲撃するかもしれない」


「解った。気を付けるようにするよ。だがこれだけは言わせてくれ、車の事で解らない事があれば、遠慮無く頼って良いと真琴の友達に伝えておいてくれ」


 圭一郎は事件が無事解決しただけでなく、盗難車が無事、元の持ち主に戻ってくる事への安堵感から、冗談半分で修助に言う。


 その直後、双葉は総責任者席を降りて、階段を伝い圭一郎の許へ向かってくる。


「ありがとうございます。貴方のおかげで、こちらの想定よりも遙かに安全に被害者を保護する事が出来ました」


 そう言って双葉は頭を下げる。自分の息子よりも年下の少女にそうされる事に不慣れな圭一郎だったが、一社会人として真摯に向き合う為、同じように頭を下げる。


「こちらこそ。今回の件は、このスーパーコンピューターのなせる技故に迅速に対応出来た事。DNA鑑定の件と言い、何か恩返しがしたかっただけです」


「そのDNA鑑定の結果ですが……申し訳ない事をしました」


「何、君達は何も悪くはない。誰も悪くはないんだ。なぁ真琴?」


「ええ、誰も悪くはない。寧ろ現状を整理するのに丁度よかった」


 昼間に雄叫びをあげるほど取り乱していたのが嘘のように、落ち着き払った様子で真琴は双葉の謝罪を受け取る。


 その瞳は、これからこの現状を整理して、きちんと目の前にいる親友に伝えた上で、どう生きていけばいいのか。その迷いで揺れていた。

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