3・突きつけられた現実
「こ、こんなのってっ!」
血の気が完全に引いている修助と真琴と圭一郎の三人。その内の一人である真琴が、たった今受けた説明を受け入れられず、部屋から飛び出す。
ここは異能を持つ少女を誘拐から救ったり保護する目的を持ち、兄である遼平が描いた世界では主人公である四塚 一が所属する事になる組織”揺りかご”の研究施設にあるDNA鑑定室。ここで彼らは圭一郎の提案であるDNA鑑定を受け、それぞれの事情を知ろうと試みたのが今朝の事だった。
学校が終わり、放課後になると、事前に一に話を付けていた修助は、真琴が通っている中学校と丁度分かれ道になる交差点で待ち合わせをし、一に案内されて辿り着いた施設だ。
本来は誘拐が発生した際、警察関係者から受け取った髪の毛等からDNA鑑定を行い、犯人を特定する事等に使われる施設だが、家庭を持ったエレナとなると話は変わるようで、一が事情を説明すると、施設の職員は無条件で鑑定を行うと言い、現在に至っている。
「ちょっと! 母さん!」
「真琴!」
飛び出して行ってしまった真琴を追いかける為、真っ先に走ったのは修助と圭一郎だった。その後ろからは一や、本編では終盤で恋人になった
走って直ぐ階段があるのだが、修助は母がこのまま降りて街へ逃げてしまうのかと恐怖で震えた。しかし彼の予想は良い意味で裏切られ、追いかけている彼女は階段を駆け上がっている。
このまま階段を上り続ければ、この施設の屋上に出る。四階建てのこの建物でそこまでたどり着くのはそんなに時間が掛からなかった。
真琴は屋上へ辿り着くや否、少し進んだところでいきなり立ち止まると、準備運動も無しにいきなり走り出した為に乱れた呼吸を整え、その後大きく深呼吸すると、とても華奢な見た目をした少女の物とは思えない、何とも男臭い雄叫びをあげるのであった。
「ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
・・・
遡る事一時間前、放課後の時間に修助は圭一郎の提案を実行する為に、一へ話しかける。
「一、ちょっと相談したい事があるんだけど」
「ん? 構わないけど、どうした?」
側で帰り支度をしている和奈を待つ一は、変わらぬ態度で修助の次の言葉を待つ。
修助が転生する前だったら、あまり聞く耳を持たなかったかも知れないほどのポジティブ人間が急に豹変してしまったので、一は慎重になっていたのだ。
「確か一が世話になっている組織、DNA鑑定出来るよな? ウチの母親がエレナ・メイナスなのは知ってるだろ?」
その言葉を聞いて、穏やかだった一の眉間に皺が寄る。和奈も宿敵であった為か、剣呑な雰囲気で修助を見つめる。
殺し合いにまで発展したエレナという存在。一と和奈がそうなるのも無理はないと思いつつ、冷静に目的を伝えた。
「シンプルに血がつながっているのか、そうでないのかをハッキリさせたいだけなんだ。そんな物騒な話じゃないだろう?」
「まぁ、物騒ではないけど……良いのか?」
「良いんだ。どうしても知らなきゃならない事だし」
修助はもう一押し、一を押すように言うと、彼は解ったと言ってスマートフォンを取り出す。
「もしもし? 双葉か? 忙しい所悪いんだけど、研究施設の職員に話を通しておいて欲しいんだ。修助の母親がエレナ・メイナスなのは知っているだろう? ああ、彼がDNA鑑定を望んでいる」
双葉というのは、彼の義妹である
今はその無茶な設定のおかげで、と言うよりは修助は始めからこうなる事を見越して一を頼っていたのだ。一の友人の本当の名前は
しばらくすると、通話を終えた一は、鞄を抱え直し、修助に向き直る。
「手筈は整った。確か修助にも妹が居たよな?」
「ああ。後は父さんと母さんもだ。全員の関係を整理したい。訳が解らないと思うが、放って置いたら余計面倒になるだろう?」
「そうだ、何よりあのエレナ・メイナスという女。記憶が無くなったとは言え、また何をしでかすか解らぬ以上、修助やその妹に特別な力があれば、利用しかねない!」
語気を強めて話すのは和奈だった。彼女は世界への復讐をもくろむ黒幕組織”執行者”の手によって作られた人造人間だが、自らの意志で脱走し、揺りかごに力を貸していく課程で一に恋をした少女だ。
天真爛漫で溌剌としているが、黒幕の事になると目の色が変わる。それだけ恨みがあるという事だ。
こうして三人は下校の支度を整えた後、中学校との分かれ道である交差点へと向かい、真琴と双葉の二人と合流して揺りかごの研究施設へと向かうのだった。
・・・
そして五分程で鑑定結果が出た直後の出来事。研究施設の屋上へと走っていった真琴を追いかけた修助達は、叫ぶ真琴の背中を眺める事しか出来なかった。
「何よ誰とも該当無しって! 確かに血は繋がってないから、また圭君と繋がれるけれど! こんな、訳の分からない結果受け入れられる訳無いでしょう! わああああああああっ!」
真琴が屋上へ駆け上がり半狂乱に叫ぶ理由。それは遼平が連載中に書かれた設定の一つに、少女を細胞から作り出すおぞましい計画があった。
誘拐だけでは足らない戦闘力を、その誘拐した少女や、時に作中最強の力を持つエレナの細胞を使って、類を見ない強さを持つ少女を作ろうという計画だった。なぜ少女なのか、そこに突っ込むのはライトノベルというジャンルにおいて野暮というもの。
だが真琴はオタクでも何でもない一般人。少なくとも修助が知っているのは空手を極めた優しい母親であり、この不条理な世界観を受け入れるのは困難である事を見落としていた。
どうしたら良いのか、そう悩んでいる所に圭一郎がそっと、真琴の背中を抱きしめる。
「……圭君」
それまで泣きわめいていたのが嘘のように静かになる真琴。そんな彼女の頭を優しく撫でながら、圭一郎は続ける。
「確かに、真琴の結果は意味が分からないし、私がバツイチという結果も、修助が連れ子だった事も、夢にも思わなかった。だが、こうして家族三人でまた暮らせると考えて、今は受け入れるしか無いんじゃないのか?」
「うん……」
まだどこか納得のいかない真琴だったが、圭一郎も納得がいってない部分がある事を打ち明けられると、大人しく引き下がった。
「街へ逃げられなくて良かった。ここの所、誘拐事件がまた起き始めて、噂ではウェルクの復活も囁かれている」
「ああ、まだ母さんに不審な動きはないけど、何かあったら直ぐ伝えるよ」
一は真琴が誘拐されてしまうのか懸念する中で、修助は直ぐに連絡をするよう約束する。
現状では圭一郎と真琴だけが知らない、オズワルド・ウェルクという名前。彼は自身を被害者と名乗り、世界へ復讐する為に合法非合法問わずあらゆる事に手を伸ばしている。
それが再び暗躍するとなると、エレナが記憶を取り戻す可能性も出てくるし、何より再び世界が滅びの危機へと向かうことになる。それだけはなんとしても避けなければならない。
「ぜぇ……ぜぇ……」
圭一郎の胸で泣く真琴が落ち着くまで待っていると、彼らを追いかけていたはずのエレナが今にも倒れそうなほど息切れを起こしていた。
端から見れば運動不足が準備運動も無しに全力疾走して息切れを起こしているように見えるが、実際はウェルクの開発した道具で長生きしすぎているだけで、見た目が若いのもその道具の影響によるものだ。
この息切れも、道具の損耗を少しでも減らす為に、彼女の身体を助ける機能を少しセーブしているからだ。実年齢は百を越えている老人に、階段ダッシュは酷なものだろう。
それだけ、エレナは圭一郎と真琴が心配でここまで駆け上がってきたのだ。修助は圭一郎と真琴が心配で、エレナにまで気が回らなかった事に罪悪感を感じる。
「大丈夫か? 母さん。今父さんと真琴はちょっと取り乱してるから、少し休もう」
息も絶え絶えで、うなずくと、階段の踊り場まで駆け寄った修助は寄り添うようにエレナを座らせ、その隣へ腰掛ける。
それと同時に、ポケットへ乱暴に突っ込んで皺になっていた鑑定結果の紙を広げる。そこに書かれている、この世界における自分の立ち位置は最悪なものだった。
(何だよ、圭一郎の連れ子って。俺の実の父さんだってのに……それに母さんが二人も居ちゃ紛らわしいから、呼び方変えたいんだけどな……)
修助も表面上は冷静さを装っているが、実際の所は母親が二人いる事に対する混乱が大きかった。家の中では呼び分けたいと思っていたが、果たして受け入れられるか、不安だった。
丁度そう考えている時、一と和奈のスマートフォンに着信が入る。発信者は双葉。作中では匿名性の高いチャットアプリを入れて、関係者だけで通話が出来るようにしてある便利なものだ。
二人はまた誘拐事件が発生したと連絡を受け、機動要塞”メタトロン”で迎えに行くと連絡を寄越してきたのだ。一と和奈はこんな時にと悪態を付き、折角手に入れた平和が脅かされている事に動揺していた。
本来なら関わるべきではない、だがこのまま放っておいていいのか? 修助は少し悩んだ末、通話を終えた二人に無茶を承知で頼み込む。
「一、夜宮さん。俺達家族も”メタトロン”に乗り込んで良いか? 屋上に居る二人には、まだ知って欲しい現実があるんだ」
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