第6話 道三を味方にする戦略

 三郎信長と斎藤道三は、冨田とみだの正徳寺で対面することとなった。道三の娘・濃姫が信長のもとに嫁いできてから、五年目のことである。

 濃姫が輿入こしいれしてきたのには理由わけがある。

 信長の父・信秀が、尾張の織田一門をひきいて西の斎藤道三、東の今川義元と覇を競い、合戦に明け暮れていたのは、すでに述べた。

 その信秀にとって、やはりいちばんの強敵は、駿河の今川である。当時、今川領は百万石に及び、四万前後の動員兵力を誇った。しかも、義元は尾張を攻め取るために、北方甲斐かいの武田晴信はるのぶ(のちの信玄)や東方小田原の北条氏康うじやすと三国同盟を結んでいた。

 美濃の道三にとっても、今川が脅威であるのは同じである。尾張が今川領となろうものならば、緩衝かんしょう地帯がなくなり、美濃も風前の灯火ともしびとなるのだ。

 この両者の利害関係が一致したことにより、秀信と道三は和睦わぼくし、そのあかしとして濃姫と信長の結婚が取りまとめられたのである。いわば政略結婚であったが、これで信秀は道三との戦いを回避でき、今川との対決に全力を注げることになった。

 信秀の死は、その矢先に起きた思いがけぬことであった。

 尾張の虎の死を聞き、道三は急に不安になった。緩衝地帯の尾張を守ってくれるはずの娘聟むこの信長が、噂どおりの大うつけなら困るのだ。尾張は今川に攻め取られ、美濃はたちまち危険にさらされよう。

 道三は信秀の死をきっかけに、信長と会って、大うつけの評判がそのとおりか、否か、自分の目で実際に見定めてみたいと考えた。

 果たして、信長の器量たるや――。

 策略家の道三は、正徳寺の会見の前に、婿がどんな格好で来るのか、冨田の町はずれの小屋に身を隠し、信長の行列を待ちうけた。

 すると、信長が噂どおりのかぶいたなりをして、裸馬の背にゆられて来るではないか。髪は紅紐べにひも茶筅ちゃせんに結い上げ、腰には火打ち袋やひょうたんなどをぶら下げていた。

 道三は先頭をゆく信長のなり呆気あっけに取られ、その瞬後しゅんご、怒りに打ちふるえた。あの姿でわしと対面するというのか。無礼にもほどがあろう。この際、正徳寺で討ち取って、返す刀で尾張を攻め取ってもよいと考えたほどであった。

 しかし、その信長のあとにつづく八百余の兵の隊列を見て、道三の怒りの感情は、驚愕へと変化した。信長を警固けいごする兵の槍が異常に長いのである。

 通常、この時代の槍は二間半(約四・五メートル)であったが、信長の兵は三間半(約六・三メートル)あったのだ。当たり前だが、槍は長いほど重い。それだけに使いこなすのがむずかしいのだ。

 つまり、兵に長い槍を持たせるには、合戦時の訓練がよく行き届いていることを示すものであった。

 さらに、である。

 この当時、まだ珍しかった鉄砲隊まで伴っているではないか。しかも、火縄をくすぶらせ、いつでもぶっ放せるようにしているのだ。いつマムシの道三に奇襲されようと、即、戦える臨戦状態であった。

 ――こいつは手強い。

 道三は内心うなった。

 その道三を信長は、正徳寺の対面で再度、唸らせようとしていた。

 マムシの道三を完膚かんぷなきまでにやり込め、味方につけるために、信長は心にくい策略をめぐらせていたのである。

 

 





 

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