第9話 ついに骨肉相食む

 信長は舅の斎藤道三に那古野城をあずけて、知多郡に侵攻した今川軍を敗退させた。このとき、林佐渡守が、「美濃の軍勢に城を委ねるなど、とんでもない」と強硬に反対したことは、すでに述べた。

 以来、佐渡守と信長はしっくりいかなくなっていた。次第に両者の間で不穏な空気が漂い、佐渡守は柴田勝家らとひそかに謀議を練りはじめた。

「あの三郎どのは、われらより美濃の舅どのを信用しておる。しかも、清州城を乗っ取る手柄を立てた信光どのは、三郎どのに殺されたというではないか」

「われら重臣にはかりもせず、何もかも独断専行。このままでは、われらの立場はあやうい。いっそ、三郎どのより信行さまを織田家当主に押し立てたほうが、よいのではないか」

「おうっ、何事にも折り目正しい信行さまなら、われらの顔も立ててくれよう。信行さまを総大将と仰ぎ、三郎どのを討つべし」

 かくして、信行方は謀叛の兵を挙げた。

 柴田勝家一千、佐渡守の弟・林美作守みまさかのかみ七百に対して、信長はわずか半分以下、七百ばかりの寡兵かへいである。

 無理もない。信長はほとんどの重臣に見放され、従う兵は悪ガキ仲間の親衛隊が中心であった。信長は家中の者から支持されていなかったのだ。

 信長が手勢をひきいて清州城を出たとき、物見の兵が注進に及んだ。

「信行さま名代みょうだいの柴田勝家どの、於多井おたい川東岸の稲生原いのうはらに布陣しておりまする」

「して、信行はいかがした」

「末森城におられ、いまだご出馬せず」

 これを聞き、信長が馬上、槍を天にかざして叫んだ。

「信行めは、臆病者よ。臆病者の兵など怖れるに足らず」

 それと同時に、

「うおっ、うおおおおおおーっ」

 という獣のような雄叫びが上がった。

 信長が悪ガキ親衛隊をさらに鼓舞する。

「この戦い、われらのものぞ!」

「うおっ、うおおおおおおーっ」

 信長軍は、折からの雨で増水していた於田井川の激流をものともせずに押し渡り、柴田勢の只中に鯨波げいはをあげて吶喊とっかんした。

 戦いは勢いである。信長は柴田勢を討ち破り、その勢いのままに林美作守の軍を追い散らした。

 柴田勝家は敗走する馬上で自嘲じちょうした。

「わしは三郎さまを大うつけと侮っておった。ところがどうだ。三郎さまは先頭きってわれらの軍に突っ込んできた。自ら槍をふるって林美作守どのの首をられた。わしには三郎さまの将器を見抜けなんだ。人を見る目がなかったのよ」

 戦後、信長と信行兄弟は母・土田御前の仲介で和睦わぼくした。これ以上、内紛をつづけては、尾張を狙う今川に再び侵攻されよう。信長は柴田勝家や林佐渡守らの謀叛も不問に付した。

 ところが、信行はまたもや信長打倒の兵を挙げようとしていた。自分こそが織田家の跡継ぎにふさわしいと思い込んでいたのである。信長は実の弟にも理解されていなかったことになる。

 再び骨肉相食あいはむ悲劇が起きようとしていた。

 





親衛隊が獣のような雄叫び



 

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