第8話 道三に城を委ねる

 道三と正徳寺で会見した三カ月後、清州城内で思わぬ下剋上が起きた。守護代の織田信友のぶともが家老の坂井大膳だいぜんと共謀して、尾張守護の斯波義統よしむねを殺害したのだ。

 義統の子・岩龍丸がんりゅうまるは変事を聞き、那古野城の三郎信長のもとに逃れてきた。これにより、信長は清州城攻撃の大義名分を得たのである。

 信長はすかさず柴田勝家に命じて、清州城を攻撃させた。

 勝家は信長が考案した長槍軍をひきいて、城方を敗退させた。

 清州城との睨み合いがつづく中、この尾張の混乱を奇貨として、今川軍が信長の領内の知多ちた郡に攻め込んできた。義元の標的は、その知多郡にある緒川おがわ城であった。

 真の敵がいよいよ姿を現したのだ。

 信長は至急、緒川城を救援しなければならなかった。しかし、清州との戦闘はつづいている。

 ――さて、いかがしたものか。

 独り思案をめぐらす信長の脳裏に、道三の顔が浮かんだ。

「ここはしゅうとどのに頼るしかあるまい」

 軍議の席上、信長は那古屋城の守備を道三に依頼し、緒川城へ出陣する旨、重臣らに伝えた。

 この案に、林佐渡守さどのかみら多くの者が異を唱えた。

「三郎さま、それは愚策も愚策。そのようなことをすれば、緒川へ出陣中、那古野城を美濃勢に乗っ取られることは必定」

 というわけである。

 だが、信長は凡愚な重臣らよりもマムシの道三のほうを信じていた。否、信じずにはおられないほど、信長の心は孤立無援の只中ただなかにあったといえよう。自分が信じるさいの目に賭けて、それで滅ぶなら本望ほんもうであった。

 信長は重臣らの反対を押し切り、道三に加勢を頼んだ。道三は二つ返事で家臣・安藤伊賀守いがのかみひきいる一千余の軍勢を派遣してくれた。

 勇躍、信長は那古野城を出陣し、敵の付城つけじろである村木城に攻めかかり、これを一日で落とした。

 信長が那古野城に凱旋するや、安藤伊賀守らの道三軍は美濃へと帰還した。信長は賭けに勝ったのである。それと同時に、岳父の道三に対する信頼の念をますます深くした。信長の孤独は、道三との信頼関係で薄まりつつあった。

 信長の次の標的は、清州城である。

 清州城主の織田信友のぶともは、同族でありながら、今川義元と結んで信長に敵対していた。しかも、尾張守護の斯波義統を卑怯な手口で殺害している。

 ――卑劣きわまる相手には、こちらも卑劣な手段で対抗するしかあるまい。

 信長は調略を用いることにした。

 まず叔父の信光のぶみつに働きかけ、清州城に入って信友の側につくと申し入れをさせたのである。

 信友はこれを喜んだ。信光が信長を裏切って、清州城に入ってくれれば実に心強いいものとなろう。

 信光は清州城に入り込み、その翌日、信友を襲って自刃に追い込んだ。ところが、それから八カ月後、信光もまた家臣の坂井孫八郎に暗殺されてしまった。結果的に、清州城はやすやすと信長のものになった。

 道三は信長が調略で清州城を手中にしたと聞き、

「三郎どのは、義理の倅ながら、すさまじき男よ。おそらく信光暗殺は、三郎どのの差し金であろう」

 と側近に漏らしたという。

 信長はこうした調略をただ一人で考え、果断に実行した。しかし、独断は独善を生み、やがて大きな油断となっていく。後年、本能寺の変で、信長は信頼を寄せた明智光秀に討たれ、横死するが、この事件もまた信長のさびしい一面を如実にあらわすものといえよう。

 

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