第18話 絶体絶命の窮地を脱する

 信長は浅井・朝倉の挟み撃ちから逃れ、京の都を経て、岐阜城に戻った。その一カ月後、早くも信長は動いた。

 浅井・朝倉連合軍を姉川あねがわの合戦で討ち破り、浅井の居城である小谷おだに城を包囲した。さらに、摂津に向けて軍を進め、石山本願寺に近い野田のだ福島ふくしまの砦に立てこもった三好三人衆と対峙たいじした。

 ところが、ここで思わぬことが起きた。

 これまで中立を保ってきた石山本願寺が反信長の旗幟きしを鮮明にし、信長軍に向かって攻めかかってきたのである。

 しかも、石山本願寺方には、紀州の根来、雑賀などの鉄砲隊も加わっていた。およそ三千挺の銃が信長軍に向かって火を噴いた。

 さらに、まずいことに浅井・朝倉連合軍が石山本願寺の挙兵に呼応するかのように近江坂本から京へ兵を進めようとした。

 南からは石山本願寺と三好三人衆、北からは浅井・朝倉連合軍。まさに四面楚歌、絶体絶命の窮地であった。

 袋のねずみとなれば、通常の武将なら「もはやいかぬ」とヤケッパチになり、楠木正成くすのきまさしげのように敵陣に突っ込んで斬り死にするか、松永久秀のように自刃するかのふたつにひとつの選択となる。

 ところが、信長は違った。幼少の頃から自分の力のみをたのみに生きてきたのだ。この土壇場どたんばから逃れるためには、いかにすべきか――信長は独り沈思ちんしし、冷静に第三の道はないかと、頭をめぐらせた。

 信長は危地に立った際、これまでおのれが取ってきた戦略を思い出していた。弟の信行は内乱を防ぐために仮病をつかって謀殺した。今川義元は狭隘きょうあいな桶狭間におびき寄せて討ち取った。ここぞというときは、すべて謀略を駆使して、切り抜けてきたではないか。

 ――ならば、今回もその手を使うか。ふふっ、大うつけが、凡愚どもをだましてやる。

 信長は自分で考えた作戦をすぐ実行に移した。

 将軍義昭に朝廷に働きかけさせて、正親町天皇に和睦わぼく勅命ちょくめいを出してもらったのである。無論、かりそめの一時的和睦にすぎない。

 この時点で、信長の謀略に気づいた者は皆無であった。まさか、朝廷や将軍までだましていると、だれが思うであろうか。嘘は大きいほど見破られない。

 和睦なった信長は、虎口ここうを脱して岐阜城引き揚げに成功した。

 信長は負け戦の口惜くやしさに歯噛はがみし、比叡山延暦寺を恨んだ。

 延暦寺は浅井・朝倉連合軍の拠点となり、兵糧ひょうろうなどを提供していた。しかも、延暦寺の敵対で北の撤退路にげぐちふさがれ、完璧に身動きならぬ雪隠詰せっちんづめとなったのだ。負け戦はあ奴らのせいだ。

 ――坊主のくせに、血なまぐさい武士の合戦にまでしゃしゃり出るか。女を抱き、肉を喰らい、金銀をむさぼる破戒坊主に、いまこそ鉄槌てっついを下してやる!

 信長は、いかがわしくも邪悪な宗教権威に瞋恚しんいの炎を燃やし、暗夜に向かって独り叫んだ。

「坊主どもめ。皆殺しにしてやる。恨むなら自分を恨め!」

 

 

 

 


しなければ、こんな挫折を味わうことはなかったのだ。



 

 

 



京の二条御所は新たに造営なったばかりである。そこを占拠されれば信長は面子を失う。

 さしもの信長も 


京都と近江を占拠されれば、完全に信長は


 

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