さびしい信長
海石榴
第1話 父の死はわが門出
秋の澄んだ空の色が悲しいほどに目に
織田三郎信長は、
「つまらぬ。まったくもってつまらぬ」
信長は柿を喰らいながら、独りごちた。
「三郎様、なにがつまらぬのでございますか」
そう訊き返したのは、信長の小姓
新介は織田家
「こんな尾張の片田舎で、朽ち果てるのは嫌だ。つまらぬ」
信長は喰いかじった柿を荒々しく投げ捨てた。
その柿の行方を目で追いながら、再び新介が問う。
「では、上洛し、天下でも取られますか」
「おうっ、取らいでか」
「しかし、その前に、まず尾張一国を平らげねばなりませぬ。道はるか、と存じまする」
「たしかに親父どののやり方では、道は遠く、京の都ははるか彼方に霞んでおる。されど、わしの代になれば違う。わしはわしのやり方でやる」
当時、尾張の国は八郡にわかれ、その八郡のうち上四郡を岩倉城の織田
信長の父信秀は、織田大和守の三奉行の一人であったが、一代で尾張の織田一門をまとめあげ、美濃の
その実力者の父とは違うやり方で、尾張どころか天下をも狙うというのである。これには、新介も内心驚かざるをえない。だが、果たして、そんなことが可能なのか。
新介はおのれの気持ちを素直な言葉であらわした。
「お父上さまは、いまや押しも押されもせぬ尾張一の武将。そのやり方を上回る方法がありましょうか」
「ふふっ。ある」
「と、申されますと?」
「いちばん簡単なことは、すべてをぶっこわし、叩きつぶすことよ。手荒なことゆえ、嫌われ、憎まれ、さげすまれよう。大うつけとも言われよう。だが、しょせん人は人よ。なんとでもほざくがよい。行く手をはばむ邪魔者やら理屈に合わぬ事どもを、すべてぶっつぶし、きれいに片づけねば、わが道は開けぬ」
信長が再び西の空を仰いだとき、彼方から一騎、土埃を巻き立てて駆けてくる者がいる。
騎馬の若武者があらん限りの声で呼ばわる。
「三郎さまあああー。大変にござりまする。お父上さまが……お父上さまが!」
それは、新介と同じ小姓組の
小平太は、信長の前に至るや、
「お父上の信秀さま、さきほど
「なにっ!」
信長は驚愕の目をみはって、土手から立ち上がった。その姿は、とても城持ち大名の
父の
「親父どのの馬鹿たれ。まだまだこれからというに。だが、案ずるでない。この三郎信長が親父どのの果たせなんだことを仕遂げてみせる。この世を血の海にしても、やってみせる」
信長の孤独な戦いの日々は、このとき幕を切って落とされた。
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