第5話 うつけ、マムシに会う

 三郎信長は、家臣らから冷たい視線で見られ、孤立無援になろうとしていた。

「あの大うつけめが!あれでは、織田家はもたぬ」

 そうした声が譜代の老臣たちからも上がりはじめた。

 隣国美濃から尾張那古野なごや城に使者が訪れたのは、そうしたときであった。

 使者は三郎信長の前に拝跪はいきし、言上した。

しゅうと道三どうさんさまが、ぜひにお会いしたいとのこと。この儀、よしなにお取り計らいくださいますようお願い奉ります」

 妻の濃姫こと帰蝶の父親であり、美濃の国主たる斎藤道三が、義理の息子の信長会いたいというのだ。

 これに、信長小姓組の者どもは色めきだち、このように異を唱えた。

「道三どのは油断のできぬ策略家。三郎さまをおびき寄せて、討ち取らんとする謀略たくらみにございましょう。その手にのってはなりませぬ」

 道三がかくも悪評芬々ふんぷんたるには、それだけの理由わけがある。

 この室町戦国時代は諸国で下剋上が横行したが、その中でも道三の下剋上ぶりは悪辣あくらつであった。

 一介の浪人から権謀術数を用いて美濃の実力者となり、あげく主君の土岐どき氏を追放して美濃一国を乗っ取ったことにより、「マムシ」とも酷評されたのである。 

 マムシには親の腹を喰い破って生れるという迷信がある。道三は主君の土岐氏

の腹を喰い破って、国主になり上がったというわけだ。

 小姓どもが「会見断固無用」と反対する中、信長はきっぱりと言明した。

「われは、舅どのに会う。会ってみたい」

 前田犬千代が驚いて、信長の真意を質す。

「なっ、なにゆえにございますか。殺されるやもしれませぬぞ」

「ふんっ、殺されるなら、とっくに帰蝶に寝首ねくびかれておるわ。それに美濃のほうが兵力も格段に上。攻め滅ぼす気があるなら、会いたいなどとまだるっこしいことは言わぬ。親父どのが死んだあと、そのどさくさを突いてただちに軍勢を差し向けて来よう。そうではないか」

「なるほど」

「わしは会う。相手は仮にもわが岳父なのじゃ。舅どのなのじゃ。ビクビク首を亀のようにすっこめて、用心して会わぬものなら、小心者めがと侮られ、かえって美濃の大軍が押し寄せてくるは必定ひつじょう。ここは、イチかバチか、のるかそるかの賭けじゃ。この賭けに勝てば、われはマムシを味方につけられよう」

 信長は根っから孤独なだけに、こわいものなしの心境にあった。たとえ殺されたとて、死ぬのはただ一度。

 そうした開きなおりともいうべき、破れかぶれの反面、孤独の冷風にさらされているだけに、心の奥底で何かにすがりつきたい、だれかに頼りたいという気持ちを秘匿ひとくしていたのではないか。

 家中のみながみな、大うつけと評し、白い目を向けてくる。そうしたときに、だれかに正当に評価されたい、真の理解者を得たいという気持ちもどこかにあったのではなかろうか。

 いわば「愛情飢餓」の状態である。

 三郎信長は尾張と美濃の国境にある「冨田とみだ」へと向かった。舅の道三が、会見の場所をその地の正徳寺と指定したためである。

 

 



 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る