第29話 見出せない

「よし……では、行きますか……【模擬戦】」


 俺は全ての感覚を遮断し、頭の中に盤面を展開して潜った。


 □□□


 さて……漢升殿の持ち帰った情報によると、崔の軍勢は二万。

 その内訳は、歩兵一万、騎兵五千、いしゆみ兵五千だったな。


 しかも今回の戦については、|あの“郭星和”の策によるもの。

 当然従軍しているものと思われるが……多分、桃林関に向かっている八万の本隊にいるだろう。


 ……いや、万が一のことを考えて、二万の軍勢にいると仮定したほうがいいな。

 それに郭星和がいなかったとしても、それ以外の指揮官なら少し策を修正する程度で対応できるだろうし。


 ということで。


 さあ……城壁に配置した改良型のいしゆみ百基、どれほどの効果があるか見ものだな。


 …………………………。

 ……………………。

 ………………。

 …………。


 □□□


「……様……子孝様」


 身体を強く揺すられ、一気に感覚が戻ってくる。


「む……月花、もう日入にちにゅう(十七時)か?」

「はい……」


 ……そうか、もうそんなに経っていたか……。


「そ、それで、いかがでしたか……?」

「ああ……」


 おずおずと尋ねる月花に、俺は曖昧に返事する。

 結論から言ってしまえば、全く策を見いだせなかった。


 確かに改良型のいしゆみは、崔の軍勢に対してなかなかの威力を発揮した。

 だが、結局は多勢に無勢で、二万の兵に城に取りつかれてしまえば、焼け石に水でしかなかった。


 何より、その巧みな用兵術と機を見て的確に急所を攻めてくる機転……正直、三千の兵しかいないこの武定はものの十日で陥落してしまった。

 しかも、こちらにはあの・・将軍がいるにもかかわらず、だ。


「……援軍が一切期待できない以上、桃林関が崔を押し返して退却させるまで、ただひたすら耐えるしかない……」


 先程まで潜っていた際には、援軍がないことを想定して退却させる前提で策を探していたが、今度はひたすら長期戦に持ち込む前提で策を練ってみるか……。


「子孝様……」


 気づけば、月花が心配そうな表情で俺の顔を覗き込んでいた。

 おっと、変に不安にさせてしまったか。


「はは……まあ、崔がここにやって来るまであと十九日あるんだ。それだけあれば、何かしらの策は見つけられるだろ」

「は、はい! 子孝様なら絶対に大丈夫です!」


 月花の頭を優しく撫でながらそう話すと、月花は笑顔を見せて精一杯励ましてくれた。


「はは……じゃあ、もう一度潜ってくる……【模擬戦】」


 俺は再度感覚を遮断し、盤面へと潜った。


 ◇


「くそっ! これも駄目か!」


 二万の軍勢に対抗するために【模擬戦】で策を探し始めてから十五日。

 ここまで一向に策は見いだせていない。


 何とかある程度は持ちこたえることができるようにはなったものの、それでもたった一月が関の山だった。

 せめて冬まで持ちこたえることができたならば、逆に崔軍は山脈を超えて引き返すことができずに、この涼の中で孤立させることができるんだが……。


「子孝……」


 気づけば、将軍が俺の傍にいた。


「あ、あはは……ちょっと上手くいってないですが、ご安心ください。俺が必ず、策を見出してみせますから……」


 俺は少しでも将軍の不安を払拭しようと、できる限り明るく振舞おうとする。

 だが……くそ、もう何日も寝ていない上にまともに食事も摂っていないせいで、顔が引きつってしまう。


「子孝、もういい。とにかく休め」


 将軍は険しい表情でそう告げるが、まだ何の策も見つかっていない以上、休んでいる暇はないんだ。


「じゃ、じゃああと一回だけ潜って、その後に休みますね……」

「駄目だ! 今すぐ休むんだ!」


 俺の肩を強くつかみ、大声で怒鳴った。

 はあ……こんなに心配かけて、自分の才の無さをこれほど恨んだことはないな……。


「わ、分かりました……では、少しだけ休ませてもらいますね」

「本当だな?」

「本当ですって」


 念を押してくる将軍に、俺は強く頷き返す。

 ただし、その琥珀色の瞳から逃れるように、目を逸らしながら。


「分かった……では、我も持ち場に戻る。月花、子孝を頼んだぞ」

「わ、分かりました!」


 そう言い残すと、将軍は持ち場へと戻って行った。


「さて……月花」

「……………………はい」


 俺は月花を見つめ、その名を告げる。

 もちろん、将軍には黙っているようにと釘を刺す意味で。


 月花もそれは理解しているようで、涙をこぼしながら静かに頷いてくれた。


 そう……ここで俺が策を見出さない限り、俺達にはないんだ。


 だから。


「さあ……行こう。【模擬戦】」


 俺は再び、頭の中へと潜った。

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