第16話 話が違う

■蘇卑指揮官視点


「あれ? まさか、待ち構えていたの?」


 五百の騎兵を引き連れて蘇卑の都、“祁連きれんを経ち、武定城が眼前に迫ったところで、城門の前に涼の軍勢が居並んでるのが見えた。


「ええと……これって、どうして向こうは僕達が来ることを知ってるの?」

「「「「「さあ……」」」」」


 後ろを振り返って部下達に尋ねるけど、皆、揃いも揃って首をかしげるばかりだった。


「そんなわけないでしょ? 僕達が武定城を威嚇いかくしに来たことは、お父様と僕、そしてここにいる者数人しか知らないんだよ? こんなこと、あり得ない」

「で、ですが……」


 僕の言葉に、部下達が一斉に冷汗をかいた。

 多分、僕に疑われて不興を買い、祁連に戻った後でお父様に処断されることを恐れてのことだろう。


「ほらほら、武定城に情報を漏らしたのが誰なのか、正直に言いなよ。今だったら僕も怒らないし、お父様に言いつけたりもしないから」

「「「「「…………………………」」」」」


 ここまで譲歩してあげても、部下達はお互い顔を見合わせるばかりで、誰も名乗りを上げない。

 はあ……こんな僕達の敵かもしれない奴を内に入れたまま戦をするなんて、絶対に嫌なんだけど。


「仕方ないなあ……このままだと、あなた達全員の首を刎ねることになるけど、それでいいんだね?」

「「「「「っ!?」」」」」


 あはは、やっと自分達の置かれてる境遇に気づいたみたい。

 さあ……誰が名乗り出てくれるのかなあ……。


 だけど。


「そ、それがしはそのようなことはしておりませぬ!」

「拙者もです!」

「どうか信じてくだされ!」


 意外なことに、あれだけ脅しをかけたのに、自分の無実を訴えるばかりで誰も名乗りを上げなかった。

 うーん……本当に、向こうに情報を漏らしたわけじゃないのかな……。


「まあ、それも向こうの何人かを捕まえて吐かせたら、すぐに分かることなんだけどね」

「「「「「っ! は、はい!」」」」」


 僕は皮肉を込めてそう言ったのに、部下達は逆に喜んだ。

 この反応を見る限り、本当に裏切ったりしたわけじゃないみたい。


 じゃあ……向こうはどうやって情報を手に入れたんだろう……。


「うーん……考えても分からないから、とにかくあの軍勢を蹴散らしてから考えよう。みんな……準備はいい?」

「「「「「はっ!」」」」」


 うんうん、僕に疑われたことで、逆に士気が上がったみたい。疑われないように必死だもんね。


「じゃあ……行くよ!」

「「「「「おおおおおおおおおおおおおお!」」」」」


 僕達は馬を走らせ、雄叫びを上げながら一斉に涼の軍勢に突っ込んでいく。

 あはは、今までの・・・・涼の連中の戦いぶりを考えたら、弓で牽制する必要もないもんね!


 だから……今回も早々に僕達に和議を申し込んで、色々と貢いでよね。

 また一年、僕達が生き延びるために……っ!?


「「「うわあああああああっっっ!?」」」


 前を走る騎兵が、突然落馬した!?


「い、一体何があったの!?」

「そ、それが! どうやら弓矢のようです!」


 へえ……僕達騎馬の民相手に、舐めた真似してくれるじゃない。


「だったら! 騎馬を左右二手に分けて矢をかわして、両側から一気に挟み込んじゃえ!」

「「「「「はっ!」」」」」


 僕の指示を受け、騎兵は左右に分かれる。

 あはは……さあ、お前達じゃ僕達の馬の速さに追いつけなくて、満足に矢を当てることもできないでしょ?


 ちょっと反抗したこと、後悔させてあげる。


 そう思ってたのに。


「「「「「うおおおおおおおおっ!?」」」」」


 兵士の乗る馬に対し、次々を矢が刺さっていく!?


「ど、どうして!? 連中に僕達に矢を当てる実力なんてあるはずないじゃない!? なのに、なんでこんなに当たるんだよ!?」

「あ、あれを!」


 部下の一人が指差した先を見ると……あれは、戦車!?

 しかも、戦車に積まれているあのいしゆみは……!?


「っ! みんな! まずはあの戦車を全部破壊するんだ! そうすれば、連中はもう矢を撃てない!」


 僕の命令を聞きつけた騎兵達が、次々と戦車に向けて殺到していく。

 あはは……仕掛けさえ分かれば、何も怖いものなんかないよ! さあ……今度こそ大人しく……!?


 騎兵が戦車に襲い掛かろうとした、その瞬間。


「「「「「せいっっっ!」」」」」


 銅鑼どらの合図と共に戦車が馬首を返して一斉に逃げたかと思うと、その陰に隠れていた歩兵が、普通の二倍……いや、三倍の長さはある槍を一斉に突き出してきた!?


「み、みんな! 逃げ……っ!?」


 僕の声が届く前に、騎兵達は次々と槍で突かれ、地面に転がっていく。


「あ……ああ……」


 僕の……僕の部下達が……っ!


「あああああああああああっっっ!」

「っ!? お、お待ちを!」


 怒りで我を忘れた僕は、部下の制止を無視し、連中へと飛び込んだ。


 その時。


「ふふ……貴様、蘇卑の大将とお見受けした」

「っ!?」


 黒鹿毛くろかげの馬にまたがった、銀髪の女武将が僕の前に立ち塞がった。


「誰だよお前!」

「ああ、失礼。我はこの武定を預かる“董白蓮”。貴様等には、“白澤姫”と名乗ったほうがよいか?」


 その名前を聞いた瞬間、戦慄が走る。

 そんな……武定の太守が、あの“白澤”だなんて聞いてないよ!?


「いざ……参る!」

「っ!」


 すると“白澤”は方天画戟ほうてんがげきを肩に担ぎ、黒鹿毛の馬の腹を蹴って一気に突撃してきた。


 “白澤”を迎え撃つため、僕も両手のすいを構える。


 だけど。


「おおおおおおおおおおおおおおっっっ!」


 だ、駄目だよ!? こんなの、どうやっても受けきれない!

  “白澤”の放つその咆哮ほうこうに、気迫に、武威に、僕は思わずすいを放り投げ、馬首うまくびを返して背を向けた。


 こんな僕の姿を見て馬鹿にする奴もいるかもしれないけど、そんな奴は“白澤”と相対したことがないから言えるんだ!


 こんなの……こんなのっ!


 僕は振り返ることなく、必死で馬を走らせる。


 “白澤”に、追いつかれないように。

 “白澤”に、殺されないように。


 でも、そんな僕の必死の願いは通じることはなく。


「ふっ!」

「っ!? うわあああああああああああっっっ!?」


 僕は追いつかれてしまい、“白澤”に愛馬の足を叩き斬られてそのまま地面に叩きつけられた。


「か……は……っ」


 落ちた時の衝撃で、息を吸うことができない……っ!


「ふふ……この董白蓮、敵の大将を捕らえたぞ! 勝鬨かちどきを上げよ!」

「「「「「おおおおおおおおおおおおおお!」」」」」


 耳をつんざくような歓声が戦場に響く中……僕は、その意識を手放した。

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