第15話 対蘇卑、開戦

 漢升殿が蘇卑へと向かって三日。


「……漢升は、まだ戻らんか」

「ええ……」


 蘇卑の斥候も、あの日以来姿を見せてはいないものの、軍勢を率いていつやって来るとも限らない。

 ただでさえ俺の【模擬戦】は、策を見出すまでに時間がかかってしまうからな……。


 本当に……せめて俺にそれだけの学や才能があれば、将軍の不安を取り除いてあげることができるのに……。

 自分への口惜しさに、俺は唇を噛む。


 すると。


「ふふ……大丈夫だ、子孝。あの漢升のことだ、飄々ひょうひょうとした様子ですぐに帰ってくるに決まっている。それに、我は涼最強の武将、“白澤姫”なのだぞ? いざとなれば、この我が全て蹴散らしてみせるとも」


 そう言って、将軍は俺の手に自身の手をそっと重ねた。

 だけど……俺には、将軍のその優しさがつらかった。


「はっは、お嬢……将軍。そのような真似をせずとも、子孝殿が最上の策を見つけてくださいますぞ?」

「漢升!」

「漢升殿!」


 いつの間にか、口の端を持ち上げた漢升殿が、俺達の傍で腕組みしながら立っていた。

 はは……本当に、将軍の言う通り、飄々ひょうひょうと戻ってきたし。


「そ、それで、蘇卑の様子はいかがでしたか?」

「我々の見立て通り、牽制を兼ねて出陣するようですぞ。出陣は五日後で兵の数は五百、その大半が騎兵ですな」

「やはり……」


 だが、蘇卑がここにやって来るまでに、まだ五日ある。


 なら。


「……将軍、漢升殿。俺はこれから潜ります・・・・ので、その間、兵や物資の準備を任せてもいいですか?」

「ふふ……ああ!」

「はっは、戻ってきて早々、人使いが荒いですなあ」


 この際漢升殿の言葉は無視し、俺はそっと目をつむる。


 そして。


「【模擬戦】」


 俺は一切の感覚を遮断し、頭の中に盤面を創り出した。


 □□□


 最初に、この武定城を盤面の中央にえ、その四方の地形を配置。

 そして、東側には漢升殿から伺った蘇卑の軍勢五百、兵科は八割を騎兵、残りは歩兵とする。


 さて……籠城戦で挑むか、それとも、野戦に持ち込むかだが……。

 まあ、そんなの決まっている。


 今回の戦は、将軍の……我々の武威を示し、今後の蘇卑との関係において優位に進めることが大事なのだ。

 城に引き籠っていては、蘇卑の連中に軽くみられてしまう。


 当然、野戦一択だ。


 なら将軍以下、兵士を東の城門前に配置するのだが……数は向こうと同数の五百がいいだろう。そのほうが、互いの力の差を理解しやすいからな。


 なので、歩兵三百、戦車六十台、戦車に搭乗する兵士百八十、将軍以下、騎兵が二十だな。

 本当は騎兵の数を大幅に増やし、戦車の台数を下げて節約したいところだが……まあ、騎馬戦闘ができる兵士がまだ圧倒的に少ない以上、仕方がない、か。


 その辺はいずれ、解決するとしよう。


 さあ……改良した戦車と新兵器・・・が連中にどの程度通用するか、この盤面で存分に試してやろうじゃないか。


 …………………………。

 ……………………。

 ………………。

 …………。


 □□□


「…………………………ふう」


 感覚、そして意識を取り戻し、俺は深く息を吐いた。


「子孝……お疲れ様」

「あ……将軍……」


 見ると、将軍が心配そうな表情を浮かべながら、湯を差し出してくれた。


「ええと……ひょっとして、結構時間かかってます……?」

「ああ……丸二日、子孝は潜っておった・・・・・・……」


 あー……丸二日もか……。

 どうりで腹は減っているし、強烈に眠いはずだ……。


 だが、それも当然だ。

 この俺が盤面に潜っている間も周囲の時間は普通に過ぎており、俺の身体は生身であるわけで……。


「それで、今の子孝にこんなことを尋ねるのは酷なのだが……」

「はは……大丈夫ですよ。向こうにあまり被害を出させないってところに手こずりはしましたが、上手くいきました」

「そうか……なら、ゆっくりと休むがいい」

「それが……そうもいかないんですよねえ……」


 そう言って、俺はぽりぽりと頭をく。


「だ、駄目だ駄目だ! 休むことも大切なのだぞ!」

「ですがこれ・・を準備しておかないことには、俺の策は成りません」

「うむう……」


 俺がそう告げると、将軍がうなった。

 あなたが俺のことを心から心配してくれるのは、本当に嬉しいですが……ですが、俺だってあなたに勝利を捧げたいんです。


 だから。


「はは……これ・・が済んだら、その時は俺も休みますから……ですから」

「……本当に、子孝は頑固だ。昔も・・今も・・


 将軍は唇を噛み、そっとうつむく。


 あなたのその気持ちだけで、俺は充分癒されましたから……だから、そんな顔しないでください。


 心の中でそうつぶやき、俺はいまだに心配そうに見つめる将軍に一礼すると、目的の場所へと向かった。


 ◇


「いよいよですね……」

「うむ……」


 蘇卑がやって来るであろう東の方角を見据みすえ、将軍以下五百の兵が東の城門前にて待ち構える。

 もちろん俺も、補佐官として……この策を立てた者として、将軍の隣に立っていた。


 あ、そうそう。【模擬戦】を終えて用事を済ませた後、ちゃんと睡眠も食事も摂ったから、今は身体も気力も万全している。


 将軍にいつまでもあんな顔をさせることは、俺自身が絶対に許せないから、な。


「子孝。此度こたびの戦、お主の指揮が鍵だ。だから……存分に、我を使え!」

「はっ!」


 将軍の言う通り、今回は俺の指揮が肝心。

 あとは……俺の、覚悟・・だけ。


「ははっ」


 といっても覚悟・・なんか、将軍がまだ一介の武将だった六年前に……その傍で一生仕えようと決めたあの日に、とうに決めているけどな。


「あ……ふふ、良い顔だ。さすがは我だけの・・・・補佐官だな」

「もちろんですよ……任せてください!」

「む、来ましたぞ」


 漢升殿のが、蘇卑の軍勢を捉えたようだ。


「総員! 配置につけ!」


 将軍の号令の下、兵士達は一糸乱れぬ動きで隊列を組む。

 はは……これが数か月前まで何の役にも立たなかった兵士とは思えないな……!


「これより先、我を含め、補佐官である“徐子孝”の指揮に従う! 各自、忘れるな!」

「「「「「応!」」」」」


 ――だん、だん、だん。


 将軍のげきに、兵士達が槍やの石突で地面を突いて応えた。


 そして……前方に砂塵を上げながら駆ける、蘇卑の騎兵の群れが見えた。


「さあ……参るっっっ!」


 合図の銅鑼どらと共に、将軍を先頭に五百の兵が蘇卑の軍勢に相対した。

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