第10話 武定城、入城

 さて……それじゃ、やるとしますか……。


 俺はゆっくりと身体を起こし、寝台から降りて真蘭の向かった先へと追いかけると……はは、案の定、水の中に何かを仕込んでやがる。


「おい」

「っ!?」


 振り向きざまに驚く真蘭に対し、俺は腕を取って壁に押しつけた。


「し、子孝様、一体何を……!?」

「真蘭……正直に申せ。お主、賊と繋がっていた・・・・・・・・のだろう?」

「っ!?」


 俺の言葉に、真蘭は息を飲んだ。


「ひ、酷いではないですか……私は、怪我をされたあなたをこうやって看病しようとしているのに、なのに……」

「ああ、悪いな。顔の怪我は賊にやられたのではなくて、将軍に殴られたんだよ」


 いやあ、あざむくために怪我を負わせてくれと頼みはしたものの、まさか思い切り殴りつけるとは思わなかった。

 普通、薄皮一枚切って、血を流す程度に留めるものじゃないんですか?


 まあ……そのおかげでこうやって真蘭が騙されたのだから、よしとしますが。


「そ、それに、私が賊と繋がっているなどと、あり得ませぬ……だって私は、両親を賊に奪われたのですよ……?」

「ああ、確かお主、仇だとか何とか言っておったな。まあ、仮にそれが本当だったとしても、俺には関係ないが」


 そもそも、賊に脅されているだの両親を奪われただのと、悲壮な表情で訴えられたところで、そんな着飾った服を着ておったら信用できるわけがない。


 それに、昨夜この家に来た時も、そして今も、俺の鼻をくすぐる香の匂い・・・・

 ただの里の娘が、そんな高価なものをたしなむはずがない。


 ならば、そのような裕福な暮らしができているのは、略奪を行っている賊と繋がっていると踏むのは当然だ。


「……といっても、賊と繋がっているのはお主だけではなく、あの里正もだろうが。なにせ、昨夜の飯はこの里に似つかわしくないほど豪勢であったからな。賊に搾取さくしゅされておるにもかかわらず」

「…………………………」

「ところで、一つだけ教えてくれ。お主も将軍の噂は知っているだろうに、どうして俺達を賊にけしかけた? 普通に考えれば被害の大小はあれど、賊など簡単に潰されることぐらい分かるだろう?」


 顔をのぞき込んでそう尋ねるが、真蘭は唇を噛んで押し黙ったままだ。


「……俺の問いに答えてくれるならば、真蘭の極刑だけは免れるよう、将軍に頼んでやる。一応、俺も将軍の補佐官だからな」

「っ!」


 そう告げると、真蘭は勢いよく顔を上げて俺を見つめた。


「ほ、本当ですか……?」

「ああ。間違いなく、真蘭は極刑にはさせない・・・・・・・・


 潤んだ瞳で見つめる真蘭に、俺は力強く頷く。


「わ、分かりました……お話しします……」


 真蘭は、その理由についてゆっくり語ってくれた。

 俺達に賊のことを話した理由は主に二つ。


 一つは、いくら“白澤姫”と呼ばれる将軍でも、こちらは三人。さすがに百六十人の賊相手に勝てるとは思わなかったらしい。

 何より、万が一俺達が勝ったとしても賊も全滅はないだろうし、俺達も少なからず傷を負うだろうと踏んで、その時は残った賊を集め、弱ったところにとどめを刺せばよいと考えたとのことだ。

 実際に真蘭は水に毒を混ぜ、俺に飲ませようとしておったからなあ……。


 もう一つは、真蘭が利益を独り占めしようと目論もくろんでいたようだ。

 そのため、俺達の行動を賊に逐一伝えることで更なる信用を得、無能な里正を賊に排除させようと考えたとのこと。


「……ねえ、子孝様。この際ですから、この私と手を組みませんか?」

「……へえ、それは?」

「ふふ……簡単ですよ。このまま私を見逃してくださいましたら、子孝様に賊の手に入れたものの半分……いえ、七割を、子孝様にお譲りします」


 そう言うと、真蘭は俺の身体へとしなだれかかってきた。


「それに……この身体も、全て子孝様のものに……」

「はは……確かにその提案は魅力的だねえ……」

「ふふ、でしょう? 私なら、“白澤鬼”と違ってあなたを満足させてあげ……っ!?」


 真蘭が最後まで言い切る前に、俺は彼女の胸に短剣を突き刺した。


「が……は……っ!? な、なぜ……!?」

「はは、当たり前だろう? 貴様は、将軍をけなした」


 俺は真蘭にそう告げ、口の端を吊り上げた。


「といっても、最初からここで始末するつもりだったけどな。まあ、捕らえられた後に車裂きの刑になるよりはいいだろう?」


 こうやって楽に死なせてやるんだ。約束通り極刑は・・・免れて良かったな。


「く、く……そ…………お、とう……さ……」


 憎々し気に見つめる真蘭の首を、俺は短刀で掻っ切ってとどめを刺した。


「どうやら終わったようですな」

「漢升殿。そちらは?」

「もちろん、里正は屋敷で転がっておりますぞ」


 まあ、漢升殿がしくじるなんてあり得ないけど。


「では、将軍のところに戻りますかね。あまり待たせると、また怒り出しますし」

「はっは、確かに」


 俺と漢升殿は、転がる真蘭を置き去りにし、将軍の下へ向かう……のだけど。


「…………………………」


 俺は振り返って真蘭を一瞥いちべつすると、漢升殿を追いかける。


 真蘭の最後の言葉・・・・・を振り払うように、首を左右に振りながら。


 そして。


「……終わったか」

「「はっ!」」


 馬上から里を眺める将軍の前で、俺と漢升殿は拱手きょうしゅする。


「ふう……だが、まさか里正や娘までもが賊、とはな……」

「ええ……」


 将軍も、そして俺も、その事実に思わず溜息を吐いた。


 この事実が示すことは、将軍が治める武定周辺では、このようなことが横行している可能性が高い、ということだ。

 そしてそれは、この地域の役人がまともに機能していないことを示している。


「子孝……お主には苦労をかけるが……」

「はは、それこそ今さらですよ。それに、それこそが補佐官である俺の仕事なんですから……だから将軍は、ただ俺に言えばいいのです。『任せる』、と」

「うむ……」


 そうとも。将軍の役に立たないで、何のための補佐官か。何のためのなのか。

 俺は、あなたのためなら何だってできるんだ。


 たとえそれが、罪深いこと・・・・・であったとしても。


 ◇


 賊の里を出て五日。


 俺達三人は馬を走らせ、武定を目指す。


 すると。


「む! どうやら着いたようだぞ!」

「ええ!」

「はっは! そうみたいですな!」


 視界に高く堅牢な外壁が現れ、将軍も、漢升殿も、そして俺も、顔をほころばせる。


 そして……俺達は、武定城の門をくぐった。

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