第6話 恩寵、【模擬戦】

「では、行きますか……【模擬戦】」


 俺は一切の感覚を遮断し、恩寵おんちょう……【模擬戦】によって頭の中に盤面を創り出した。


 □□□


 まず、漢升殿から伺った根城の地形と賊を配置。

 そして、こちらは将軍、漢升殿、そして俺の三人を配置、と。


 百五十人を全滅、となると、一人も取り逃がすことができないわけだけど……


 試しに、将軍を根城に向かって前進させてみる。

 すると、将軍の容姿を見て慌てる者が約半数。将軍の知名度だけで恐慌状態になるなんてすごいな。


 そして恐慌状態に陥っていない残り半数のうち、二十人がいしゆみを手にして一斉に矢を放つが、将軍にすればそのような矢など、足止めにすらならない。


 そのまま将軍は根城である洞窟に取りつき、あとは一方的に蹂躙じゅうりんするだけ。


 だけど……結局、三十二人討ち漏らす結果になったな……。


 次に、将軍に突撃させつつ、俺と漢升殿がその後に続いた場合。

 この場合も、将軍が賊を討ち倒すが、それでも十一人を取り逃がしたか。


 ならば……。


 …………………………。

 ……………………。

 ………………。

 …………。


 □□□


「…………………………ふう」


 感覚、そして意識を取り戻し、俺は深く息を吐いた。


「……どうだった?」


 俺の顔をのぞき込み、将軍がおずおずと尋ねる。


「ええ。賊相手に十四回も・・・・かかってしまいましたが、これなら間違いないですね」

「そうか。ならば、やはりいつもより・・・・・早かったな」

「え? というか、俺が潜ってから・・・・・どれくらい経ちましたか?」

「そうですなあ……二時辰(四時間)、といったところですな」


 将軍に代わり、漢升殿が答える。

 だけど、そうか……まあ、一戦一戦が短かったのは事実だからな。


「さあ! ならば今すぐにでも賊退治に……「いえ、少し待ってください」……むむ!?」


 今にも飛び出そうとする将軍を止めると、彼女は不機嫌そうに眉根を寄せた。


「いやいや、辺りが暗いと討ち漏らすおそれがありますから。ほら」


 俺は空を指差すと、既に茜色に染まっていた。


「……仕方ない。明朝すぐ、賊退治に参るぞ」

「「はっ!」」


 渋々そう告げる将軍に、俺と漢升殿は頭を下げた。

 とはいえ……実は、他にも調べておくことがある。


 ということで。


「へえ……こんな豪勢な食事を用意してもらって、なんだかすいません」

「いい、いいえいいえ! あの“白澤姫”様がいらっしゃってますのに、当然でございます!」


 用意してくれた料理を前に恐縮すると、何故か里正のほうが恐縮してしまった……。

 ま、まあ、あの“白澤姫”を前にしているのだから、緊張するも無理はないんだけど……などとは思わんが。


「まあ、まずはいただきましょうかねえ、将軍」

「うむ。では、馳走になるぞ」


 そうして、俺達は里正が用意した食事や酒…………………………酒!?


「しょ、将軍!」


 俺は慌てて将軍へと振り向くと。


「ん……? なんら? ろうかしたろか?」


 あああああ!? 遅かった!?


「ふむう……これは、おいしいものらの……のう、漢升?」

「はっ、左様でございますな」


 漢升殿!? なにを普通に会話しておられるのですか!? というか、将軍は酒に弱いことを知っておられるのに、どうして止めなかったのですか!? ……って、駄目だ。漢升殿の目が笑っている……絶対にわざとだろ、これ……。


「そんらことより、子孝!」

「は、はい!?」

「お主は分かっておるろか! いつもいつも我の命令に背いてばかりで、その……感謝、しているろ……」

「は、はあ……」


 そう言うと、将軍は珍しくしおらしくなった。


 すると。


「そ、そのう……将軍様は大丈夫でしょうか……?」

「はは……大丈夫どころか、酔っ払って手が付けられなくなる直前、ってところですかねえ……さすがにこの屋敷に被害が出ないように我々が止めますが、仮に賊が襲ってきたりなんかしたら、この里が賊の血で染まりますねえ……」

「っ!? そ、そうでございますか……」


 俺はおずおずと尋ねる里正に苦笑しながらそう告げると、里正は顔を真っ青にさせて席から下がってしまった。


「はっは。子孝殿、少々脅し過ぎではござりませぬかな?」

「いえいえ、あれくらいが丁度いいんですよ」


 居間から出て行ってしまった里正の背中を見やりながら、俺と漢升殿は思わず笑った。


「むうううう! ふ、二人れ楽しそうにしてえ……ず、ずるいぞ!」

「あ、あはは……」


 その後、すぐに酔い潰れてしまった将軍を寝かせると。


「さて……漢升殿、俺はちょっと外で夜風にでも当たってきますよ」

「ほう……?」


 伸びをしながらそう告げると、何故か漢升殿の目つきが鋭くなる。

 うう……どうやら、少々変に勘繰かんぐられているみたいだなあ……。


「は、はは……漢升殿もご存知でしょう? 俺が、何を第一と・・・・・しているか・・・・・

「……はっは、そうでしたな……失礼いたした」

「いえいえ」


 苦笑しながらかぶりを振る漢升殿を見ながら、俺は肩をすくめる。


「それで漢升殿は、手筈てはず通り例の物・・・の準備をお願いしてもいいですか? もちろん、誰にも見つから・・・・・・・ないように・・・・・

「お任せくだされ」


 力強く頷く漢升殿に軽く頭を下げ、俺は屋敷の外に出てまっすぐに隣の家を訪ねた。

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