第5話 立ち寄った里にて

「でしたら! 里を……私達を、助けてください!」

「うお!?」


 真蘭が、悲壮な表情で俺の胸に飛び込んできた!?


 俺は慌てて周囲を確認するが……幸いなことに既に将軍は屋敷の中で、この様子は見られていない。よ、よかった……。


「まあ、落ち着くんだ。それで……詳しく話を聞かせてくれ」

「は、はい……」


 背中を優しく撫でてやると、真蘭がようやく落ち着きを取り戻した。


「じ、実は……」


 それから真蘭は訥々とつとつと説明してくれた。

 どうやらこの里は近くの山を山賊が根城にしており、この里は色々と貢物をすることで見逃してもらっているとのことだ。

 食料や金銭、時には人身すらも。


「そうか……」

「はい……里正が山賊と交渉して、なんとか被害は最小限にとどまっていますが、今ではもう、暮らしていくことすらもやっとの状態で……」


 そう言って、真蘭はうつむく。


「だが、であれば県尉けんい(警察)にでも訴えればよかったのではないのかい? そうすれば、少なくとも県令(県知事)が兵を派遣してくれると思うのだけど……」

「っ! 訴えました! 何度も! 何度も! だけど……だけど……!」


 真蘭は大声で叫び、拳を握りしめて涙をこぼした。

 ふむう……だけど真蘭の話を聞く限り、この県の役人は役に立たないみたいだな……。

 これは将軍が太守となったら、すぐにでも調査して正さないと、だな。


「分かった。であれば、ここに将軍が立ち寄ったのは里にとっても僥倖ぎょうこうだったな」

「!」


 俺の言葉に真蘭が勢いよく顔を上げ、期待に満ちた瞳で俺を見つめる。


「うむ。これから将軍が治めるこの地に、賊の存在など捨て置けない。早速、将軍とも相談しておこう」

「ど、どうかお願いします……! そして、どうか父と母の仇を……!」

「わ、分かったから! とりあえず、真蘭は家の中で大人しくしているのだぞ?」


 そう言って真蘭を家へと帰すと、彼女は何度もこちらへと向き直ってお辞儀をした。

 まるで、すがるように。


 だけど……あー、多分そんなこと・・・・・なんだろうなあ……。


 さて……将軍のことだから、今すぐにでも賊の根城へと乗り込むって言い出しそうだけど、その前に……「ふむ……呼びましたかな?」……って、うお!?


「か、漢升殿……相変わらず、音もたてずに背後につくの、やめてくれませんかねえ……」

「これは失礼」


 漢升殿は軽く頭を下げて謝罪するが、一切悪びれていない。

 それと、最初から俺と真蘭の会話を聞いていたな?


「……説明は不要だと思いますけど、二つほどお願いしてもいいですか?」

「二つ? 一つは賊の戦力の確認であるとして、もう一つは何ですかな?」


 くそう……分かっているくせに、わざわざ尋ねるなんて、本当に性格が悪いなあ……。


「……先程、真蘭が感極まって抱き着いてきたことですよ……」

「ああ、子孝殿が優しく抱き留めて、慰めてあげたのでしたな」


 そうだけども! 確かにその通りだけれども!


「承知いたした。確認をするのは賊の人数と根城の様子、それに地形でよろしいですかな?」

「ええ。今回の相手はただの賊・・・・ですし、それで充分でしょう」

「では」


 短く返事をした瞬間、漢升殿の姿が掻き消えた・・・・・

 さすがは数少ない【奇門遁甲きもんとんこう】の恩寵の持ち主、だな。


 漢升殿の持つ【奇門遁甲】には気配遮断、認識阻害の効果がある。

 それに加え、漢升殿の暗殺者として鍛え抜かれたその技術……狙われでもすれば、気づかぬままその命を落とすことになるだろう。


 まあ、漢升殿いわく、将軍や先々代の“陥陣営かんじんえいの異名を持つ”将軍、“董仲権ちゅうけん”ほどの手練れが本気になれば、恩寵が通用しない場合もあるらしい。


 ……そんな者、将軍を除いてこの大陸に片手もいるかどうかだけど。


「ふう……じゃあ、俺は大人しく漢升殿の帰りを待つか」


 といっても漢升殿のことだ、おそらく一時辰じしん(二時間)もあれば必要な情報を全て持ち帰ってくれるだろう。

 それまでに、将軍に話をしておくか。


 おっと、その前に真蘭の匂い・・・・・をはたいておかないと。


 はは……まるで浮気帰りの亭主みたい、だな……。


 ◇


「むう……それは許せんな」


 里正の屋敷から将軍を連れ出し、俺は真蘭から聞いた話を伝えると、将軍がうなった。


「ええ。それで今、漢升殿に賊の調査に行っていただいておりますので、もうそろそろ戻って来るかと」

「だが、賊程度ならばわざわざそのような真似をせずとも、この我が蹴散らしてやるぞ?」

「駄目ですよ将軍。今回は、賊の大将以外を全滅させないといけないのですから」


 血気にはやる将軍を、俺はそう言ってたしなめる。

 そう……下手に取り逃がしでもしたら、報復としてこの里が被害に遭ってしまう。


 それだけは、絶対に避けないと。


「ふう……となると、やはり子孝の恩寵が頼りだな」

「お任せください。今回は賊相手ですし、数も少ないですのでそれほど時間は・・・・・・・かからない・・・・・はずですから・・・・・・

「ふふ、頼りにしているぞ?」


 そう言うと、将軍は微笑みながら俺の肩に手を置いた。

 はは……俺のこんな役に立たない・・・・・・恩寵を頼りにしてくれるのは、あなただけですよ……。


 それは、あの時も・・・・、今も。


「戻りましたぞ」

「「っ!?」」


 突然、背後から声をかけられ、俺と将軍は慌てて振り返ると……まあ、漢升殿ですよねえ……。


「う、うむ……それで、どうだった?」


 驚かされたことがしゃくだったのか、将軍は平静を装いながら報告を求める。


「はっ。賊の数は百四十から百五十、武器は剣と槍が大半ですが、いしゆみを二十程度所持しておりまする」

「漢升殿、地形はいかがでした?」

「切り立った岩山の中腹にある洞窟を根城としており、周りに隠れられるような木々もなく、正面から攻めれば上からいしゆみで狙い撃ち。無事にかいくぐったとしても、今度は槍の餌食でしょうな」


 あごをさすりながら、漢升殿が飄々ひょうひょうと答える。

 ふむふむ。だが、これだけ情報があれば大丈夫だろう。


「ありがとうございます、漢升殿。あとはこの俺が、策を見つける・・・・・・だけですね」


 そう告げると、漢升殿、そして将軍が、ゆっくりと頷いた。


「では、行きますか……【模擬戦】」


 俺は一切の感覚を遮断し、恩寵おんちょう……【模擬戦】によって頭の中に盤面を創り出した。

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