第40話 追撃と援軍

「敵将“候元正”! この董白蓮が討ち取ったぞ!」


混乱と悲鳴が渦巻く戦場に、白蓮様の凛とした声が響き渡る。

よし! まずは一人討ち取ったぞ! このまま他の武将も……?


俺は意気込んで他の部将を探そうと辺りを見回すが、崔の兵達の表情が一斉に変わった。

それは、混乱を超えて恐慌状態に陥った時の顔……。


「こ、これは一体……?」


すると。


「うわああああああああああ! 候将軍が討ち取られたぞ!」

「も、もうおしまいだっ!」

「早く……早く逃げろおおおおおおおおおおお!」


……どうやら白蓮様が倒した武将こそが、崔軍の指揮官だったようだな。


「はは……みんな聞いたか! さあ、勝鬨かちどきを上げろ! 俺達の勝利だ!」


――えい、えい、おー!

――えい、えい、おー!

――ジャーン! ジャーン! ジャーン!


俺達の勝ちを告げる銅鑼どらの音と兵達の大合唱が戦場を埋め尽くし、牛のかがり火に照らされた崔の兵達の表情は恐怖に彩られていた。


「はっは! やりましたぞ!」

「ええ!」


いつの間にか隣に来ていた漢升殿が俺の背中を強く叩き、俺は強く頷いて応える。


「はは……ですが、この戦の最大の功労者は漢升殿ですね」


そう……崔の軍師、“郭星和”に対し、【模擬戦】で何度試しても一度たりとも勝てなかった俺は、他の策を見出した。


だったら、郭星和ではなく他の者と戦えばよいのだ、と。


そこで案じた一計は、郭星和を二万の軍勢から退場させること。

漢升殿による暗殺は全て失敗に終わる結果であることは、既に試行済みだった。

ならば、王命・・によって退場させてはどうか。


白蓮様を救い出した後に早速【模擬戦】で試してみると、郭星和は二万の軍勢から姿を消し、それまで整然と展開されていた見事な陣が、基本に忠実ではあるものの凡庸なものに変化した。


この結果を踏まえ、俺は漢升殿に依頼する。

桃林関を攻撃している崔の本陣からの書状を、崔王が郭星和を本陣に召集命令した文言もんごんに偽装し、本人に届けること。


郭星和の暗殺がことごとく失敗に終わったこともあり、失敗の可能性も考えたが、そこは漢升殿、見事に仕事を果たしてくれた。


だが、俺達を悩ませ続けた郭星和がいなくなったとはいえ、崔の軍勢は二万。劣勢であることには変わりない。

ならばと、少しでも少ない兵を補う方法はないものかと考え、思いついたのが農耕用の牛を軍勢に見立て、一気に強襲するというもの。


牛やつるぎなどの数までは俺も把握していないが、そこは優秀な俺の補佐である月花がいる。彼女はいとも簡単に三千頭の牛、つるぎそして松明たいまつを用意してくれた。


うむ、この戦が終われば、本気で月花を仕官させることにしよう。

ただ……それはそれで白蓮様がねてしまわれないか、心配なところではあるが。


そして、兵に指示して牛の角につるぎ松明たいまつをくくりつけ、尾にも燃えやすい藁を巻く。


あとは、最も眠りの深い平坦へいたん(深夜四時)に、密かに城の外に連れ出した牛達の尾に火をつけ、崔の陣へと突っ込ませたのだ。


その後は見ての通りで、崔軍はこの夜襲で混乱し、俺達は牛達の後に続いて崔の兵士をただ片づけてゆくだけだ。


「いやはや、子孝殿の策はもはやあの郭星和に及ぶやもしれませぬな」

「はは、まさか」


漢升殿が褒めそやすが、俺は苦笑しながらかぶりを振る。

そもそも、俺は郭星和との戦いにおいて、既に数えきれないほど破れているのだ。

だからこそ、その郭星和を追い出す策を考えたのだから。


「はっは、相変わらず子孝殿は謙遜が過ぎますな」

「そうですかねえ……」

「それで、この次・・・はどうするのですかな?」


漢升殿が興味津々といった様子で尋ねる。


「もちろん、このまま崔の兵を追撃し、その勢いで月城を奪還します」

「……はっは。まあ、楽しみは後に取っておきますぞ」


何故か漢升殿は、がっかりした表情を浮かべた。

うーむ……一体この御仁はどうしたいのだろうか……。


その時。


「子孝様! 武定城の西側から、騎馬の軍勢が来ております!」

「なんだって!?」


慌てて駆けつけた兵士の報告を受け、急いで戦場の西側へと向かう。

ま、まさか、崔の別動隊もしくは姜氏が連携して攻めてきたのか!?

だが、俺の【模擬戦】にそんな展開は起こらなかったぞ!?


暗闇の中、馬のひづめの音が徐々に近づいてくる。


「く、くそ! 手の空いている兵は、あの騎馬の軍勢に備えよ! 絶対に、将軍の背後を突かせるなあああああ!」


張り裂けそうになるほどの大声で付近の兵に指示し、俺は槍を構えて対峙する……って!?


「あーもー! 寝ないで駆けつけたのに、ほとんど終わってるじゃないかー!」

「この声は……姫君!?」

「あ! 子孝!」


なんと、現れたのは友誼ゆうぎを結んでいる蘇卑の単于の娘、“文華英”だった。


「ど、どうしてここに!?」

「そんなの決まってるじゃないか! 武定の援軍だよ!」


さも当然とばかりに姫君はおっしゃるが……。


「いやいや、そもそも姫君には姜氏の抑えをお願いしていたはずですよ? それに、姫君が戻られてからまだ二十日ほどしか経っておりませんが……」

「姜氏に関しては、僕のお父様が相手してくれているから大丈夫!」


そう言うと、姫君は満面の笑みで親指を突き立てた。

はは……全く、この姫君もおてんば・・・・だなあ……って、あ、思文殿が後ろで苦笑している。


「だから! 僕達も武定の軍勢に加わるからね!」

「はい……ありがとうございます……」


俺は深々と頭を下げる。


この、お節介で優しい異民族の姫君に。

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