第31話 分からず屋

「行くぞ! 【模擬戦】!」


 崔との戦が始まる中、俺は頭の中に展開した盤面へと再び潜った。


 □□□


 今回、崔について分かったことは指揮官が“郭星和”であること、それだけだ。


 はは……なんてことはない。

 今まで繰り返してきたことと全く同じやり方で、新たな策を見つけるだけ。


(少なくとも、籠城戦による時間稼ぎをして桃林関からの援軍を期待した策は全然駄目だったから……)


 別の策……つまり、城に籠りっきりではなく、こちらから打って出ることで二万の軍勢を相手取る策しかない。


 もしくは。


(……漢升殿に、郭星和を暗殺してもらう、か……?)


 そもそも漢升殿は凄腕の暗殺者で、何より恩寵【奇門きもん遁甲とんこう】を持っている。

 漢升殿なら、二万の軍勢に潜り込んで郭星和を暗殺することも不可能じゃないはず。


 ということで、早速暗殺という策を試みてみるが……。


(駄目だ……この方法も無理だったか……)


 暗殺方法や時間帯など、色々と試してはみたが、いずれの場合においても暗殺は失敗し、それどころか漢升殿が討ち取られる結果にしかならない。


 まあ、“郭星和”自身は大陸にその名をとどろかせているんだ。当然、暗殺への対策を講じていないはずはない、か……。


(となると、やはり別の策で……)


 寡兵であるこちらとしては、取り得る策など奇襲をかけるくらいしかないが……これは、もう何度も試し済みだ。


 戦車による突撃も失敗。

 長槍を用いた歩兵戦術も壊滅。

 改良型のいしゆみによる狙撃も不可能。


 もう……俺に考え得る策は、ない……って。


(何考えてるんだよ俺は! 俺が諦めたら、将軍が……白蓮様が死んじまうんだぞ!)


 俺は、くじけそうになった心を奮い立たせる。

 そうだ! 将軍の命は、この俺にかかってるんだ!


 だったら死ぬ気で……いや、死んでも何とかするしかないだろ!


(こうなったら、決死隊を募って連中に突撃して混乱させ、その隙に乗じて将軍と漢升殿が直接“郭星和”へと襲撃させるか……?)


 だが、決死隊を募るにしても手を挙げる兵士が一体何人いるか……。

 それに。


(決死隊の指揮を執るのは、しかいない、な……)


 そうとも。

 白蓮様のために命を差し出すことを一切ためらわない者となれば、この大陸で俺と漢升殿の二人しかいない。


 だけど、漢升殿には暗殺技術と【奇門遁甲】がある。白蓮様のことを思えば、そんな有能な人物をむざむざ死なせるわけにはいかない。

 となれば、こんな【模擬戦】なんていう役立たずな恩寵おんちょうしか持ち合わせていない俺が、その身を犠牲にするしかないだろう。


「よし……それで試してみるか……」


 はは……この俺の命で白蓮様を救えるだなんて、幸せなことじゃないか……。


 さあ……行くぞ…………………………っ!?


 □□□


「……ぶはっ!?」


 突然感覚を引き戻され、俺は思わず息を吐く。


「い、一体なんだ!? ……って、将軍!?」


 慌てて周囲を見回すと、今まで見たこともないような怒りの表情を見せる将軍の姿がそこにあった。


「この……馬鹿者が!」

「痛……っ!?」


 将軍に頭を叩かれ、俺は思わずよろめいて机に突っ伏してしまった!?

 だ、だけど、そこまで強く叩かれていないはずなのに……。


「分からぬか子孝! お主は今、我が軽く撫でただけで、簡単に倒れてしまうほどに弱っているのだ!」

「あ……」


 そ、そういえば!?


「しょ、将軍! 崔の軍勢が陣を敷いてから、今日で何日目ですか!?」

「……もう、十日を過ぎている」


 あー……もうそんなに時間が経過していたのか……。

 はは、本当にぶっ倒れる寸前じゃないか。


「我は言ったはずだ! 『ちゃんと休め』と! なのに、お主ときたら!」

「あははー……す、すいません、今すぐ休みますから」


 俺はまずは将軍をなだめようと、苦笑しながら謝る。

 でも、将軍は俺の胸倉をつかんだ。


「その言葉、我が信じるとでも思うか! お主は既に一度、裏切ったのだぞ・・・・・・・!」

「あ……」


 確かに俺は、崔の軍勢がやって来たあの時に、将軍の命に従うふりをして【模擬戦】で頭の中へと潜った。

 でも、そのことは月花しか知らないはず……。


 俺は慌てて月花を探して見やると……彼女は、唇を噛みながらうつむいていた。

 そうか……月花が将軍に告げたのか……。


「とにかく……我の見ている前で、今すぐ休め。今すぐだ」


 有無を言わさないとばかりに、将軍が険しい表情でそう言い放つ。


 だが。


「…………………………嫌です」

「何だと?」

「嫌だ! 俺はこのまま策を探す! たとえ将軍が……白蓮様が、駄目だと言っても!」


 怒髪天を突きそうな勢いの将軍に一切臆することなく、俺はそう言い放つ。


 だってそうだろ!

 何としてでも策を見つけなければ、白蓮様が……白蓮様が……!


「この……分からず屋が!」

「がっ!?」


 将軍へと詰め寄った俺の首筋に、痛みが走る。


「……月花、今度こそ子孝を見張っておくのだ……次はないぞ」

「は、はい……」


 そんな将軍と月花の声が微かに聞こえる中……俺は、意識を手放した。

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