第13話 基盤が整う

「将軍、よろしいですか?」


 職人や役人達に指示を出し終えた俺は、再度、将軍の元へとやって来た。


「そ、それは構わないが……」


 はは、俺がこんなに頻繁に顔を出すものだから、厄介事を持ってきたと思って、警戒している。まあ、その通りなんだけど。


「いえ、先日お話しした、戻ってこなかった役人が赴いた県への粛清に行きましょう」

「あ、ああ、あの件か」


 そう言うと、将軍は掌を叩く。

 もっと無理難題かと思っていたのか、将軍は安堵の表情を浮かべた。


「うむ。ならば、今すぐにでも向かうか?」

「ですね。早めに軍資金と兵糧を確保したいですから」


 こうなると、将軍の行動は早い。

 すぐに各県へと向かうための軍勢を整え、話を持って行った三日後には、出立が可能となっていた。

 といっても、兵糧や軍資金は、この俺が段取りをしたんだけど。


「皆の者! これより、この武定に巣食う私腹を肥やした豚共の粛清に向かう! よいか! 我等はこの国を立て直す、いわば正義の軍勢である! 何一つ、臆することはないのだ!」


 将軍の言葉に聞き入り、兵士達の顔が紅潮していた。

 無理もない。今までは前太守の元、何の役割も与えられず、訓練もせず、ただ惰性だせいで毎日を送ってきた者達だ。


 賊上がりの者達もそうだ。これまでは略奪のみで生計を立て、常に怯えながら過ごしてきたのに、それが一転、今度は正義の兵であるとこの国最強の武将に認められたのだ。ここで奮い立つのは当然のことだった。


「者共! では、参るぞ!」

「「「「「おおー!」」」」」


 はは……やっぱり、将軍はすごい。

 そんな将軍に常に必要としてもらえる、この俺はなんと幸せなんだろうか……。


「はっは。子孝殿、顔が緩んでおりますぞ?」

「漢升殿……こればかりは勘弁してくださいよ……」


 揶揄からかう漢升殿の言葉に、俺は肩をすくめた。


「ですが、子孝殿は久しぶりの出陣ではないですかな?」

「ああー……そういえばそうですねえ……」


 武定に来てからは、俺は内政面ばかりをこなしていたので、将軍のお供をする機会が少なかったんだよなあ……。


「なので、あれを見てくだされ」


 漢升殿が指差した先を見ると……はは、将軍、いつも以上に張り切ってるなあ……って。

 あ、こちらを見た。


「む……子孝、あまり我を見るな……」

「はは、すいません」


 俺は苦笑しながら頭を下げるが……当然、もっと見ますとも。

 俺だって将軍と一緒にいられることが、嬉しくて仕方ないんですから。


 そうして、俺達は役人が行ったきりで戻ってこなかった県令の元へと向かうと、やはり将軍を恐れてか、半分は大人しく表れて助命嘆願したきた。


 思うところはあるが、素直にこうべを垂れる者をただ斬り捨てたとあっては、将軍の名にきずがつきかねない。

 なので、そういった県令は財産などを全て没収の上、平民に落とすことで処理した。


 だが。


「ふふ……我も舐められたものだな」


 残り半分の県令は、あろうことか将軍に弓引いてきたのだ。

 あーあ、命知らずだなあ。


「はっは。ですが拙者からすれば、お嬢……将軍よりも子孝殿のほうが、怖い顔をしていると思いますがな」

「はは……どうなんですかねえ……」


 などと苦笑して返すが、確かに俺は、将軍に弓引いた連中を許すつもりなど毛頭ない。

 全員、その命で罪をあがなってもらうとしよう。


「皆の者、続けええええ!」

「「「「「おおおおおー!」」」」」


 先頭を駆ける将軍の号令と共に、兵士達がその後に続く。

 その勢いに、気迫に、武威に、県令側の兵士達は一斉におののいた。


 こうなると、あとは一方的だった。

 県令側の兵士達はなす術もなく首を斬り落とされ、胸を、腹を槍で突かれ、剣で頭を割られ、瞬く間に屍が積み上げられていく。


 そして。


「県令を討ち取ったぞ!」

「「「「「おおおおおー!」」」」」


 城壁の上で県令の首を高々と掲げる将軍の前で、兵士達が一斉に勝鬨かちどきを上げた。


「ふふふ……これで、さらに武定への実入りが増えるぞ……」

「……子孝殿、さすがにその怪しげな笑顔はいかがなものかと……」


 む……漢升殿、そうは言いますが、やはり先立つものは必要ですよ?


 こうして、武定に巣食う悪徳県令を全て粛清し終え、俺達は意気揚々と城へ帰還する。


 その後、武定における収入はわずか三か月で四倍に増え、ようやく体制づくりの基盤が整った。


 ◇


「ふむふむ……うん、見事な出来栄えだな」

「へえ! ありがとうございます!」


 職人に依頼していた車軸も、あれから量産体制に入り、今では戦車も五十台を超えた。

 このまま予備を含めて百台は確保しておきたい。


 戦車の数以上に製作した車軸についても、民が使う馬車に流用する予定である。

 そうすれば武定での産業・流通が発展し、ますます潤うという寸法だ。


 なお、戦車に関しては、車輪に薄い鉄の板を張り付けている。

 こうすることで車輪本体の損傷も軽減され、かなり耐久力が増すのだ。


 さてさて、戦車に関してはこれで問題ないとして……うーん、やはり異民族対策をもう一つ二つは考えておきたい。


 となると……やはり、あれ・・だな。

 なあに、せっかく財源も潤って余裕も出てきたのだ。ならば、少々このようなものを作ってもばちは当たるまい。


 ということで、俺は事務仕事を他の役人に任せ、戦車を作っている職人のところへと向かう。


「あ! 子孝様! いらっしゃいませ!」


 すると、職人の“こう”さんの娘、“月花げっか”が出迎えてくれた。


「やあ、黄さんはいるかい?」

「はい! 少々お待ちくださいね!」


 月花は元気にお辞儀をすると、屋敷の奥にある工房へ黄さんを呼びに行った。


「やあ子孝様、いらっしゃい」

「はは……忙しいところ悪いね」


 奥から出てきた黄さんが、にこやかに挨拶をする。

 今から思えば、黄さんも初対面の時と比べて随分と好意的になったものだな。


 あの時の黄さんは荒れていて、月花が泣いていたっけ。

 まあそれも、前太守のまつりごとが酷すぎて、武定に住む民草がまともに生活できるような状態ではなかったからなあ……。


「それで子孝様、本日はどのようなご用件で?」

「おっとそうだった。実は、黄さんに作ってほしいものがあるのだが……」

「へ、へえ……」


 そう告げると、黄さんはほんの少し顔をしかめた。

 はは、まあ黄さんには、大量に戦車を注文している中での追加の仕事だからな。そんな顔をするのも仕方がないか。


「まあ、とりあえずこれを見てくれ」


 俺はあらかじめ竹簡ちくかんに書いておいた図面を見せる。


「へえ……こりゃあ……」

「うむ。できれば、足で踏むだけで・・・・・・・簡単に弾けるような仕組みがあると良いのだが……そういったことは可能かい?」

「それ自体は難しくなさそうですけど、これだと重くならないですか?」

「はは、そこはほら、黄さんの腕で何とか……」


 手を合わせて拝みながら頼み込むと、黄さんはますます顔をしかめた。


「あのー……少しよろしいですか?」


 すると、俺と黄さんのやり取りを眺めていた月花が、おずおずと手を挙げた。


「月花、お前は向こうに行ってるんだ」

「はは、まあまあ黄さん。それで月花、どうしたんだ?」

「は、はい! 多分、こうすれば上手くいくと思うんですけど……」


 そう言って、月花は炭の棒で竹簡の図面に書き込む。


「「おおー……!」」


 それを見た瞬間、俺と黄さんは感嘆の声を漏らした。

 確かにこれなら構造も簡単な上に、さほど重量もかさまない。


 何より、いざという時に修理が楽だ。


「よし! ぜひ月花の案で作ってくれ! できれば、そうだな……数は二十台。それも、今製作中の戦車に取りつけた状態で!」

「へ、へえ……ああ、嬉しいやら悲しいやら……」

「父上、何を言っているのですか! せっかく子孝様が父上の腕を見込んでくださっているのですよ!」


 俺の言葉を聞いてうなだれる黄さんに、月花が詰め寄る。

 うむうむ、月花の言う通りだとも。


「はは、では二人共、よろしく頼んだよ」

「はい! お任せください!」


 黄さんに代わり、快く引き受けてくれた月花に見送られ、俺は黄さんの家を後にする。


 さて……すると次は、鍛冶職人のところか。

 まあ、黄さんと同じ反応されるんだろうなあ……。


 俺は思わず苦笑しながら、鍛冶職人の家へと向かった。

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