第34話 白銀の娘③

 それからの俺は、白蓮様の屋敷に毎日通った。


 初日に四刻(約一時間)も早く待っていることを知った俺は、その次の日から六刻も前に行くようになり、悔しそうにしながらも嬉しそうな白蓮様の表情を見るのが楽しくて仕方なかった。


 そして今日も。


「ふふ! 本当に子孝はすごいな!」

「へ……? いや、そんな大したことじゃ……」

「何を言うか! 我はそんなに器用にできぬし、何よりそんな発想は思いつかなかったぞ!」


 白蓮様の街での買い物に付き合っていた俺は、店主と値引き……というか、吹っ掛けようとしてきたのでそれを指摘したら、手放しで褒められたのだ。


「あ、あはは……そ、そうですかね……」

「そうだとも!」


 勢いよくそう言うと、白蓮様は鼻息荒くその綺麗な顔で詰め寄ってくる。ち、近い……。


「ふふ……子孝は、そ、その……我の自慢の友達・・、だな……」


 はは……いつから俺は、白蓮様の家来から友達に格上げになったんでしょうかね……。

 でも、ありがとうございます……。


「で、でしたら、俺ももっともっと頑張らないと、ですね! その……白蓮様の、と、友達・・、ですから……」

「! う、うん!」


 その後も白蓮様の買い物に付き合っていたら、いつの間にか夕方になっていた。


「も、もうこんな時間か……」

「ですねえ……」


 屋敷に帰るなり、寂しそうな表情を浮かべる白蓮様。

 俺だって、もっと白蓮様と一緒に遊んだりしたいけど……。


「あ、あはは……明日も当然来ますから! その……それこそ、日出にっしゅつよりも早く!」

「う、うむ! その……待ってる!」

「はい!」


 ようやく笑顔になった白蓮様に見送られ、俺は屋敷を後にする。

 だけど……はは、白蓮様ったら、俺の姿が見えなくなるまで手を振り続けるつもりかなあ……。


 俺は何度も後ろを振り返りながら、そんな白蓮様を眺めながら口元を緩めていた。


 その時。


「わっ!?」


 突然腕を引っ張らせ、路地の角に投げ飛ばされた!?


「い、いたた……って」

「おい」

「え? ……あー……」


 見上げると、今まで俺がひたすら媚びを売っていたあの・・武大が、何人かの村の子どもを連れて立っていた。


「え、ええと……?」

「ふん、とぼけるなよ。早速俺からあいつ・・・に乗り換えて、偉くなったつもりかよ」

「…………………………」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は理解した。

 要は、俺が白蓮様の取り巻きみたいになったことが気に入らないんだ。


「べ、別に……」


 俺は顔を背け、そそくさとこの場から離れようと……っ!?


「ぐは!?」

「まだ話が終わってないだろうが!」


 思い切り腹を殴られ、俺はその場でうずくまる。


「おい! この俺を裏切るなんて舐めた真似をしたらどうなるか、教えてやれ!」

「「「「「おおー!」」」」」

「が!? ぎゃ!?」


 それから俺は大勢に寄ってたかって、ひたすら殴られ、蹴られ続けた。


「はあ……はあ……はっ! どうだ! 思い知ったか!」

「うう……」


 あまりの全身の痛みに、俺はうめき声を上げる。


「大体、お前みたいな貧乏人の能無しが、董将軍に取り入ろうっていうのが間違いなんだよ!」

「そうだそうだ! どうせお前のことだから、おべっかばかり使ったんだろう! 汚い奴だ!」


 は……はは……俺が、何したっていうんだよ……。

 友達・・と一緒にいることが、そんなに悪いことなのか……?


「まあ? あんな下賤な血を引いている気持ち悪い女、役立たずでくずのお前にはお似合いだけどな!」

「「「「「あはははははははは!」」」」」


 俺を見下ろしながら、連中は大きな声で嘲笑あざわらう。

 それを見た瞬間……俺の中で何かが切れた・・・


 ――がぶ。


「っ! 痛ててててててて!?」


 俺は武大の足に、血で真っ赤になった口で思い切り噛みついた。


「こ、こいつ!」

「離せよ!」


 取り巻き連中に無理やり引きがされ、その勢いで歯の一、二本が折れてしまった。

 だけど……そんなことはどうだっていい!


「取り消せ! 俺のことは事実だからどう言われたっていい! だけどなあっ! 白蓮様の悪口だけは絶対に許さない! あの人は俺なんかと違って、優しくて、可愛くて、本当にすごいんだ! だから……あぐっ!?」

「うるさい! よくもやってくれたな!」

「あっ!? ぎっ!?」


 武大に馬乗りになられ、俺はひたすら顔面を殴られ続ける。

 ちくしょう……ちくしょう……! 俺は、大事な友達・・の悪口を止められないほど弱くて、役立たずのくずなのかよ……!


「へへ……これで……!」


 武大がとどめとばかりに拳を振り上げた、その瞬間。


「ぎゃ!?」

「貴様あああああああああああっっっ!」


 現れたのは、今まで見たこともないほど怒り狂った、白蓮様の姿だった。


「我の……我の大切な子孝にこのような真似をして……全員、ただで済むと思うなよっっっ!」

「あ……う……」


 それから先、腫れあがったまぶたの隙間から見えたのは、連中が白蓮様によって一方的に蹂躙じゅうりんされる姿だった。


 一人は鼻を折られ、別の奴は歯が欠け、他にも腕や脚が変な方向に曲がっている奴など、あっという間に俺の周囲が悲鳴と嗚咽おえつとうめき声で埋め尽くされた。


「ひ、ひい……っ!」

「貴様……貴様のようなくず、我が董家の土地には要らぬ! この我が、息の音を止めてくれるっっっ!」

「かか、かひゅ……っ!?」


 白蓮様に首をつかまれて持ち上げられ、息ができないのか武大は顔を紫色にしながらばたばたと手足を動かす……って!?


「だ、駄目です白蓮様!」


 俺は痛む身体に鞭打って、白蓮様の身体に飛びついて止める。


「子孝! 離せ! こやつ等は……こやつ等は、お前をこのような目に……「それでも! それでもです!」」


 俺の力じゃ到底抑えられないけど、それでも羽交い絞めの恰好をすると、白蓮様は力を緩めてくれた。


「げほっ、げほっ!」

「……おい」

「ひ、ひい!?」


 首を押さえながら咳き込む武大に、白蓮様が普段から考えられないような冷たい視線を向けて呼びかける。


「貴様、これで終わりだと思うなよ? 貴様の一族郎党、この我が必ず滅ぼしてくれる」

「あ……ああ……」


 ここにきてやっと事の重大さに気づいたのだろう。

 武大は涙や鼻水、よだれを垂れ流し、気づけば失禁までしていた。


「は……白蓮、様……」


 俺がおずおずと声をかけた、その時。


「っ!?」

「馬鹿者! こんな怪我を負いおって!」


 白蓮様は、俺の身体を抱きしめた。

 涙をこぼしながら、強く……強く……。


「は、はは……俺、全然駄目でした……本当に、俺は役立たずなくず・・で、あいつ等の言う通りで、白蓮様が……白蓮様が馬鹿にされたのに、俺、何にもできなくて……!」


 気がつくと、俺は白蓮様にしがみつきながら涙を流していた。


 何もできない自分が悔しくて。

 何の力もない自分が悔しくて。


 なのに。


「ば、馬鹿者! 子孝が役立たずなものか! くず・・なものか! 何もできない? そんなことがあるか! 子孝は……子孝はすごい男なんだ! 我なんかよりもすごくて、優しくて……だから!」

「あ……」


 白蓮様が、俺をさらに抱きしめて叫ぶ。

 その言葉は、俺の心にしみわたっていって。


「あああ……」

「だから! 子孝は我の……たった一人の友達・・なんだ! 誰よりも誇り高い、大切な友達・・なんだ!」

「あああああ……!」


 この人は……白蓮様は、認めてくれた。

 こんな役立たずで、くずで、何もできなくて、卑屈な俺を、こんな素晴らしい人が認めてくれたんだ……!


 俺はそれが、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて。


「うわあああああああああああん!」


 ただ……白蓮様の胸の中で泣き続けた。

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