第2話 王命

「董将軍、ごきげんよう」


 俺達三人は王府(政庁)へとやって来ると、陛下の一人娘である、“華陽姫かようひめ”様が現れた。


 あー……これまた厄介な人に出くわした……。


 華陽姫は陛下の一人娘で、大陸一の絶世の美女と噂されている。

 艶やかな黒髪に瑪瑙めのうの瞳、整った鼻筋にぷっくりとした紅い唇が珠のような白い肌によく映える。

 体つきも華奢そのもので、姫を手に入れることができるならば、男なら誰しもが平気で命を投げうつことだろう。


 ……まあ、実際にその噂通りの美貌ではあるが、大陸一・・・は言い過ぎだけど。

 だって、俺は大陸一・・・女性ひとに仕えているのだから。


「うふふ……どうやらまたお父様が将軍をお呼びだてしたようですね」


 袖で口元を隠しながらくすくすと笑う姫。

 俺達を案内する宦官が、その姿に見惚れている。宦官のくせに。宦官のくせに。


「ところで将軍……以前からお願いしております通り、そちらの子孝殿を私の近侍に譲ってほしいのですが……」


 そう言って、姫がちらり、とこちらを見るが……ああ、またかあ……。

 姫もいい加減、将軍に嫌がらせ・・・・・・・をするためだけに・・・・・・・・・そういうことを言うのは、やめていただきたいのですが……。


「……陛下がお待ちしておりますゆえ、これにて失礼します。子孝、漢升、行くぞ」

「はは……では、失礼します……」

「失礼いたします」


 俺達は一礼して姫から離れた。

 その、ねっとりと絡みつくような視線を背中に受けながら。


「……子孝、調子に乗るなよ。姫は決して、お主に懸想けそうしておるわけではないのだからな」


 恐ろしく低い声でそう告げる将軍。


「はいはい、そんなことはこの俺が一番承知しておりますとも」


 そう言うと、俺は苦笑しながら肩をすくめた。

 必死に弁明するような真似なんかして、逆にこの女性ひとに勘違いなんてされたくないからな……。


「はっは、お嬢……いえ、将軍も素直ではないですなあ」

「っ!? 漢升!? すす、素直ではないとはどういう意味だ!?」


 はは、やっぱり漢升殿にからかわれたか。

 といっても、将軍が素直じゃないのは今に始まったことじゃないけど。


 そして。


「従者はここで待つように。将軍はこちらへ。陛下がお待ちです」

「うむ。二人はここで待っていてくれ」

「「はっ」」


 将軍は宦官に案内され、陛下の下へと向かった。


「それにしても……今回は・・・何の案件ですかね……」」

「さあ、私には分かりかねますな。ですが、おそらくは今回も無理難題をなすり付けるものかと。華陽姫が待ち構えておられたことが、何よりの証拠でござりましょう」

「ですよねえ……」


 どうせまた、将軍に面倒事を押し付けて嫌がらせをするのだろう。

 とはいえ、ここまで陛下が将軍を嫌うのも、理解はできるがな。


 なにせ、将軍はその強さだけでなく、美しい容姿も相まってこの涼の国において絶大な人気を誇っており、伝説の霊獣にちなんで“白澤姫はくたくき”という二つ名があるほどだ。


 そしてその人気は、涼王である陛下よりも。


 だが“白澤姫”の由来にあるように、将軍が陛下に忠節を誓うことで陛下自身が賢王の評価も得ているため、表立って冷遇することもできない。


 なので将軍に難易度の高い任務を与え、落ち度を見つけることで失脚させようという魂胆なのだが、当の将軍はことごとく任務を遂行してしまい、逆に評価を上げる結果となっていた。


 そして、将軍と陛下の関係悪化に一枚噛んでいるのが華陽姫だ。

 要は、姫にとっても将軍は目障りな存在なのだ。


 なにせ、将軍がいることによって姫の人気も薄れてしまっているのだから。

 だから先程のように、この俺にちょっかいをかけて将軍を逆撫でしたりするし、陛下がここまで露骨に嫌がらせをするのも、王のもとに足繁く通う姫の働きかけがあるからだ。


 ……まあ陛下と姫は、別の意味でも繋がっている・・・・・・ようだけど、な……。


「いずれにせよ、結局は今回も将軍が無事に任務をこなして終わり、でしょうねえ。あの人、何気に優秀ですから」

「ですな」


 そう言って俺達は苦笑しながら頷き合っていると。


「どうやら、お嬢……将軍が戻ってこられたようですな」


 通路の向こう側から、こちらへ向かってくる将軍の姿が見えた。

 だが漢升殿。どうせ呼び名を間違えそうになるのなら、いっそ昔のように“お嬢様”と呼べばよいものを……って、そんなことをしたら将軍が怒り出すか。


 将軍が近づくにつれ、その表情が見て取れるのだが……あの表情は……困惑と怒り、そして……諦め、といったところか。


「将軍……いかがでしたか?」


 俺は真っ先に将軍に駆け寄り、おずおずと尋ねた。


 すると。


「……陛下より、我は“武定ぶてい”の太守に任じられた」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る