第38話 勝利へと導く、二つの策

「【模擬戦】」


 俺は全ての感覚を遮断し、頭の中に潜った・・・


 □□□


 ……またやって来たぞ、この戦場に。


 はは……相変わらず“郭星和”の陣は一分の隙もない……。

 このままぶつかれば、結局はただ叩き潰されるだけだろうな。


 だが、今回はその隙のない陣を崩す策を思いついたんだ。

 この策さえ上手くいけば、俺達は絶対に勝てるはず。そう確信している。


 問題は、漢升殿が見事にやり遂げてみせることができるかだが……悩んでいても仕方がない。まずは試してみてからだ。

 ということで、策を行ってみると……はは! 明らかに崔の陣の配置が変わったぞ!

 さすがは漢升殿! 見事にやりおおせたな!


 これで、俺の策の半分は成った。

 次はもう一つの策だけど、俺の頭の中に入っているこの武定の情報を考慮して必要な頭数を揃えてみて、と。


 さあ……これで…………………………よし! こちらも成功だ!

 あとは、細部をより詳細に詰めていけば……!


 …………………………。

 ……………………。

 ………………。

 …………。

 ……。


 □□□


「ぷはっ!」


 策を全て見出し、俺は全ての感覚を取り戻して目を開いた瞬間。


「し、子孝!」

「うお!?」


 それに気づいた白蓮様が、思い切り抱きついてきた!?

 だけど……はは、最愛の女性ひとに迎えてもらうなんて、最高の気分だ。


「白蓮様……俺はどれくらい潜ってましたか?」


 抱きつく白蓮様の背中を優しく撫でながら尋ねる。


「う、うむ! 今回はまだ四刻(約一時間)も経っていないぞ! 策を見つけたというのは本当だったのだな!」

「はは……ええ。おかげ様で必勝の策を用意できましたよ」


 そう言うと、俺は白蓮様を抱きしめ返す。

 ああ……あなたを救える策を見出せて、本当によかった……。


「こほん」

「「はっ!」」


 漢升殿に咳払いをされてしまい、思わず白蓮様から離れるけど……俺は、もっと繋がっていたくて……。


「あ……子孝……」


 白蓮様の手を取り、優しく握った。


「はっは。それで子孝殿、策というのは?」

「はい……この策の鍵は、漢升殿が握っております」

「拙者が?」


 訝しげな表情で尋ねる漢升殿に、俺は強く頷く。


「ほう……ということは、拙者に敵の指揮官・・・・・を殺せ・・・、ということですかな?」


 そう告げる漢升殿が目を細め、暗殺者の顔に変わる。

 どこか覚悟めいた雰囲気を漂わせながら。


「はは、残念ながらその策は失敗するので却下です。漢升殿には、あるもの・・・・をすり替えてほしいんですよ」

あるもの・・・・、でござるか?」

「ええ」


 俺は白蓮様と漢升殿に策の内容を告げると。


「ほう……なるほど! そうきたか!」

「はっは! 確かに、それさえできればかなり勝つ確率が上がりますな!」


 二人は納得したのか、嬉しそうに頬を緩めた。


「そうと決まれば、ぐずぐずしてはおれませんな。この張漢升、与えられた任務をこなしてまいりますぞ」

「うむ……漢升、頼む」

「よろしくお願いします」

「はっ!」


 短く返事をした漢升殿は、一瞬にして俺達の前からき消えた。


「あとは、漢升が無事成功することを祈るだけだが……」

「白蓮様、忘れたのですか? 俺の【模擬戦】がどんなものかを」

「あ……ふふ、そうであったな」


 そう……俺の【模擬戦】は、盤面で起こった事象は、寸分たがわず現実となるんだ。

 なので、漢升殿が失敗することはあり得ないし、漢升殿の無事も確認済みだ。


「我々は、漢升殿の帰りを待ちましょう」

「ああ……」


 俺と白蓮様は、崔の陣がある方角へと視線を向けながら、静かに頷き合った。


 ◇


「子孝様! よくぞ……よくぞご無事で……!」

「はは……ああ」


 執務室で肩を震わせて祈るような恰好をしていた月花が、俺の姿を見るなりその瞳から涙をこぼしながら飛びついてきた。

 そして白蓮様……お願いですからそんな目を向けないでください。


「ぐす……将軍様も、ご無事でなによりでした……」

「うむ……子孝に命を救ってもらったよ。その時の子孝の姿、お主にも見せてやりたかったほどだ」

「そうですか……」


 ええとー……白蓮様、なんでそんなに勝ち誇った表情を浮かべてるんですかね? というか、わざわざ月花と張り合うような真似はやめてくださいよ。


 そんなことを考えながら、じっ、と白蓮様を見ると。


「そそ、そうは言っても、我とて聖人君子ではないのだ! その……嫉妬くらい、してもよいだろう……」


 ……本当に、なんであなたはそんなに可愛いのですか。


「こほん……それより月花、お主に用意してもらいたいものがある」

「用意してほしいもの、ですか?」

「ああ」


 俺は必要なものを月花に告げる。

 何より、今ではこの武定に関する情報は俺よりも詳しいからな。必要な数が用意できるかどうか、月花ならすぐに分かるはずだ。


「だ、大丈夫です! その程度の数なら半日もあれば!」

「よし、では頼んだぞ!」

「はい!」


 元気よく返事をすると、月花は執務室を飛び出して行った。


「ふふ……月花も子孝の無事がよほど嬉しかったのだろうな……」

「はは、そうみたいですねえ……ですが」


 俺は口元を緩める白蓮様の手を握ると。


「俺は、白蓮様の喜ぶ姿が一番好きなんです。だから……此度こたびの勝利を、白蓮様に捧げます」

「あ……う、うん……ありがとう……」


 白蓮様は頬を赤らめ、恥ずかしそうにうつむく。

 だけど、その口元は緩んでいた。


 ◇


「はっは、お待たせしました」

「漢升!」

「漢升殿!」


 あれから三日後の昼、漢升殿が俺達の背後に突然姿を現す。

 こうやって悪戯いたずらを仕掛けるということは、無事に上手くいって心に余裕が生まれたのだろう。


「はは、あえて首尾は聞きませんよ。それより、早ければ今夜にでも仕掛けようと思うのですが……」

「誠に、うちの補佐官殿は年寄りの扱いが酷いですなあ」


 俺がおずおずと尋ねると、漢升殿はやれやれといった表情で肩をすくめ、かぶりを振った。

 どうやら問題はないみたいだな。


「うむ……では、いよいよか」


 白蓮様が凛々しい表情で、静かにそう告げる。


 さあ……後は夜を待つのみ。


 そして。


「ええ……これで、俺達の勝ち・・・・・です」

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