第26話 崔、侵攻

「月城が、崔によって攻撃を受けているそうです!」


 月花のその言葉に、俺は声を失う。

 もっとからめ手でくると思ったのに、まさか直接攻め込んでくるかよ!?


「すぐに将軍の元へ行く! 月花は傷ついた兵士を将軍の部屋に連れて来てくれ!」

「は、はい!」


 俺は月花に指示を出し、将軍のいる練兵場へと走る。


「将軍ー!」

「む! なんだ子孝! 今は訓練中……「そ、それどころではありません! 漢升殿と姫君、思文殿もお集まりください!」」


 兵士の訓練に集中しているところを邪魔され、不機嫌そうに振り返った将軍の言葉をさえぎり、俺は皆に集まるように指示する。


 さすがに俺の様子からただ事じゃないと感じ取ったのか、皆も慌ててやって来た。


「それで子孝、どうしたのだ?」

「たった今、月城から兵士がやって来て、こう告げたそうです。『月城に、崔が攻め込んできた』と」

「「「「っ!?」」」」


 俺の言葉に、四人が息を飲んだ。


「そ、それは誠なのか!?」

「今、月花がその兵士を将軍の部屋に連れてまいりますので、まずは話を聞いてみましょう」

「う、うむ……!」


 そう言うと将軍は頷き、俺達は将軍の部屋へと大急ぎで向かう。


「お、お連れしました!」

「おお! 月花、ちょうどよかった!」


 同時に兵士を連れてきた月花と一緒に、将軍の部屋に入る。


「それで……月城が崔の攻撃を受けていると聞いたのだが……」

「はっ! 突然崔の軍勢が現れ、月城を包囲! その数は十万に上るかと!」

「「「「「十万!?」」」」」


 十万……そのような数で攻められれば、小さな月城ではひとたまりもない。


「だ、だが、そんな大軍勢ならば、どうして攻められるまで気づかなかったのだ!? それに、この武定にも情報が入って然るべきだろう!?」

「そ、それが……連中は、月城と崔との境にある山脈を抜けてきた模様でして……」


 山脈越え、だと……!?

 確かにその方法ならば、気づかれないまま突然現れることも可能かもしれないが……。


「……にわかに信じられません……たとえ山脈を超えたとしても、十万もの軍勢を一気に引き連れることなんてできないはず。なのに……」

「子孝……そのことについては、今はいい。それよりも、これからどうするかだ」

「お、お願いします! なにとぞ、月城に援軍をお送りくださいませ!」


 そう言うと、兵士は床に額をこすりつけながら懇願する。


「……お主、月城の東……大興との間には“桃林関とうりんかん”があるだろう。あそこならば、常に五万の兵が常駐していたはず。そちらへは援軍要請は行ったのか?」

「そ、それは……」


 俺は低い声で平身低頭の兵士に尋ねた瞬間、兵士は気まずそうな声を漏らした。


「とにかく、これからどうするか考えるゆえ、お主はまずはゆっくりと休んで傷を癒せ。月花、傷の手当を」

「は、はい!」

「……は」


 何か言いたそうな表情だったが、兵士は大人しく月花の後をついて部屋を出て行った。


「子孝……」

「……将軍、まずは事実の確認からです。漢升殿、お願いしてもいいですか?」

「ふむ……それは構いませぬが、月城となると行って戻ってくるまでにどれほど早くとも六日はかかりますぞ? その後、すぐに月城に向けて援軍を差し向けたとしても、最低十日前後は必要ですからな……」


 俺がそう頼むと、漢升殿は頷きながらも指摘する。

 確かに漢升殿の言う通り、確認してからでは、月城に援軍が到着するまでに十六日もかかってしまうということだ。


 そしてそれは、月城が崔の手によって陥落することを意味する。


 だけど。


「将軍……それに皆さんも、おかしいと思いませんでしたか?」

「……どういう意味だ?」

「考えてもみてください。崔がわざわざ山脈を超えてまで月城に攻撃を仕掛けたということは、この武定を避けて・・・・・・・・直接大興を目指す、という戦略を採ったということです」


 そう……これだけの大軍を動かすのであれば、本来は崔に唯一面している涼の最前線でもある武定から順に攻略をしていくのが妥当だ。


 なのに、わざわざ山脈越えをして月城を攻めた。これは、武定との戦を避けることで僅かな被害も出さずに、最大戦力で涼の首都、大興を目指すという意思の表れだ。


「む……だが、それでは桃林関を攻めている間に、崔は我等から背後を襲われる危険もあるのだぞ? そのような愚かな真似を、あの崔・・・がすると思うか?」


 確かに将軍の言う通り、崔は常に我々から背後を突かれることを警戒しながら進軍していかなければならない。

 だけど……将軍は一つ勘違いしている。


「将軍……背後を狙われているのは、なにも崔だけではないですよ?」

「……どういうことだ?」

「お忘れですか? 俺達は、崔のほかに姜氏とも・・・・面している・・・・・のですよ?」

「「「「「っ!?」」」」」


 俺が懸念しているのは、俺達が月城の救援に向かった直後、姜氏が武定を攻めてくるのではないか、ということ。

 元々、崔と繋がっている可能性が高い姜氏だ。そのような動きを見せたとしても不思議じゃないからな……。


「そ、それって!」

「はい……俺は、これは崔が二方面への攻撃・・・・・・・を展開しているのだと踏んでいます」


 わざわざ山脈を超えて涼を分断するように攻め、大興を攻略する軍団と武定を攻略する軍団、この二つによる攻撃により厄介である将軍を孤立させ、大軍で桃林関……さらには大興を攻めるつもりなのだ。


「むう……っ!」


 俺の説明を聞き、将軍がうなる。


「じゃ、じゃあこれからどうするのさ!」

「ひ、姫様!」


 思わず、姫君が声を荒げ、それを思文殿がたしなめた。


「……とにかく、我々にできることをしましょう」

「ですな……」

「ええ……」

「「…………………………」」


 俺の言葉に、漢升殿と思文殿が頷いた。

 将軍と姫君は納得がいかない様子だが、他に打開策がない以上、受け入れるしかない。


「あやつめ……本当に、いやらしい攻め方をしてくる……!」


 そう言うと、将軍が歯噛みする。

 おそらく将軍は、あの人物を思い浮かべているのだろう。


 その神算鬼謀により数年で崔を更なる強国へと押し上げた、“明鏡止水”の異名を持つ当代きっての軍師。


 ――“かく星和せいわ”の名を。

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