第24話 将軍の帰還

「将軍! お帰りなさいませ!」


 武定城に到着した将軍に駆け寄って出迎える。


「ああ……戻ったぞ」


 そう言うと、将軍はにこり、と微笑んだ。


「はっは。いやあ、大変でしたぞ。お嬢……将軍ときたら、『早く帰って子孝を助けねば!』と言って、昼夜問わずに走り続けるのですからなあ……」

「か、漢升!?」


 ……そうか……将軍、俺のために……。


「ありがとう、ございます……」

「あ……ふふ……子孝、留守中ご苦労だった」


 俺は深々と頭を下げると、将軍が労いの言葉をかけてくださった。

 はは……その一言で、苦労なんて一気に吹き飛んでしまいましたよ……。


「こほん……老骨の身としては、早くゆっくりと酒でも飲んで休みたいところなのですがな」

「「あ……」」


 漢升殿に咳払いをされ、俺と将軍は思わず顔を見合わせると。


「ぷ」

「ぷぷ」

「「あはははははははははは!」」


 ついおかしくなり、大声で笑ってしまった。


「確かに、漢升殿のおっしゃる通りです! すぐに労いの宴席を設けるといたしましょう!」

「ふふ! 子孝にも色々と話を聞かせてやらねばな!」

「はっは、やれやれですな」


 俺達は城門をくぐり、まずは政庁へと向かった。


 ◇


「皆、我の留守中、よくぞこの武定を守ってくれた。今日は存分に楽しんでくれ」


 将軍の言葉を皮切りに、宴が始まる。

 今回に限っては将軍が絶対に酒を飲まないように、俺はずっと付きっきりで監視していた。


 ふふふ……さすがの漢升殿も、将軍の杯に酒を入れることはできまい。

 その代わり、宴の準備を一切取り仕切ることができなくて、代わりに働いた月花から恨みがましい視線を送られているが、気にしないでおこう。


「それで将軍……陛下の用件は一体何だったのですか?」

「うむ……」


 将軍はわずかに眉根を寄せながら、語ってくれた。


 まず、将軍を召還した理由は、やはり姜氏の使者に扮した崔の者の件についての詰問きつもんだった。

 やはり陛下を差し置いて贈り物を受け取ったことが、とにかく気に食わなかったらしい。

 それに加え、姜氏が将軍を引き抜こうとしているのではと、気が気ではなかったようだ。


 まあ、将軍がこの涼から離れてしまえば、その戦力が数段落ちてしまうこともさることながら、“白澤姫”に見限られた王として、民心を失ってしまうことを恐れてのものだろう。


 俺から言わせれば、だったらもっと将軍を厚遇すべきだし、今回の件だって詰問きつもんなどではなく、あくまでも報告というていを取れば済むのに……。


 なので将軍は、崔の者が置いて行ってしまった翡翠ひすいを陛下に献上した。

 あの翡翠ひすいが見事な代物だったこともあり、それをあっさりと手放した将軍は二心無しということの証明にもなるからな。


 で、これをことほか喜んだのが、華陽姫だったとのこと。

 部下の眼前であるにもかかわらず、父である陛下にまるで仲睦まじい恋人であるかのような振る舞いでその翡翠ひすいをねだったらしい。


「……さすがに、あの光景を見た時は吐き気がしたぞ」

「あ、あはは……」


 苦虫を噛み潰したような表情を見せる将軍に対し、俺は乾いた笑みを浮かべるしかない。

 だけど、本当にこの国は大丈夫なのだろうか……?


「そういうわけで、お嬢……将軍の嫌疑は晴れ、引き続き武定を治めるようにとのことでござる」

「ふふ……まあ陛下からすれば、我がおらぬほうが羽を伸ばせるようだからな」


 自嘲気味に笑いながら、将軍は一気に杯をあおる。

 はたから見れば良い飲みっぷりだが、中身はただの水だけど。


「しかし、涼建国時から支えてきた名門である董一族の長で、しかも涼最強の武将である将軍をここまでないがしろにできる陛下の胆力……恐ろしいものがありますね……」

「ふふ……言うじゃないか」

「はっは、子孝殿はたまに毒を吐かれますからな」


 そう言って三人で笑い合っていると。


「はあ……やっと将軍が帰って来てくれたよー……」


 何故か疲れた表情の姫君がやって来て、そんなことを告げた。


「ふふ……姫君にも迷惑をかけてしまったようですな……」

「本当だよー……子孝ときたら、まだ将軍が王都に向かって三日と経たないうちから、毎日三回も南門へ様子を見に行くんだよ?」

「ひ、姫君!?」


 い、いやいや、それは言わないでくださいよ!?


「そうですねー。将軍が不在の間、心ここにあらずという様子で……おかげで私に仕事のしわよせがきました……」

「月花!?」


 そ、そんなことないだろう!? 俺は責任をもって仕事をこなしていたはずだが!?


「そそそ、そうか……それは我の・・子孝が皆に迷惑をかけたようで、その、すまない……」

「将軍!?」


 なな、なんてこと言うんですか!?

 その言い方だと完全に俺、将軍の所有物と化しているのですけど!?


「へへー、言いつけてやった」

「えへへ、ですね」


 姫君と月花がそう言って、ぺろ、と舌を出した。

 二人共、いつからそんなに仲良くなったんでしょうかね?


「はっは! これはこれは……子孝殿もお嬢様と同じ・・・・・・でしたとはな!」

「か、漢升!」


 漢升殿の言葉に、将軍が顔を真っ赤にして怒る。


 だけど……ああ、いいなあ……。


 俺は杯を傾けて酒を口に含みながら、将軍の色々な表情を眺めては口元を緩めていた。

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