第22話 二つの発明
「黄さん、頼むよ! この通り!」
際の者が姜氏の使者と偽ってこの武定にやって来た、その次の日。
俺は月花を伴い、黄さんの元へとやって来てひたすら頭を下げているところだ。
「い、いや、でもさすがにこれはなあ……」
一方の黄さんはといえば、俺の無茶な依頼に困り果てた顔をしていた。
まあ、俺もかなり無理なことを言っていることは理解している。
だって……あの戦車に取りつけた固定式の
「父上! これは他国からこの武定を守るための、大切な仕事なんです! だから、武定にいる全ての職人を結集して、絶対に成し遂げるんです!」
「うお!?」
むふー、と鼻息荒い月花に詰められ、黄さんが思わずたじろぐ。うん、月花にお供してもらって正解だった。
「で、でも、何だって急にそんな無茶振りを……?」
そう言って、俺の顔を
だけど、まさかこの武定が戦になるかもだなんて、到底言えないし……。
「はは……いや、この武定も蘇卑という後ろ盾も得てはいるものの、何が起こるか分からないからねえ……しかも、それが十年先の話なのか、それとも……
俺は苦し紛れに笑いながらそう告げる。
すると。
「はあ……そう言われると、こっちも受けるしかないですな……」
「っ! 黄さん!」
「はは……まあ、やれるだけやってみますよ。たまには、今まで苦労かけた娘に父親の威厳ってやつを見せてやらないと」
黄さんは苦笑しつつも、そう言って引き受けてくれた。
よし! とりあえずこれで、この城の防衛が上がるはず!
何より、蘇卑との戦においてあの連射のできる
それをさらに威力と射程を高めたものは、攻撃側からしたらかなり脅威になるはずだからな。
「えへへ、うちの父がお役に立ててよかったです……」
「はは、何言ってるんだ。黄さんもだが、何より月花の働きには本当に助かっているとも」
「あ……子孝様……」
はにかむ月花に日頃の感謝も込めてそう言ってやると、彼女は照れたのか、顔を赤くしてしまった。
「へえー、あの月花がなあ……どうです子孝様? うちの娘はなかなかの器量よしだと思いますけど?」
「なっ!? ち、父上!」
嬉しそうな表情で薦める黄さんに、月花がさらに顔を赤くして猛抗議する。
そんな二人の親子のやり取りを見て、俺は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。
◇
黄さんと別れ、次にやって来たのは練兵場。
姫君と思文殿に相談があるからだ。
なお、月花についてはあのまま黄さんのところに置いてきた。
というのも、固定式の
その時の月花はどこか寂しそうにしていたが、優先順位を考えれば仕方がない。
何より、俺だって補佐がいなくなるのだから、本音を言えばすごく困るんだが。非常に困るんだが。
「子孝……僕、昨日言ったよね? 今の騎兵隊は、まだ使い物にならないって」
「はは、もちろん覚えてますよ。今日は別件で相談があるんです」
「「別件で相談?」」
姫君はじと、という視線を向けてきたが、俺の言葉を聞いて思文殿と二人顔を見合わせた。
「はい。そもそも俺達が馬を乗りこなせない理由って、なんだと思いますか?」
そう二人に尋ねると。
「あはは、そんなの簡単だよ。子どもの頃から馬に乗ったことがないからだね」
「姫様のおっしゃる通りですな。我等蘇卑の民は、幼い頃から馬に乗ることを求められます。なにせ、一年中馬に乗って移動するのですから」
何を当たり前のことをと言わんばかりに、二人は答えた。
「もちろんその通りです。でも、それを言ってしまったら、俺達が蘇卑の民のように馬を乗りこなすためには、何年もの歳月がかかってしまいます」
「うんうん」
「左様ですな」
二人が納得顔で頷くが、こちらからすればそれでは困るのだ。
できれば、今すぐにでも上達してもらわないと。
「それで俺は考えたんです。どうすれば、蘇卑の民とはいかないまでも、少ない修練で馬を自在に操ることができるようになるのか、と」
そう言うと、あらかじめ用意しておいた一本の縄を二人の前に差し出した。
「? その縄がどうしたの?」
「はい、よく見ていてくださいね。おーい、そこの馬を一頭連れて来てくれ」
馬の世話をしていた兵士に声をかけ、こちらへと連れてきてもらう。
「一応、簡単に説明するために縄だけを用意したんですけど……ええと、まずは縄の両端に輪っかを作って、と」
両端をくくってつま先が入る程度の輪を作り、馬の背にかける。
「見ててくださいね、よっと」
俺は馬に
「ええとー……それ?」
「はい。こうすれば馬上でも踏ん張れますので、馬を操っても武器を振り回しても、そう簡単には体勢が崩れなくなると考えたんです」
そう……騎乗する上での難点は、両脚で馬の腹を押さえて乗りこなすため、体勢を崩しやすく、そのため武器も満足に扱えないことが問題なんだと俺は考えた。
で、それを解消するためにどうすればいいかと一晩中考え、思いついたのがこの方法だ。
今のところ、自分で試した限りではなかなかいいんじゃないかと思うが、ここはやはり最も馬の扱いに長けている二人に確認してもらうべきだと思い、こうやって相談に来たのだ。
「へえ……子孝にしては頭を使ったね。子孝にしては」
「あのー……いい加減、わざわざ強調して二回言うのはやめてもらえませんかね?」
にやにやと口の端を持ち上げる姫君を、俺はじと、と睨んだ。
「ですが、子孝殿の案は理にかなってはおりますな」
「まあねー。じゃ、この僕が一度試してみるよ」
俺と交代した姫君が馬に
「うん……」
感触を確かめるように、姫君は練兵場の中を走り回った。
そして。
「これいいよ! すごく乗りやすい!」
「ほ、本当ですか!」
「うん! だけど、縄一本じゃ前後にずれたりしてしまうと逆に危ないから、その辺をどうにかしたほうがいいね」
「あー……」
実はその点についても考えてある。
「一応、この縄の輪っかについては、
「おお、それはいいですな」
よかった、二人からも保証してもらったぞ。
「はは……それじゃ早速、その準備に取り掛かってみます」
「うん! そのー……」
すると、姫君が上目遣いで何か言いたそうにしているな……。
「どうしました?」
「それが出来上がったら、僕達蘇卑にも譲ってもらってもいいかな……?」
ああ、なるほど。この案を蘇卑に持ち帰りたいってことか。
だけどこうやって国益と結びつけるところ、本当に姫君なんだなあ。
「はは、もちろんですよ。だって、武定と蘇卑は
「! う、うん!」
俺が二つ返事で了承すると、姫君は嬉しそうに微笑んだ。
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