第21話 離間の計

「あの使者は、“崔”の者です」

「「「「っ!?」」」」


 そう告げた瞬間、将軍達だけでなく漢升殿までもが息を飲んだ。


「な、何故、崔は姜氏の使者と偽って来たのだ!?」

「さあ?」


 将軍が詰め寄るが、俺は軽く溜息を吐いて肩をすくめる。

 いや、俺としてもなんでこんな意味のないことをしたのか、さっぱり分からない。


 ただ単にこの武定の様子を見るためであれば、普通に崔の使者としてくれば良いだけでああって、わざわざ姜氏の使者と偽る理由もない。


 まあ。


「ん? 何でございますかな?」

「はは……いえ、別に」


 ちらり、と漢升殿を見やると、含みのある笑みを浮かべながら尋ねたので、俺は思わず苦笑した。

 ひょっとしたら、崔はここに間者を送り込んではうちの凄腕暗殺者殿にことごとく始末されているから、こうやって使者を偽ったのかもしれないな。


「とりあえずは、崔の出方をうかがうしかなさそうですねえ……」

「そうだな……」


 そう言って俺達はこの場を離れ、それぞれの持ち場に……って。


「あ、そうだ将軍」

「む? どうした」


 練兵場へ向かおうとした将軍を呼び止めると、不思議そうな表情を浮かべながらこちらを見た。


「はい……ちょっと、こちらへ」

「?」


 首を傾げる将軍を連れ、人払いをした後に使われていない部屋へと入った。


「……皆がいる手前、あの場ではああ言いましたが……ある程度、覚悟はしておいたほうがよいかもしれません」

「……というと?」

「はい……事の大小は分かりませんが、最悪崔との戦もあり得るかと」


 そう告げると、将軍の表情が険しくなる。


「その根拠は?」

「今回、姜氏の使者と偽ってやって来たことこそがその証拠です。連中は、漢升殿に間者をことごとく討ち取られ、そのための様子を伺いに来たということはもちろんなのですが、それとあわせて将軍の懐柔……いや、将軍を涼から離間させる目的もあるのでしょう」

「我のか!?」


 驚く将軍に、俺はゆっくりと頷く。

 俺に鑑定眼があるわけじゃないから定かじゃないが、それでも、あの見事な翡翠は相当の価値があるように感じた。

 何より、涼との友誼ゆうぎを図るという目的ならば、将軍にではなくて王都……大興にいる陛下に直接謁見を求めるはずだ。


 それを、わざわざ将軍のところにやって来たということは、陛下あるいは宰相をはじめとした側近に知らしめるためではないだろうか。


 陛下を差し置き、将軍が相対する他国より贈り物を受け取ったという事実を。


「……このことからも分かるように、崔はいよいよ仕掛けてきた・・・・・・、ということですよ」

「うむう……」


 俺の言葉に、将軍がうなった。


「さすがに今すぐ戦、ということにはならないとは思いますが、ね……」

「そうだな……だが」


 すると、将軍が真剣な表情で俺を見つめる。


「その時は子孝……お主は、大興に帰れ」

「っ! 将軍!」


 静かに告げた将軍の言葉に、俺は思わず声を荒げた。


「いい加減にしてくださいよ! 将軍は、そこまで俺を厄介払いにしたいのですか!」

「違う! ……違う、我はただ……」


 苦しそうな表情で否定すると、将軍は唇を噛みながら視線を落とす。


「……とにかく、俺は絶対に将軍の元から離れたりはしませんから」

「あ……」


 そう言い残し、俺は何か言いたげな将軍を置き去りにして執務に戻った。


 ◇


「姫君、ちょっといいですか?」


 一日の執務を全て終えた後、日陰で寝転んでいる姫君のところに向かい、声をかける。


「あはは……子孝が僕を尋ねてくるだなんて、珍しいね」

「はは、そうですねえ……」


 少し緊張した面持ちの姫君に、無理に揶揄からかうような口調で皮肉を言われ、俺は苦笑する。


「そ、それで……どうしたの……?」

「はい。騎兵隊の訓練の状況を確認してきたくて」


 俺の言葉を聞き、姫君は一瞬がっかりしたような表情を浮かべたかと思うと、すぐに真剣な顔になる。

 どうやら、いつもと違う俺の様子から何かを感じ取ったのだろう。


「蘇卑の民として言わせてもらうなら、やっと馬に乗れるようになった程度。全然駄目だね」

「そうですか……」


 やはり、一朝一夕で上手くなったりはしない、か……。


「……大丈夫だよ、子孝。僕が必ず、一人前の騎兵隊にしてみせるから」


 そう言って、姫君はにこり、と微笑む。

 だが……そう悠長なことを言っている状況でもないんだ……。


「はは……期待していますよ、姫君」


 そうとだけ告げ、俺はきびすを返して戻ろうとしたところで。


「子孝」


 ……姫君に、呼び止められてしまった。


「え、ええと、どうしました?」

「僕達は……蘇卑は、どんなことがあっても必ず武定に力を貸すって約束する。この単于の娘、“文華英”が」


 姫君は俺を真っ直ぐに見つめ、そう告げた。

 ああ……やはり、高貴な血を継いでいるだけのことはあるな……。


「ありがとう、ございます……」

「うん」


 俺は姫君と顔を合わせて頷き合うと、今度こそ執務室に戻った。

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