第9話 銀と蒼の霊賭戦④
(……《
聞き慣れない名称に悠樹は眉根を寄せた。
見ると悠樹達の騒ぎを嗅ぎつけ、徐々に集まって聞き耳を立てていた周囲の生徒達も、初めて聞く名称に首を傾げていた。
ただ、その中で由良と翔子だけは違う反応を見せていた。
緊迫した表情で鷹宮を見据えていたのだ。
「……ねえ、由良。《霊賭戦》って初めて聞くけど何なの?」
悠樹は由良に尋ねてみた。
様子からして彼女は知っていそうだったからだ。
すると、由良は少し表情を緩めて「う~む……」と唸り、
「悠樹が知らぬのも無理はないか。今時 《霊賭戦》を知っておるのは六大家の直系の者か、熟練の《追跡者》ぐらいじゃからな」
と前置きしてから、彼女は告げる。
「《霊賭戦》とはな、《追跡者》同士が己の契約霊獣を賭けて戦う試合なのじゃ」
由良の言葉に悠樹を含めた周りの生徒達が目を剥き、ざわめきが広がる。
「数十年前までは『優れた《追跡者》にはより強い契約霊獣を』という考えで六大家の立ち合いのもと、行われておったのじゃが、《追跡者》が山ほどおった時代ならいざしらず、年々 《追跡者》が減少しておる今となっては、もうほとんど廃れとる催しじゃな」
「……うん。その通りだよ。中々博識だね。鳳さん」
由良の台詞に続いて鷹宮が言う。そんな少年に翔子は首を傾げて尋ねた。
「何故、私とあなたが《霊賭戦》をしなければならないのですか?」
もっともな問いに、鷹宮は堂々とした様子で頷き、
「翔子さん。君は生徒手帳をすべて読んだかい?」
「……ええ。一通り目は通していますが」
「じゃあ君は気付いたかな? この学園の校則に『私闘の禁止』がないことに」
「え……?」
驚く翔子に対し、鷹宮は視線を後ろにいる小柄な少年へと向けた。
そして困惑する彼女に、小柄な少年――神楽崎が詳細を伝える。
「えっと、初めまして御門さん。ボク、神楽崎といいます。ええっとね。ボク初日の日、暇つぶしに生徒手帳を読み耽っていたんだけど、その時、校則の中に『私闘』に関する記載が全然ないことに気付いたんだ」
神楽崎の台詞を、鷹宮が厳かな口調で継ぐ。
「これだけの武闘派が集まる学園で『私闘』が禁止されていない。これは理事会――六大家が、むしろ『私闘』を推奨しているってことじゃないかって僕達は思ったのさ」
二人の説明に、翔子は思わず苦虫をかみ潰したような表情を浮かべた。
大いにあり得る話だ。あの戦闘をこよなく愛する祖父は勿論、その他の当主達もかなりの戦闘狂だと聞く。意図的に『私闘の禁止』を取り外した可能性もある。表でも裏でも競い合わせ、より強力な《追跡者》を育てる。いかにもあの当主達が考えそうなことだ。
本当に困った人物達である。
翔子は小さく嘆息した後、険しい視線で眼前の少年を見据えた。
「では、あなたは六大家の思惑に従うつもりなのですか」
そんな不機嫌な翔子の問いに、意外にも鷹宮は首を横に振った。
「違うよ。逆だ。僕は『私闘』を抑制するために、あえて《霊賭戦》を持ち出したんだ」
「……? どう言うことですか?」
肩をすくめて鷹宮は答える。
「人がルールに従うのは罰があるからだ。例えば、学生同士で『私闘の禁止』を約束してもさほど意味がない。破っても罰則はないからね。学生に同じ学生を裁く権利はない」
「…………」
「だからこその《霊賭戦》だ。今後、校内での『私闘』は《霊賭戦》で行う。罰の代わりに負けたら契約霊獣を失うリスクを背負わすんだ。リスクがあれば『私闘』を行う人間も少なくなると思うんだ」
「……なるほど。ようやくあなたの意図が見えてきました。要は今後のために、私とあなたで《霊賭戦》のエキシビションマッチを行うということなのですね」
鷹宮は我が意を得たりとばかりに両腕を広げる。
「その通りさ。どうかな翔子さん。勿論今回に限り契約霊獣は賭けない。あくまでここにいる皆に手本を見せることが目的だ」
翔子は少し考えた。確かに鷹宮の提案は効果的かもしれない。それに戦闘狂の当主達の思惑通りになるのも癪だ。ならば彼の提案に乗るのもいいだろう。
何より周囲の雰囲気が、早く《霊賭戦》を見せてくれと暗に語っている。
やはりここは受けるべきだろう。そう判断し、翔子が了承しようとしたその時、
「ちょっと待ってよ」不意に声が割り込んできた。
それは、今までずっと沈黙していた悠樹の声だった。
「あのさ、ええっと鷹宮君、だったよね。一つ訊きたいんだけど、いい?」
「別に構わないが、ところで君は……?」
「あ、ごめん。僕の名前は四遠悠樹。御門さんのクラスメートだよ」
そう名乗ってから、悠樹は問う。
「この《霊賭戦》なんだけど、どうして相手に御門さんを選んだの?」
「……? それは同じ六大家だから……」
鷹宮の回答に、悠樹がムッとした表情を見せる。
「六大家とかはどうでもいいよ。その《霊賭戦》って当然獣衣を使うんだよね?」
「あ、ああ、公平な立会人のもと、互いに名乗り合ってから相手が敗北を認めるまで獣衣を纏って戦う。それが《霊賭戦》だよ……」
悠樹の険悪な雰囲気に気圧されながら、鷹宮がそう答えた。
すると、悠樹はますますもって不機嫌になる。
「……あのさ。
ぼそりと呟く。
悠樹の言う霊塵とは《追跡者》の周囲を塵のように舞う霊的粒子の事だ。
獣衣から常時放出される不可視のそれらは薄い積層を作り、攻撃や衝撃を緩和してくれるのである。とは言え、本質的には気休め程度の緩衝材に過ぎないので、強力な一撃の前ではあっさりと突破されることも多々ある能力だった。
「はっきり言って獣衣の刃なら貫く可能性は充分あるんだ。なのに、どうして戦う相手に女の子を選ぶんだよ! 万が一にも傷つけちゃったりしたらどうすんのさ!」
「あ、あの、悠樹さん……?」
悠樹の剣幕に、翔子がおずおずとした声を上げる。その表情は少し困惑していた。
対し、悠樹は視線だけを翔子に向けて告げる。
「御門さんは少し黙ってて! 今、僕は鷹宮君と話を――って痛ッ! 痛いよ由良!」
「そなたはアホかッ! ちょっとこっちに来い!」
と言って由良は悠樹の耳を引っ張りながら歩き出した。少女の迫力の前に周りに集まっていた生徒達が慌てて道を開けた。そして呆然とする翔子達をよそに、少し離れた場所まで少年を連れて行くと、由良は小声で怒鳴りつけた。
「(もう一度言うぞ! そなたはアホか! 何故小娘を庇っておるのじゃ!)」
「(だ、だって御門さんは女の子なんだよ! もし顔に傷でも残ったら……)」
「(たわけ! あやつも《追跡者》ぞ。その程度の覚悟はとうに出来とるわ! つうか、なんでそなた、急にあの小娘に対して『守ってみせるモード』になっとるんじゃ!)」
「(……うッ、そ、それは……)」
「(そなた……さては、あの小娘と何かイベントがあったな。それも、思わず力になってやりたくなるような……)」
由良は悠樹の胸ぐらを両手で掴むと、キスさえ出来る距離まで少年の顔を引き寄せる。
彼女の紫水晶の瞳は、魔眼の如き光を放っていた。
「(――ひいイィ! も、申し訳ありませんマムッ! ちょっと、不意打ちで泣き顔を見ちゃいました! すでにか弱いイメージがインプットされております!)」
「(チイィ! やはりそうか! あの小娘め! あざとい手を! どうりでいきなりそなたが小娘をチームに入れたいなどと言い出す訳じゃ!)」
そう吐き捨て、額までぶつけてくる由良に、悠樹は心底怯えつつも反論する。
「(い、いや御門さんは悪くないよ。むしろ僕が不意打ちしたようなものだし)」
「(また訳が分からんことを。何が不意打ちじゃ)」
しかし、その行為は火に油を注いだだけなのか、由良の瞳がさらに剣呑な光を放つ。
グググッと襟を掴む手の力も自然と強くなった。
悠樹の顔色がどんどん青ざめるのを無視して、由良は淡々と問いかける。
「(……のう悠樹よ。率直に問うぞ。妾達の目的はなんじゃ?)」
「(うッ、し、神刀の奪取……です)」
「(……うむ。その通りじゃ。そして、あの小娘は目下最大のライバルじゃ。この《霊賭戦》はあの《瑠璃光姫》の手の内を知る絶好の機会でもあるのじゃぞ)」
そう言われると、ぐうの音も出ない悠樹だった。
そこで由良は悠樹の襟から手を離し、少し表情を改めて言葉を続けた。
「(……悠樹。そなたの優しさは美徳じゃ。しかし、そのために目的を見失ってはいかん)」
「(…………)」
「(そなたのような優しい男に、常に非情に徹しろなどとは言わん。じゃが、時には耐えることも必要じゃと憶えておくのじゃ)」
そう告げる由良の眼差しは先程までとは違い、とても優しいものだった。
だからこそ、彼女の想いは悠樹の心に深く突き刺さる。
悠樹は反省し、視線を落として告げた。
「(……分かったよ。由良ごめん。僕の覚悟が足りてなかった)」
「(謝らんでもよい。まあ、昨日何があったのかは後で絶対聞かせてもらうがの)」
「(……イ、YES。マム……)」
悠樹の返事に、由良はにこやかな笑みを浮かべ、会話を終えた。
そして、再び悠樹の耳を引っ張りながら、翔子達の元に戻る。
「どうもまたせたの。アホの教育はもう済んだ。話を続けるがよい」
「アホは酷いよ、由良ぁ……」
と嘆く悠樹。が、すぐに気持ちを改めると、
「……鷹宮君。さっきはごめん。少しテンパってたんだ」
「あ、ああ、別に構わないさ」
鷹宮の返事に頭を下げる悠樹。続けて翔子に視線を向け、
「御門さん。この《霊賭戦》……やっぱり受けるの?」
「え、あ、はい。そうですね。周りの人達もそれを望んでいるようですし」
「……そっか。だったら一つだけいいかな?」
小首を傾げる翔子に、悠樹は告げる。
「これは要するに練習試合なんだ。だから、危ないとか、怪我をするとか思ったらすぐに棄権すること。絶対無理しちゃダメだからね」
「…………悠樹さん」
翔子はふっと瑠璃色の瞳を細めて、友人になったばかりの少年の名を呟いた。
どうやら自分の初めての友人は本当に優しい人間であるらしい。本気で心配してくれていることが言葉だけではなく、心からも伝わってくる。
それはとても嬉しく思う。けれど、先日の時もそうだったが、この少年は友人に対して少しばかり過保護すぎるような気もして内心では苦笑も零してしまう。
(まあ、いきなり泣いているところを見られては、それも仕方がありませんか)
ともあれ、翔子は表情を引き締め直した。
この優しい友人に、これ以上いらぬ心配をかけるのは本意ではない。
「……はい。決して無理は致しません。お約束しましょう」
と、悠樹を安心させるための言葉を告げた後、
「ですが悠樹さん。確かにあなたには随分と情けない姿をお見せしている私ですが、これでも戦闘には自信があります。ですから――」
凛々しい顔つきで翔子は、友人に対して宣言する。
「これから、少しはマシな私の姿をあなたにお見せしましょう」
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